第百八十八話 青光に飲み込まれる街
『ご覧ください! 昨夜未明、銀座四丁目交差点を中心に“光の柱”が発生し、およそニキロ四方の街が中に飲み込まれてしまっています! 現在は警察が周辺を封鎖し、防衛出動した自衛隊が間もなく到着するとの情報も入っています!』
テレビから聞こえるのは、慌ただしく事の次第を告げるリポーターの声。
テレビ局のクルーがいるのはどこかの屋上だろうか、遠く離れてはいるものの、“青光の柱”が極太とわかるだけでどこから照射されているのかはわからない。
何が起きているのか、事態を把握することの出来る情報は何もない。
「カイトさん、あれは【天上の揺籃】で見たものと同じ……」
「どうだろう……。同じものだったとしたら今頃東京は焦土と化しているはず、火の手が上がっていないのは妙だ。あれはひょっとしたら……」
「カイト、教えて。憶測で構わないから、あれは何だと思うの?」
「これは僕の願望も混じっているけど、可能性の中で答えを出すなら、“門”だ」
「門……それは私たちの世界へと言うことよね!? 帰れるの……!?」
神力の正体はまだ判然としないけど、これまで確認が出来ただけでもその及ぼす効果は多岐に渡る。
その最たるもののひとつが“空間干渉”。僕の“刃槍”、ノウェムの“転移”、何より神力の塊“青炎の太陽”に飲み込まれての“世界間転移”、これは明らかに次元にさえも干渉しているんだ。
どれだけ膨大な神力量を必要とするのかはわからないけど、あの虚無空間【虚空薬室】から溢れ出すほどの神力があるのなら可能なんじゃないのか……?
だけど、だとするとこれはまずい……!
「爺ちゃん! 昨晩話していた役人と連絡は取れる!?」
「あ、ああ、隠居の身だ。家でテレビを見ながら静観してるだろ」
「その人に頼んで、どうにか政府に働きかけて欲しい! 広い範囲で周辺住民を迅速に避難させて、それと同時に出来るだけ多くの自衛隊戦力の集結を! それでも足りるかどうか……」
「カイト、自分が何を言ってるかわかってるのか? 東京が戦場になる、おまえはそう言ってるんだ」
「話しただろう、【鉄棺種】と呼ばれる未知の文明の兵器を! 目的が侵略か何かはわからないけど、僕の推測が正しければ今直ぐにでも来るんだ、この地球に!」
長年の経験がものを言うのか、祖父は青光の柱に驚きつつも冷静さを失わず、無様にも焦る僕の言い分を聞き、それでも最後は頷いてくれた。
「良くわからんが、わかった。伝えるだけは伝えよう」
「助かる、ありがとう爺ちゃん」
ブレイフマンは「終わりの始まり」と、三柱の神龍は「星命尽きるまで」と告げた。
神力の特性、奴らがなそうとしていること、世界間の繋がり、確証のないことばかりだけど、最悪中の最悪を想定してひとつだけあってはならないことがある。
あの青光の柱が“門”だとするのなら、それをなすために送り込まれるのは大規模な軍勢……それとも三柱の神龍そのものが……。
焦るな……焦りはまたしても失敗を招く、僕はもう繰り返さない。
『現在伝わっている情報だけでも、同じような“光の柱”が各国主要都市に既に六本も観測されています。……あ、また一本、モスクワにも現れたとの情報が入りました。情報が錯綜していますが、引き続き追ってお伝えします』
スタジオでは世界各地で同時に現れている“青光の柱”の映像が流れ、ニュースキャスターが慌ただしくやり取りをしている。
前代未聞の事態に誰もが驚愕以上に疑問符を浮かべ、誰一人として正しい情報を持つものはいない。
だから、僕が伝えなければいけないんだ……「備えろ」と。
「カイト、直ぐにでも動けるよう準備をしましょう。この国の戦力は私の想像を越えるものだとは思うけれど、それでも足りないのなら私たちが行くしかないわ」
「はい、美しいこの国を蹂躙されるわけにはいきません。日本で【烙く深焔の鉄鎚】を振るいたくはありませんが、相手が相手なら躊躇するつもりもありません」
「リシィ、サクラ……そうだな、準備だけは万全にしておかないと」
「サクラ、握り飯も作っておけ、車の中で食えるようにな。腹が減っては戦が出来ぬは基本だろうカイト、気を抜くな」
「はっ、はいっ!」
「爺ちゃん!? 一緒に行く気か!?」
「それくらいはやらせろ。戦場に孫を送ることになるかも知れないんだ、自分だけおめおめと安全な場所で胡座をかいてられるかよ」
祖父はそう言ってニッカリと笑った。
こんな時でも、いやこんな時だからこそ笑う。
わかっているのだろうか、これが永遠の別れになるかも知れないことを。
再び向こうの世界に行ったら、今度こそ戻って来れないかも知れないのに。
「爺ちゃんは、良いのか……? もう会えなく……」
「バカ野郎! 世界を救いに行こうとする孫なんざ、どこを探したっていやしねえ! だったらカイト、それを成し遂げろや。老い先短い俺の人生、天国の婆さんに最高の自慢話を持って行かせろ!」
「じ、爺ちゃん、それは強がりだろ……相変わらずだな……」
「それはカイトも同じだろう、俺の孫なんだからな」
「はは、それもそうだ……」
僕も笑った、こんな時だからこそ無理矢理にでも笑った。
テレビの中では、少しずつ広がる青光の柱が今も映し出されている。
銀座……“銀の御座”とは皮肉めいていて、ひょっとしたら白銀龍グランディータによるものかとも思ったけど……良く考えたら、人の願望を都合良く打ち壊すのも三柱の神龍“三位一体の偽神”の十八番だ。
偽神が何を企んでいるのかは知らないけど、僕たちがいるこの場所にまで干渉したことを後悔させてやる。
これは好機、閉ざされた停滞の中から脱出する。
◇◇◇
私は部屋に戻り、着替えてから荷物を背嚢に詰め込んでいた。
予め皆で話し合い、保存食などの旅に必要な物資はカイトが持つけれど、持ち帰りたいものがあったら自分で持つことと決めていたの。
そんなに持ち帰りたいものはない。元々が最小限の生活に必要なものしか望まなかったから、背嚢に収まる着替えくらいで済むもの。
この世界、地球で一ヶ月を暮らして、私もサクラと同じく日本が好きになった。
あまり大手を振って街を歩けなかったのは残念だけれど、行く先で私たちを見かけて興味を持ってくれた人々は皆一様に笑顔で接してくれたの。
私たちの世界の問題に、そんな優しい人々を巻き込んでしまった。
だから今の平穏を手放してでも、自分たちの手で解決しないといけないわ。
それに、最後にもう一度……カイトとも話さなければいけないの……。
「私はこれで良いわ……。何よりも必要となるのは、進むための心構えよね」
私は自室から出て背嚢を廊下に下ろし、カイトの部屋にノックしてから入った。
「リシィ、準備はもう良いのか?」
「ええ、私は着替えくらいだもの。背嚢にも空きがあるから、カイトのほうで入り切らなかったら私が持つわ」
「ありがとう、それならこの毛布を頼む。【天上の揺籃】が再起動して、ラトレイアがどうなっているのかわからないんだ。リシィにも負担をかける」
「気にしないで、テュルケと旅をしている時は二人で持っていたのよ」
いつも通りカイトの背嚢だけ大きいのは、彼が私たちの負担を一手に引き受けてくれているから。
荷物持ちで役に立とうとしていた最初と違い、今では彼も充分な戦力なのに、それでも笑いながら「僕が持つよ」と当たり前のように言うの。
私の大切な騎士、私の最愛の人、この男性なしで私はもう一歩も先に進めない。
けれど……それでも……。
「ねえ、カイト」
「うん?」
「カイトは、この世界に残っても良いのよ……。もう戦いもせず、こんな素敵な平穏の中で、お祖父様と共に好きに生きても良いの。私たちのことは……」
私は一瞬泣きそうになってしまった。
流れ出そうな涙を堪え、言葉の最後で唇が震えた。
この世界に残って欲しいのなら、絶対に告げなければいけないの……。
「騎士を解任する」と一言を……それなのに……。
「僕がいるのは、日本でも地球でもましてや向こうの世界でもない、僕が本当にいたいのはリシィの傍だ。主といえども、どんな主命があろうとも、この心根だけは変えられない。行くよ、リシィと共にどこまでも」
「うっ……ううぅっ……カイトの……バカァ……」
「おわっ!? ご、ごめん、いつも勝手な無理を押しつけて……それでも僕は……」
カイトの言葉はずるい……いつもいつも、本当にずるい……。
彼はいつだってたった一言で私を安心させてくれる……彼はいつだって私の傍にいることを望んでくれる……そう、これまでも……ずっと……。
本当にずるいわ、こんなの、こんな人、離れられるわけがないじゃない……。
カイトは、結局涙を堪えられなかった私の頭を撫でてくれている。
けれど……けれど……。
「違う」
「え……?」
「うっ、こんな時は、うくっ、うぅっ……抱き締めてなぐさめなさいっ! カイトは私の大切な騎士なんだからっ! うーっ、ずっと傍にいてくれるのならっ、そのくらいは気を使いなさいよねっ!」
「ええっ!? おわーーーーーーっ!?」
そうして、私は自分から彼の胸に飛び込んで行った。