第百九十四話 協力 大きくなる力
「倒した……九坂、やった! 倒したぞ!」
守山が空中で爆散した巨鷲を確認し僕に抱き着いて来た。
これまで、向こうの世界で困難を乗り越えて討滅した経験からしたら、あまりにも呆気なさ過ぎて余計に警戒する羽目になっているけど、自分の内に手応えのようなものを感じているのは確かだ。
墓守の数はこれから増えると見るべきだけど、迅速に“青光の柱”を封鎖することが出来れば、少なくとも日本への侵攻は一時的にだろうと押さえられる。
そして、精神干渉を受けた数千、数万人の人々を救助するには、やはり自衛隊に協力を頼むしかないだろう。
「守山さん、これで信じてもらえますか?」
「そうだな……こうまで目の前で見せられたら、否定することのほうが難しい」
「僕も最初は夢だと思いましたから、流されるうちにどうしようもない現実だと思い知らされましたよ」
「九坂は、こいつらの侵攻を止めるために戻って来たんだよな?」
「正確には止められなかったです。この事態の引き金を引いた責任もある、何よりも故郷を蹂躙されるのは黙って見ていられません」
「わかった、同胞であるなら自分は君を信じよう。一兵卒の身でそれ以上の判断は出来ないが、司令部に繋ぎくらいは出来る」
「ありがとう、守山さん」
「守山で良い、敬語も要らない。さっきそう呼んでたろう?」
「わかった、守山。世話になる」
守山が差し出した右手に、僕も神器の右手を重ねて握手する。
彼は僕の右腕の硬い感触に最初こそ妙な表情で見たけど、次第に関心を持ったようでしきりと観察するようになった。
「一種の義手みたいなものかな。この腕に宿る魔法のような力のおかげで身体能力まで向上し、あんな脅威に対しても立ち向かえるんだ」
「大したもんだな。あんな兵器が動き回る世界だ、そういうこともあるだろう」
守山は少し勘違いしているようだけど、それはまあ良い……。
「カイトさん、正騎士の討滅を確認しました。“核”は破壊しています」
「正騎士の討滅はこんなにも簡単に出来るのね。拍子抜けだわ」
「いつだって守る側は脆い。常に更新し続けるには滅びた神代文明では不可能だから、僕たちがやらなくともいつかは探索者が討滅法を確立させたさ」
「そういうものなのね……」
「九坂、そちらの女性は紹介してくれないのか?」
「ああ、彼女はリシィ、一国のお姫さまで僕の主。彼女はサクラ、驚く話だけど過去に転移した日本人とのクォーター。彼女たちの角や耳は本物だ」
僕の紹介に、リシィは妙に訝しげな表情で守山を見て、サクラは微笑のままお辞儀をする。日本人に対する好感の高さは相変わらずだ。
リシィはどうも小銃が気になるみたいだけど、緊張してお辞儀をする守山に対し、少し遅れて丁寧な礼で返した。
「驚いた……。こんな美人とお近づきになれるなら、俺も異世界に行きたい」
「今なら“青光の柱”から行けるかも知れないけど、下手をしたら次元の狭間で彷徨うか、辿り着いても戦場か迷宮のど真ん中だ」
「サバイバルは得意だ、伊達に普段から訓練してるわけじゃない」
「その自信は頼もしいけど、今はまず司令部と連絡を取って欲しい。一刻も早く“青光の柱”に向かう人々を救助したい。もう多くが連れ去られてしまっているだろうから、一人でも多く自衛隊に連れ戻してもらいたいんだ」
「任せろ、連絡は取る。ただ、妄言と取られても責任は取れない」
「ああ、その時の責任は僕が。人々の救助に動いてもらうだけで良い」
守山は頷くと、正騎士の折れた大剣が伸し掛かる軽装甲機動車に戻り、無線でどこかに連絡を入れ始めた。
ただ、どう説明すれば上の人間を納得させられるかは、墓守を実際に倒して見せた守山とは違い困難なことだろう。
国防を担う者としての柔軟性は、上に行くほど遵守する法律のせいで堅くなってしまう、そんな印象があるからだ。
守山が説明しているだろう時間さえも惜しい、今も道路の先ではゆらゆらと歩く人々が“青光の柱”に向かってしまっている。
せめて、彼らだけでも……。
「九坂、話がしたいそうだ。納得したかどうかはわからない」
「あ、ああ、実際に僕たちから言葉を尽くさないとな……」
僕は守山に近づき、車に備えつけられた無線通信機の使い方を簡単に教えられた後で、手の平に収まるくらいの受話部に向かって恐る恐る声を発した。
「もしもし……」
もっとそれらしい言い方があったとは思うけど、つい一般的な言葉が口を突いて出てしまったのは、これでも一応は一般人だから仕方がない。
そんな僕に応答し通信機から聞こえてきたのは、如何にもな歴戦の軍人を思い起こさせる重々しい声音だ。
『事態は予断を許さない』
「えっ、あの……貴方は……」
『防衛省統合幕僚監部、統合幕僚長松岡 勇侍、この場を代表して君と話す』
「は、はい! 九坂 灰人と申します!」
流石に予想外だった。現場指揮官に繋いでもらえると思っていたのに、それを遥かに超える自衛隊の事実上最高位で事態対処責任者、これ以上は防衛大臣になってしまう相手に繋がってしまった。
これは願ってもない事態だけど、良く考えたら首都のど真ん中を訳のわからない“青光の柱”と正体不明の軍勢に占拠され、それどころか柱は皇居外苑にまで到達しているらしい。事態は僕の想定以上に逼迫していたんだ。
『九坂 灰人くん、守山の話では要領を得なかったが、君とそこにいるお嬢さん二人の特異性は偵察UAVで確認していた』
「UAV……ドローンか! 監視していたのなら、正騎士も僕たちの戦いも見ていたんですね!」
『“正騎士”か……。時間が押している、我々は君たちがその正騎士と戦っている時から全てを見ていた。それを前提として話をしたい』
「はい、迅速に要件までお伝えします。例えあなた方がどのような判断を下されても、僕たちはこの事態を収束させるために“青光の柱”に突入します」
“我々”か……遠く監視している偵察ドローンのレンズの向こうに、僕たちを見る政府や自衛隊の重鎮たちの姿が目に浮かんで武者震いをしてしまいそうだ。
だけど、それなら話も早い。この事態の一部始終を伝える絶好の機会、ここで逃すわけにはいかない。
『まずは確認だ。守山の話から君たちは異世界から来て、そしてあの“青光の柱”はその異世界に繋がっている、と言うことで構わないか?』
「はい、最終的な僕の目的は“平穏を取り戻す”。そのための協力は惜しまず、また政府と自衛隊の協力を仰ぎたい。“三位一体の偽神”から人々を守るために」
僕は包み隠さない誠意をもって通信機に向かった。
―――
……
…………
………………
短いようで長い会話は酷くもどかしい。
多くを端折って伝えてもなお、説明に一時間もかかってしまったんだ。
この間にも人々は捕らえられどうにかされていると思うと、今直ぐにでも叫んで走り出し墓守を蹂躙したい心境になる。
そんな僕の焦りを慮ってか、松岡統合幕僚長は既に青光の柱を取り囲むように部隊を展開させていることを教えてくれた。
真っ先に“精神干渉”があることを伝えていたため、今いる場所が最前となるようだけど、言葉通り国道十四号線の遠く東側に展開している自衛隊が見える。
焦りは厳禁だ。心を熱く燃やそうとも思考はいつだって冷静に、準備を整え万全の態勢で事に当たらなければならない。
『にわかには信じ難い話だが、この地球の現実ではあり得ない事態が立て続けに起こっている。君たちの存在然り、“青光の柱”然り、そして【鉄棺種】然り。要件に関しては把握し、また承諾した。国を守る自衛隊として善処しよう』
「ありがとうございます」
『“精神干渉”さえなくなれば直ぐ様部隊を送り込み、国民の救助と【鉄棺種】の掃討を開始する。ただし、我々の技術とは埒外の“神代文明の遺物”、自衛隊の装備では出来るだけ重質量の砲弾を選択する程度でしか対処法がない。“防護フィールド”に対する有効装備は未知であることを認識してもらいたい』
「最悪は僕たちだけでも何とかします、その覚悟をして来ました」
『一自衛官としては歯痒い。だが、頼む』
通信機の向こうからいくつもの衣擦れの音が聞こえた。
自衛隊幹部が一斉に敬礼している光景を想像し、つい釣られて敬礼しそうになったけど、今の僕はリシィの騎士だ。拳を胸に当て静かな拝礼でそれに応える。
異世界の存在を伝え、【鉄棺種】の特性や対処法を伝え、全ての事態の裏に三柱の神龍“三位一体の偽神”が存在することも伝えた。
僕たちがこれから何をしようとしているのか、そして何をして欲しいのかも伝え、短い時間で情報を補完し出来るだけお互いの齟齬をなくす。
本来は通信で出来る話ではないけど、時間が惜しいのは向こうも一緒で、守山を含めた現場にいる自衛隊員たちは直ぐにでも救助に走り出したいのだろう。
だけど、それも僕たちが無事“青光の柱”に辿り着いてこそなせること。
そうして、僕たちと自衛隊、日本政府による統合作戦が開始される。