第百九十三話 空に響く侍たちの慟哭
僕もサクラも間髪入れずに倒れた正騎士に追撃を入れる。
腰部を打つ【烙く深焔の鉄槌】は炎とともに轟音を響かせ、突き入れた銀槍は防護フィールドに阻まれるも頭部装甲を傷つけた。
ゲームでなくとも人はレベルアップする。
神器により、人では到達出来ない領域にまで引き上げられた僕は、異常な力を個人のものとして正騎士に対峙していた。
これは後が怖いけど、今は形振り構っている余裕もない。
「カイト、あれは!?」
リシィが警戒する巨鷲の更に上空を、空を切り裂いて飛ぶ機影が二機。
「百里基地のファントムⅡ! 増援だ!」
「F-4EJ改か! だけどロートルで巨鷲の相手は……!」
守山さんも同じく空を見上げて確認し、僕でもわかるその機影の正体を告げた。
緊急発進して来たのはF-4EJ改。いくら何でも早いのは、“青光の柱”の現出や墓守の偵察で既に空へ上っていたためと思われるけど、五十年以上も運用され続ける老朽機では相手が悪すぎる。
それに、既に首都上空を侵犯されているにも関わらず、一度通り過ぎて行ったのはまず警告を発しているんだ。
相手は話が通じる相手ではない、敵性と認識されたら撃墜されてしまう!
「守山さん、戦闘機に退避するよう連絡は出来ないのか!?」
「何を言ってるんだ、無理に決まってる! 例え不利とわかっていても、国民を守るためにどんな相手だろうと体を張るのが俺たち自衛隊だ!」
「それでも、それでも無駄死にだけはダメなんだ……!」
――ブオオオオオオォォォォォォォォォォォォォッ!!
空に巨鷲の咆哮が轟いた。
巨鷲に追われ反転する途中だったF-4EJは、二機とも弾丸の雨の中に自ら飛び込むこととなり、機体に無数の穴を開けあっさりと爆散してしまった。
「バカな……!?」
「くっ……!」
巨鷲討滅の可能性があるとすれば、未知の相手に専守防衛を謳わず、先制攻撃で空対空ミサイルを叩き込むべきだったんだ。
足枷が人の命と引き換えになるのはあまりにも重い……!
だけどこれは狼煙だ……空を翔けた侍が、戦争を忌避する人々の心に自らの命を懸けて火をつける……!
誰がが立ち向かわなければ、それこそ国だけではなく世界が滅ぶ!
「平穏は終わりだ、あれは“敵”! 力を貸せ守山ぁっ!!」
「おああああああああああああああああああっ!!」
僕は叫んだ、守山も叫んだ。
目の前で仲間の命を奪われ、あまりにも唐突に平穏を奪った不条理に怒る。
どれだけの人々が、首都上空で火の玉に変わった戦闘機を見上げていたのか。
どれだけの人々が、これが夢幻ではなく現実に訪れた驚異と認識したのか。
どれだけの人々が、この時に抗う覚悟が出来たのか。
“平和”という脆く儚い静寂に火の雨が降る。
侵略者は突如として現れ、そして侍たちの魂を呼び起こす。
立ち上がった正騎士に向かい、守山が小銃を撃ちながら突撃した。
だけど、それは大型墓守の防護フィールドに対しては豆鉄砲だ。例え、一般的な小銃小隊に配備されている84ミリ無反動砲だったとしても、個人携行兵器では少しの傷も与えられないだろう。
「くそがああああああああああああっ!!」
「だから、僕たちがここにいる……!!」
足元で小銃を撃つ守山を正騎士は煩い虫かのように払おうとし、だけどその迂闊に振るわれた大剣を僕は見逃すことなく銀槍で貫いた。
巨大な鉄塊は、その一撃で折れ剣身の優に七割を損失する。
【銀恢の槍皇】は防護フィールドであろうとも侵蝕し貫く。
もしこの銀槍を万全に使いこなせるのなら、今の僕の人ではなくなった肉体なら、神器に振り回されることもなくそれを可能とするだろう。
初撃で剣身に傷をつけ、迂闊に振るわれた二撃目で寸分違わず更に抉った。
結果、折れた大剣は宙を舞いアスファルトに打ちつけられ、軽装甲機動車にもたれかかるよう路上に落ちた。
「君は、確か九坂……本当に……!?」
「日本を守りたいのは自衛隊員だけじゃない、侍魂は僕だって持っている!」
聖騎士の巨岩を破砕するほどの蹴りが大剣の代わりに僕と守山を襲う。
だけど困難な迷宮行で、更に度重なる墓守との激闘で、レベルアップして来たのは何も僕だけではない。
正騎士の脇から、サクラが自らの“炎熱”の能力を【烙く深焔の鉄槌】のブースターとして強襲する。
――ゴドオオオオオオォォォォォォォォォォンッ!!
爆炎と衝撃が正騎士の右膝を叩き、その威力は見えなかった防護フィールドに波紋を残し、破断音とともに青白い放電が脚部装甲の隙間を走った。
脇を既のところで抜ける右脚を、僕は追いかけるように銀槍で追撃する。
「その脚、もらう……!」
装甲が二重に配された正騎士といえども、全身を完全に覆うことが動きの妨げになる以上、どうしても可動部を多く取らなければならない箇所が出て来る。
そのひとつがまずは膝裏、ここは可動式の装甲一枚で他の部位よりも薄い。
そうして、銀槍の穂先が硬質なガラスに遮られるような感覚に触れた。
防護フィールドは機能している。だけど、【烙く深焔の鉄槌】で損傷を与えられたのなら、神器で同じことが出来ないはずもない。
ましてやこれは“侵蝕”の神器、ならばやってやるだけだ!
「龍血が神器【銀恢の槍皇】、防げるものなら防いでみろ!!」
僕が路面のアスファルトを踏み砕く勢いで更に槍を突き入れると、正騎士の右脚を覆った防護フィールドが青光の粒子となって弾け飛んだ。銀槍は膝裏の装甲ごと内部関節を貫き、勢い余って膝装甲を内側から吹き飛ばす。
正騎士は右膝を破壊され態勢を崩し、再び路上に転倒してしまった。
「リシィ、本物を見せてやれ!」
「略唱【銀恢の槍皇】!!」
やはり、僕が持つ銀槍は真に迫るように見え、神器とは違うものかも知れない。
リシィは黒杖を振るい、神唱を歌うこともなく真の銀槍を顕現させる。
それは以前に略唱で形作られた不完全なものとは違い、既に見紛うこともない神器としての体を成していた。
銀槍は掲げた黒杖の動きに合わせて撃ち出され、僕たちに足を向けて寝転がる正騎士の股間部から全身を貫き、最終的に頭部を破壊しながら抜けた。
正騎士の“核”は首の付け根、あれでは諸共破壊されてしまうだろう。
「えげつないな……」
「カイト、巨鷲が来るわっ!」
「ああ、だけどこの音……」
市街地の上を飛翔する推進音がどこからか聞こえて来る。
首都上空を侵奪され、仲間の命まで奪われ黙っていられるほど、日本は腑抜けになったわけでもないだろう。
僕たちの上を低空で通り抜けて行ったのは、自衛隊の地対空ミサイル。
高空から降下を始めていた巨鷲に目掛け、幾筋もの白煙が伸びる。
巨鷲はフレアを放出して回避運動を取り、ミサイルを一発、二発と避け、三発目を口部ガトリング砲で迎撃するも、四発目が翼に直撃して爆発した。
だけど、いくら墓守の中では軽装甲だろうと間違いなく神代技術の産物、それで落ちてしまう代物でもない。
「リシィ、止めだ!」
「ええ!」
黒煙を噴き出しながら上空を旋回し、それでも再び降下を始めた巨鷲に僕は全力で銀槍を投擲する。
神器の膂力で打ち上げたとはいえ、空中で重力の影響を無視するかのように加速させたのは、リシィの“金光”によるブーストだ。
セオリムさんが教えてくれたことは、サクラと同じくリシィもまたものにしている。
それが今や、銀槍そのものをミサイルに昇華させたんだ。
「ミサイルの第二波が来た!」
守山が叫んだ。
首都上空を網の目にするかのように四方八方から煙の筋が伸び、巨鷲の逃げ道を奪わんといくつもの地対空ミサイルが襲いかかる。
そのまま降下を続ければ銀槍に貫かれ、回避行動を取ればミサイルの直撃は免れない。
東京の空を我が物顔で侵奪した“空の王者”、これで撃滅する。
――キィンッ! ドゴォッドドドドオオオオオオォォォォォォォォォッ!!
長く平和を見下ろし続けた空に、二度目の爆音が鳴り響いた。
戦鼓もかくやと言わんばかりの重く響く音は、だけど戦の終わりを告げはしない。
大切に鞘に仕舞われ研ぐだけだった刀を、遂に抜いてしまった侍たちの慟哭にして雄叫びだ。
これから更に墓守が動き出し、事態の確認が出来るまで静観するだけだった政府や自衛隊も本格的に動き出すだろう。
戦に巻き込まれるのは、いつだって罪もなき人ばかり。
だから、僕たちは終わらせるために来た。
被害が拡大する前に再び平穏を取り戻すんだ。