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第百九十話 真に世界を覆そうとするは何者か

「何だカイト、今の今で目つきが変わったな。嬢ちゃんたちを嫁に迎える決心がついたのか? やる気なのは良いが、家族計画はしっかりしろよ」


「爺ちゃん!?」

「んっ……」

「あ……」



 家の前に車を回して来た祖父が、空気も読まずにまたやってくれた。

 リシィもサクラも赤面して俯き、唐突に変わった銀炎のことはどこ吹く風だ。



「ん? そのけったいな腕と脚、そんな色だったか? まあ良い、気が付いてるか。あの青光の柱とやらはここからでも見える、空が割れてやがるな」


「え、あ、本当だ。“空間の亀裂”……ノウェムが陣を敷かずに能力を使った時と同じ現象だ。墓守が現出したことと良い、向こうの世界に繋がっているのは確実だ」



 “青光の柱”は空の遥か彼方、成層圏にも達するほどの高さで空を割る亀裂から一筋に照射されていた。

 歪で巨大な亀裂は更に広がろうとし、世界そのものの修正力でもあるのか、押し戻されては押し返し不安定に滲む境界で維持されている。


 あの向こうに、僕たちの目指す世界がある……。



「私たち、本当に帰れるのね……」

「ああ、恐らくは。繋がってさえいるならこじ開けてでも押し通る」

「はい、やり残したことも後悔も多いです。どうしても帰らなければなりません」


「おい、感傷は後だ。全員車に乗れ、出発するぞ」

「あ、ああ、細かいことは移動しながらだ。二人とも乗って」



 祖父の運転するワゴン車に荷物を積み込み、助手席には僕、二列目にリシィとサクラを乗せた車は急加速で走り出した。


 千葉の片田舎とはいえ、一応関東圏のここから東京までは滞らずに進んでも一時間ほど。だけど、当然どこかで交通規制には引っかかるだろうから、最終的に歩き……いや、走ってその倍の二時間はかかると見るべきだ。


 状況は、今にも侵攻が始まりそうなほど逼迫しているにも関わらず、僕の心は自分でも不思議と思うくらいに落ち着いて全く焦りがなかった。



「カイト、本当にどうした? 妙に落ち着いてるが、こんな雰囲気は実戦を経験して来た奴くらいしか俺は知らん」

「爺ちゃん、一応は僕も実戦経験があるんだけど……」

「おう、そうか! 話半分で聞き流してたが、逞しくなったもんだな!」


「オジイサマ、カイト、タタカウ、ソレナリ」

「そ、それなりかあ……」

「ふふ、リシィさんは頼りになると仰りたいのですよね」

「サクラッ!? ち、違……違わないけれど……」



 心の真ん中に芯が通った、本当にその通りだ。


 この“銀炎”、神力と神器が完全に融合したものと考えれば良いだろうか。

 リシィの言葉をどう受け取るべきかは悩むところだけど、彼女がたった一言で僕にもたらしたものはとてつもなく大きい。



 ――「大好きよ」



 気を抜くとニヤけてしまいそうで、僕は必死に歯を食いしばって耐える。


 今までリシィが何かを言おうとし、結局は聞けず仕舞いだったことが何度かあったけど、これを伝えようとしてくれていたのか。


 どんな意味でかも聞きたいけど、今はこれで満足して事に当たろう。



「サクラ、地図を取って。今のうちに周辺地形を把握したい」



 後は時間の問題、僕たちが到着するまでに事態が悪化しないことを只々願う。




 ―――




「車が止まってしまいましたね」


「ああ、大方想定通りとはいえ、こんな時でも人々は変わりなく生活している。逞しいのか何なのか、青光の柱と墓守を見て東京に向かうのは呑気が過ぎるな」


「それが“日本人”なのは、カイトを含めて良くわかったわ。危機的な状況下でも冷静でいられるのは、民族的特性として称賛するべきなのかしら」


「まあ大規模な自然災害が多い国だからね……」



 車のナビゲーションが交通規制と渋滞の位置を知らせてくれている。東側から東京に入り、荒川を越えた辺りで道路が渋滞して全く進まなくなってしまったんだ。


 こうなって来ると、脇道に逸れたところで余計に抜け出せなくなるのが東京。


 考えることは皆も同じ、渋滞を避けようとして更に起こる渋滞が、進む先進む先で道路そのものを壁に変えてしまっている。



「カイト、こいつは無理だ。俺は後から荷物を乗せて行く、走れ」

「ああ、爺ちゃん頼んだ。この荷物は向こうの世界に行った時の僕たちの命綱だから、間違っても墓守に突っ込むようなことはやめて欲しい」

「わかってる。大事な孫の後悔になるような真似はしない。それが年老いた爺の心意気ってやつよ」


「オジイサマ、アリガトウ。ワスレルナイ」

「お祖父様、本当に良くして頂いてありがとうございました。お別れ……したくないです……」

「おいおい二人とも、まだ荷物の受け渡しをするつもりだ、別れは早い」

「すっ、すみません……リシィさんに釣られました……」

「んっ!? 私が何っ!?」


「爺ちゃん、行って来る」

「ああ、行って来い」



 僕たちは祖父に一時の別れを告げ、障害物と化している車の間を縫うように、幾分か近づいた青光の柱へと向かい始めた。


 渋滞にはまってすることのない人々の視線は、当然のように僕たちを見る。


 右腕と右脚から銀色の炎を燃え上がらせる男が一人と、身の丈を超える巨大な鉄鎚を担ぐ犬耳と尻尾の大正メイドが一人、そして折れた白金の竜角を生やす彫刻と見紛う美しい少女が一人。

 仮装行列にしては物々しい武装をした集団が、青光の柱を見上げて人々の注目を集めて進む。


 この場でも同じく、人々はやはり写真や動画を撮ってはネットに投稿していて、中には生放送で事の次第を話している者もいるのかも知れない。

 だけどそれで良い……墓守が動き出した時に訪れる絶望に抗う存在がいると、皆に知らしめるために多少は目立つくらいが丁度良い。



「注目されるのには慣れているけれど、あのスマトフォンというものを向けられるのには未だ慣れないわね」


「うん、僕もだ。流石にこの格好は目立つし、リシィもサクラも美人さんだから、ついカメラを向けたくなる気持ちはわかるよ」


「んっ……それを言うなら貴方だって、か、かかカニカマボコ美味しかったわっ」

「何の話!?」

「私はカイトさんにさえご覧いただけたら……」

「う、うん、いつも見ているよ……」

「はいっ♪」



 本当は走りたいけど、歩道も車道も人でごった返し、下手に全力を出そうとすれば怪我人を出してしまいそうなほどに空間がなかった。


 人々は動かない車から降り、思い思いに青光の柱を見上げている。


 車と人混みを搔き分けながら、車載テレビに映るニュースを見る限りではまだ墓守は動き出していない。

 ただ、どうにも様子がおかしい。テレビ画面には先程からスタジオばかり(・・・・・・・)が映し出され、ニュースキャスターがしきりに誰かに呼びかけているようなんだ。


 祖父の車にはテレビがなかったから、僕たちは情報に遅れがある。



「すみません、あの光の柱で何かあったんですか?」

「ん? コスプレ? お、おお……美人……」



 僕は、車から降りて青光の柱を見上げていた一人の男性に、見逃していただろう情報の確認のために声をかけた。

 男性は最初こそ僕の格好を見て訝しんだけど、背後のリシィとサクラを見るや否や鼻の下を伸ばして警戒を解く。


 車の中には女性と、後は小学生くらいの男の子と女の子、家族連れだ。



「君たちもイベントか何かで東京に? うちも家族連れで東京に向かってたんだけどさ、どうも様子がおかしいから引き返そうと思ってるんだ」


「様子がおかしいとは、どんな風にですか……?」


「俺も良くわからないんだけど、何か人がゾンビみたいだった? 少し前までテレビにも映ってたんだよ」


「ゾンビ……!?」


「“意思がない人形”って言えば良いかな、あの光の柱に向かってふらふら歩いて行くんだ。そのうちリポーターとかカメラマンも同じ状態になって放送は中断、やばいなと思ったけどこの渋滞じゃ引き返せないだろ?」


「カイト、まさか……!?」

「偽神の“精神干渉”! そうか、奴らの目的は侵攻じゃない……人を、より多くの神力を集めるためか!!」

「カイトさん、だとすると大変な事態です! 東京の人口は確か一千万を越えているのですよね!? それだけの神力が集まってしまったら……!」



 【虚空薬室ヴォイドチャンバー】で溢れそうな神力も、【天上の揺籃(アルスガル)】の再起動も切っ掛け(・・・・)でしかなかったとしたら、“三位一体の偽神”の真の目的とは何だ……!?


 そうまでして、奴らは何をしようとしている……!

 リシィたちの世界だけでなく、地球まで巻き込んで……!


 いや、ひょっとしたら奴らこそ世界を覆そうと……。



「リシィごめん、抱えるよ」

「え、ええ、けれどどうするの?」

「建物の屋根伝いに跳ぶ(・・)。サクラ、ついて来てくれ」

「はい、どこまでも!」

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