第百九十六話 反撃の狼煙
僕たちは首都高速一号線の高架に跳び乗り、まずはリシィの光矢による強襲で最後尾を進んでいた砲兵を一方的に討滅する。
僕もリシィも、始めて砲兵に遭遇した時よりも多くを学び経験を積んで来た。
彼女は生まれ持った能力に溺れることなく努力し続け、光矢はただの一射で傾斜装甲を溶かして貫徹するほどの熱量を持つまでになっている。
核の位置もわかっているのなら、最早奴らに反撃を許すこともない。
「これ以上は行かせません!」
後衛の異常に直ぐ様残りの二機も反応したけど、振り向いた時には既に遅く、サクラが火の粉を散らせて接近し【烙く深淵の鉄鎚】を振るっていた。
――ゴオオオオォォォォォォォォォォンッ!!
爆炎に包まれながら路面に叩きつけられる砲兵。
そして炎を隠れ蓑に、僕は銀槍を構えて従騎士に突撃する。
従騎士は一瞬の出来事に虚を突かれ、それでも対応しようと振り向き様に長剣を振るうも、僕は黄鏡を使って相手の剣身を体の側面へ受け流し、突進の勢いを殺すことなく喉元に銀槍を突き入れた。
攻防一体、ベルク師匠に散々指導を受けて繰り返した槍技の基本の型だ。
彼のように臨機応変な技で全てに対応が出来なくとも、体が勝手に動くほどに繰り返した修練は決して無駄ではない。
「良し、人々に被害はな……」
「カイト、増援よ!」
リシィの呼びかけに振り返ると、更に二体の砲兵が南側から急速に接近し、僕たちに向けて搭載兵装の一種である多連装ロケット砲を発射した瞬間だった。
――バシュッバシュッバシュッバシュッバシュッバシュッ!
白煙の尾を引いて弧を描くロケット砲弾に、リシィが光盾と光膜の二重展開と光矢による迎撃も交えて対応する。
迎撃され空中で炸裂する砲弾、金光の防護壁に弾着する砲弾、最早音に聞こえないほどの爆音が耳朶を叩いて鼓膜は打ち震え、衝撃が高架を破壊する。
だけど、辺りを包み隠してしまうほどの粉塵はまたしても隠れ蓑だ。
僕は破片で傷つくことを躊躇せずに爆煙の中へと突入し、黄鏡で頭を守りながらも、立ち込める煙を突き破っての強襲で砲兵の核を銀槍で貫いた。
そして、もう一体の砲兵が僕の動きに対応し、八本の脚のひとつを器用に使って空中から落下軌道に入った僕を叩き落とそうとしたけど、その刹那に高架下から跳び出して来たのはサクラだ。
いつの間に下りていたのか、彼女なら下りずとも高架の側面を走るなんて芸当もやらかしそうだけど、結局砲兵は僕に攻撃をすることも許されず、鉄鎚に打たれて赤熱する鉄塊となってしまった。
「もうっカイトッ、無茶をしないで!」
「間に合って良かったです。ここで怪我をするのはダメですからね」
「サクラ、ありがとう。リシィも、良くあれを迎撃出来たね」
「ふ、ふんっ! 褒めたところで誤魔化されないわよ! これが終わったら、無茶をしないように調教しないとダメね! 今は急ぐんだから、進むわよ!」
「ちょ、調教って……」
「それは良いですね」
「サクラまで!?」
墓守との最初の遭遇戦は僕たちの一方的な勝利に終わった。
あまりにも容易く殲滅が出来たとはいえ、油断と慢心は人に隙をもたらす。
なら、針の穴を通した糸の上を更に綱渡りまでするようなこの道程、思考の果てに想定を予見にまで高め、決して油断なく事に当たる。
そうして僕は、眼前にまで迫った“青光の柱”を見上げ、如何な迎撃の最中でも踏み止まるだけの覚悟を胸に秘めた。
「目的地はもう直ぐだ、戦闘の激化に備える!」
―――
やがて僕たちは、“青光の柱”まで後十数メートルのところまで辿り着いた。
片側二車線、銀座のビルの谷間。周囲にもここまでの道中にも数多くの墓守の残骸が散らばり、今の僕たちが苦戦を強いるような大型は存在しなかったけど、やはり予定はあくまでも予定、思っていた以上に時間を費やしてしまった。
歩き続ける人々を墓守が襲うことはなく、戦闘に巻き込まないよう注意するだけで済んだのは幸いだった。
更には道すがら多くの人々を昏倒させたけど、“青光の柱”を消滅させるか封鎖するしか事態の好転がない以上は、次の段階への作戦移行が絶対に必要だ。
「カイト、私の竜角は持っているわね」
「ああ、いつだって腰のポーチで大切にしているよ」
「ん……カイトはこれから、【黄倫の鏡皇】の全力稼働で消耗が激しくなるわ。竜角から神力が供給されるけれど、人々の救助と墓守の殲滅にどれだけの時間がかかるかはわからないの。私も神力を送るから、終わるまでは耐えなさい」
「“神脈炉”を持つからこそ出来る役割だ、全力を尽くすよ」
リシィは「耐えなさい」と命令系で言う割に心配そうな表情をしている。
僕の左腕にそっと触れ、夕陽色の瞳にほんの少しだけ青色が混じり、どことなく不安げな様子も垣間見えるんだ。
神器の全力広域稼働、その後の自衛隊による人々の救助と墓守の殲滅、ここでの役割が終わった後は直ぐにでも向こうの世界に戻りたい。
果たしてどれだけの消耗があるのか、出来れば翌日の程良い筋肉痛程度の反動でと願いたいところだけど、そう都合良くはいかないよな。
「カイトさん、あの……抱き締めてもよろしいですか?」
「えっ? サ、サクラ、突然どうしたんだ……?」
状況的には、墓守の掃討が終わったとはいえまだ敵地。
そんな只中で、サクラが頬を上気させて恥ずかしそうに聞いてきた。
彼女は上目遣いで犬耳も尻尾も忙しなく動かし、状況が状況でなかったら僕から抱き締めたいと思うほどにそそられる仕草だ。
リシィを見ると頷いているので、何か理由があってのことに違いない。
「あっ、いえ……私はリシィさんのように神力の遠隔操作には長けていないので、カイトさんに触れることで供給と調整をしたいのです。勿論、今直ぐにではなく消耗を見計らってですね」
「ああ、向き不向きの問題か。遠慮なくやってもらって構わない」
「はい、その時が来たら失礼しますね」
「頼む。長期戦になるだろうから、神力を扱える二人が何よりも頼りだ」
「任せなさい。一瞬だって途絶えさせないんだから」
「はい! お支えいたします!」
万能だと思っていたサクラにもやはり不得意はある。
持てる力の一長一短、だからこそ互いを補い合うことが必要。
僕はまだ、この期に及んでも神力の使い方が良くわかっていない。
自分自身でさえ、どう槍を形成しているのかもいまいちわからないんだ。
“心象の力”、有り体に言えば“想像力“、僕の場合は“妄想力”かな……何よりも強いリシィに対する想いを込めているだけ……。
それでも、想いの力が形になるのなら、いくらでもやりようはある。
「良し、覚悟は充分だ。ヤラウェスの精神干渉を止める」
「ええ、反撃の狼煙を上げましょう、カイト」
「はい、カイトさんの合図を待って信号弾を打ち上げますね」
僕は【黄倫の鏡皇】を空に掲げ、どこまでも広がる光景を心の内で思い描く。
神龍ヤラウェスが持つ黄鏡の力……本来は人の精神を覗き込み意識に干渉し、更には認識で事象を確定させる能力まであるという脅威の力だ。
リシィも神器継承後に初めて顕現した以降は、忌避して使わずにいたと言う。
だけどそれも数多くの道具と同じ、使う者の心根次第。
なら僕は故郷を、そこに住まう人々を守るための“盾”とする。
「ヤラウェスの精神干渉を打ち破れ! 【黄倫の鏡皇】!!」
僕の叫びと同時に黄鏡を中心に目映い黄光が放たれた。
黄光は波打ち建物の合間を抜け、見える限りどこまでも広がって行く。
“地上を這う極光”、そう表現すれば良いだろうか。
ただ、これで人々の精神干渉が解けるわけではない。
洗脳を解くには直接見せる必要があるけど、何万人いるかもわからない“青光の柱”を目指す人々全員に、墓守を迎撃しながらそれを行うのは困難だ。
酷くもどかしい。今はただ、人々を守るために人々の力を頼るしかない。
「サクラ、信号弾!」
「はい!」
サクラが青光の柱を背にして信号弾を空に打ち上げた。
青光に飲まれないようにと選ばれたのは赤色の発光。
リシィの言う通り、これは反撃の狼煙。
頼んだぞ、守山……自衛隊!