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第百九十五話 黄鏡 心を蝕みまた守る盾

「思っていた以上の成果だ。守山、ありがとう」

「よせよ、これからだろ。お礼は事態を収拾してからにしてくれ」

「ああ、人々の救助は任せた。僕たちは行く」


「九坂待て、こいつを忘れるな。53式信号拳銃、特別な貸与許可だ。精神干渉領域は目に見えない、必ず合図を打ち上げてくれ」



 守山はそう言って僕に信号拳銃を渡してきた。

 中折式で装弾数は一発、信号弾を打ち上げるためにある拳銃だ。


 作戦の概要はこう。まずは僕とリシィとサクラだけで“青光の柱”に接近し、神器を使ってヤラウェスの“精神干渉”を遮断。これにより影響を受けなくなった自衛隊が領域内に進入し、既に影響下の人々を昏倒させてでも救助する。

 次に、戦車や戦闘機、迫撃砲やミサイルとあらゆる砲爆撃で墓守を一掃する手筈だけど、これが“神代文明の遺物”にどこまで有効かは松岡統合幕僚長の告げた通りに“未知”だ。


 現在、確認している墓守は情報によると中型以下のみ、再び正騎士ロードナイトやそれ以上の大型が現出したらわからないけど、探索者たちによる人の手で討滅が可能ならやってやれないこともないはずなんだ。


 最悪は、僕たちが“防護フィールド”を剥がして回る。



「リシィ、サクラ、待たせた。これより僕たちは“青光の柱”に向かう。自衛隊の支援は取りつけたから、何が何でも“精神干渉”を取り除く」


「カイト、遅いわよ。人々は大分先へと進んでしまったわ、歩みが遅いことだけが幸いね」

「もうどれだけの人が捕らえられてしまったのでしょうか……。それでも、例え東京の全ての人々が連れ去られようとも、私たちが出来るだけ保護します」


「本当にごめん。いつも後手になってしまう」

「良いわ、別にカイトのせいではないもの。今は一人でも多く救いましょう」

「ありがとう。リシィ、頼む」


「ええ、歌うわ」



 リシィは僕の頼りに黒杖を抜いて金光を纏い始めた。


 いつ見ても美しい光景で、これには守山も目を丸くして見惚れている。

 一目ではわかり難いけど、少し輝きを鈍らせた金色は黄色、リシィが龍血に宿す最後の神器が今ここに形作られようとしているんだ。


 遠く聞こえるあらゆる現実の音が遠ざかり、リシィが彼女のためだけに存在する舞台で神唱を歌い始めた。



「神們を統べし者 天地渾沌に笑う者 黄鱗に栄える者 白金龍の血の砌 打ちて 焼きて また打たん――」



 リシィの神唱により、僕の内でも心がざわめき始める。

 彼女によるものでも、心の内を覗かれるようなこの感覚はどうにも慣れない。

 人の精神に干渉する神器、一見すると地味にも思えるその能力は、人心掌握というある意味では最強で最高、そして最悪中の最悪となるものだ。


 神器の右腕から流れ込む記録が幻視させるのは、あの日に見た人を食ったかのような好々爺の笑みを表情に浮かべる巨大な黄龍。


 “黄倫の鏡皇 神龍ヤラウェス”


 人の心の深奥までを映し出してしまう鏡の鱗を持つ龍、その鏡鱗で作られた黄鏡“イェイカヤウェイグ”。


 僕の眼前に最後の神器が形作られる。これは武器ではなく、“盾”だ。

 そうして盾の裏にある持ち手を握ると、途端に表面が黄色の粒子を散らしながら曇りひとつない鏡面に姿を変えた。



「万界に仇する祖神 黄鏡を以て見よ 葬神ニ鏡【黄倫の鏡皇(イェイカヤウェイグ)】!!」



 最後の神器、人の心のみならず世界の行く末も映し出す“鏡面の盾”が、今この地球で、それも日本の心臓部である東京で顕現した。





 これまであった胸のざわめきが消えた。

 代わりに生まれたのは、確固たる慢心なき自信。


 神器顕現の最中で僕はその可能性(・・・・・)を予見し、黄鏡を左手・・で取った。



「カイトさん、それは!?」

「え、カイト!? どういうこと!?」


「どういうことも何も、さっきだって二つ(・・)同時に顕現出来ていただろう?」



 僕の今の状態は、左手に【黄倫の鏡皇(イェイカヤウェイグ)】、右手に【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】。


 もどき(・・・)だろうと、独力で神器を形作れるのなら今となっては両刀も可能。

 先程も銀槍は僕とリシィの二本が顕現していた、なら出来ると思ったんだ。



「九坂、凄いな……意味がわからないが、本物の騎士に見える」

「一応は本物の騎士のはずなんだけど……」



 槍と盾を持つ騎士、少しはそれらしくなっているようだ。



「本当に、カイトには驚かされるばかりね……。常識を良いように壊してくれるわ」

「はい、無茶が過ぎるのも考えものですが、どんな無理も押し通してしまうのがカイトさんですね。心配にもなりますが、その分は誠心誠意でお支えします」


「う、うん、ありがとう……助かるよ」



 リシィとサクラは驚きと呆れ、そして心配が入り混じった表情で僕を見る。


 “神器”と呼ばれるものは他にもあるようだけど、その中でも“龍血の神器”はそれだけ特別なもので、他に類を見ない向こうの世界でも唯一のものなんだ。


 僕にとって真贋はこの際どうでも良く、神器の威力を持つ銀槍の顕現、これを成せたことが何よりも大きい。



「何と言ってるかはわからないが、呆れられてるように見えるな」

「まあ半分は呆れられているかな……残りの半分は相当に心配されている」


「何にしても胸の圧迫感がなくなった。その神器とやら、確かに効果があるようだ」

「ああ、後は中心部で全力稼働して“精神干渉”を打ち消す。守山は予定通りに後続と合流し、僕たちの合図を待って欲しい」

「わかった。九坂、任せたぞ」

「任された」



 僕は守山と腕を交差させ、ひとまずの別れを交わした。


 そして互いに背を向け、僕とリシィとサクラは“青光の柱”へ、守山は後続の自衛隊と合流するために来た道を引き返す。


 ほんの一時の出会いは、だけど友らしい友のいなかった僕にとっては、十年来の親友との別れのようにも感じられた。



「ここからが正念場ね。人々を守りながら墓守と対峙し、私たちの世界への扉を閉ざさないように封じ込めなければならないわ。今までとは比べ物にならないくらいの困難な道程……カイト、私たちが支えるから最善を尽くしなさい」


「無茶はいつものことですが、今回ばかりは最たる困難ですね。それでも私はカイトさんのお傍にいて、いつまでもお支えします。ですから、もし全てが終わったのなら、その時は平穏の中で生きて欲しいです」



 僕たち三人は、人気のなくなった国道十四号線を横一列に並んで歩く。


 彼女たちの言うことはごもっともだ。

 これを好き好んでやっているわけではないけど、この困難を覆し、本当に全てが終わったのなら大人しく平穏な日常の中で過ごしたい。


 皆と一緒に、二度と平穏が覆らない(・・・・)、そんな日常が欲しい。


 心からそう思う。



「リシィ、サクラ、本当にありがとう……いや、お礼を言うのはまだ早いな。僕の祖国の窮地を救い、必ずあの世界へ、ルテリアに戻ろう。そして、“三位一体の偽神”の干渉から人々を解放するんだ」


「ええ、その意気よカイト。そうでなくては私が困るのだから」

「はい、カイトさん。私たちの帰る場所を取り戻しましょう」



 僕たちは三人同時に走り出した。

 無駄ではなかったけど、失われた時間は大きい。

 既に捕らわれた人々は、最早取り返しのつかない代償だ。


 それでも、全ては無理かも知れない……例えそうだとしても、僕たちは出来るだけの多くを取り戻すために走るんだ。


 後に続く自衛隊に繋げるため、僕たちは力強くアスファルトを踏み締めた。




 ―――




 隅田川を渡る頃には、覚束ない足取りでふらふらと“青光の柱”を目指す、意識のない人々が目につくようになった。


 ここで足止めをされるわけにはいかないけど、僕たちの進路上にいる人々にだけは打撃を与え昏倒させて進む。

 神器の力で“精神干渉”を解けば良いとも思うけど、まだ黄鏡の効果範囲は見極めていない、一時遮断したとしてもまた干渉される恐れがある。


 【黄倫の鏡皇(イェイカヤウェイグ)】の全力稼働の余力も残さないといけない、怪我はさせたくないけどこれが今出来る最善の選択だ。



「良し、首都高! 左折して後は真っ直ぐだ!」


「カイトさん、上に墓守が!」

「首都高を使い北上して来たか! 討滅する!」



 銀座から北上して伸びる首都高速一号線の高架の上を、墓守が何体か僕たちの眼前で通り過ぎた。

 どこに行こうとしているのか、自衛隊の通常戦力で討滅が出来るかどうかもまだわからない相手は、流石に見逃すつもりはない。



「リシィ、先制!」

「ええ、金光よ矢となり穿て!」



 リシィを抱え、国道十四号線から伸びる一般道と交差する高架の上に飛び乗り、通り過ぎた墓守の背後から光矢で強襲する。


 高架の上は放置された車だけで人がいないけど、下にはまだ多くの人々が歩いているんだ。戦闘が拡大し、犠牲が出てしまう前に迅速に討滅する。


 墓守は従騎士エスクワィアが一体、砲兵アーティラリーが二体の中型計三体。


 慢心はしない、だけどその程度で僕たちを阻めるものか!

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