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第百八十七話 最後の団欒

 進展もなく手詰まりを感じ、新たな手段を模索しようとしていた日の夕食時、最近は毎日どこかへと外出していた祖父も、久しぶりに一緒の食卓を囲んでいた。



「うん、この里芋の煮物は美味いな。婆さんのレシピを渡しただけのことはある」

「ありがとうございます。お祖母様の料理法は考えもしなかった知恵が込められていましたから、とても為になっています」


「カイト、今日は私もミソシィル作りを手伝ったのよ。どうかしら?」

「うん、紫色にはなっていないね、凄く美味しい。毎日でも飲みたいくらいだ」

「私が作ったからと必ずしも紫色にはならないのっ! で、でも、ありがと……」


「何だ、まるで新婚みたいだな」

「爺ちゃんっ!?」



 最近はリシィも日本語での意思疎通が可能になっているため、今の祖父の冗談は彼女にも意味が伝わってしまったようだ。

 リシィの恥ずかしそうに視線を彷徨わせる様は愛らしいけど、真に受けられても困るので冗談は程々にして欲しい。


 馴染んでしまった今の食卓、祖父が上座に座り、リシィとサクラが僕の隣にいる。

 もうこのままでも良いと思う反面、どうしても受け入れられない感情も強い。


 安寧は望むべきものだけど、多くに目を閉じてなされたそれはただの停滞だ。



「カイト、それで進捗はどうなってるんだ?」


「それが全くなくて……。最初の時のように向こうから接触がない限りは、無闇矢鱈とこの神器を振るったところでダメなのかも知れない」



 僕は返答とともに青銀色の右腕を持ち上げて見せる。


 この地球でも甲冑の隙間から青光が漏れ、一か八かと人里を離れて青刃槍を振るってみたものの、勢い余って木を一本斬り倒したただけで終わったんだ。


 目指すものが濃い霧の彼方では漠然とし過ぎて、標すらない今の状況では、これまで通りこれからも時間を無駄に過ごすだけになるだろう。



「テュルケ、シンパイ。カエル、ナイ。ドウカシタイ」



 リシィも片言の日本語で今の心境を告げた。


 どうにかしたいと思うのは僕も同じだけど、“異世界に行ける方法”とされているものは、試してみたところで当然実際に効果のあるものではない。


 個人の力だけでは、やはりどうしたところで手詰まり以上の答えがないんだ。



「ノウェムさんも、きっとカイトさんから離れて泣き腫らしていますね……心配です」

「そうだな……やはり、もっと大きな力に頼るしかないのかも知れない……」


「……それなんだがな、役人にそれとなく話をつけて来たぞ」


「うん……んっ!?」



 唐突に祖父が神妙な面持ちで話を切り出した。


 役人……この場で告げる以上は、行政機関に務めるそれなりのお偉いさんでないとダメだけど、ひょっとして最近正装して出かけていたのは……。



「爺ちゃん、詳しく……」


「相手は政界を半分引退したような昔馴染みなんだがな、もしもこの地球とは違う世界があり、もしも異世界人が迷い込んで来たら政府はどう対応する? と言う切り口で話を吹っかけてみたんだ」


「それで、その人は……?」

「まあ冗談と受け取られたが、厳密に保護する、悪いようにしないとだけな」

「うん、だろうね……。それ以上の対応については、迂闊なことを話せない政治家としては当然だろう。それでも、話をつけて来てくれたんだろう?」



 祖父が政治家と知り合いだったことには驚いたけど、昔は何やら国の仕事をしていたらしいので、繋がりがあるのは別に不思議なことでもない。


 問題は、これがルテリアに戻るための足がかりに出来るかどうかだ。

 例え国の支援を得ることが出来たとしても、戻れない可能性が圧倒的に高いことを理解し、それでも下げられる頭は下げる。



「ああ、話をつけたと言うかな、仮に現実でそんなことがあり得るなら出来るだけ力を貸そう、と口約束だな。あいつは漫画を好んで見るから、役人としては頭が柔らかい。『興味がある』とは言ってたぞ」


「なるほど……あくまで味方になりそうな人か、ありがたい」


「カイトさん……例えこの身が辱めを受けようと、元の世界に戻るためなら私は自分自身を差し出します! どのようにでもしてください!」

「え、いや、サクラが辱めを受けるようなことがあるのなら、僕は相手が誰だろうとぶっ飛ばすよ? サクラと引き換えになんて許すつもりはない」

「あ……カイトさん、ありがとうございます……」



 サクラはいったいどんな勘違いをしたんだろうか。


 最近、彼女は熱心にネットで調べ物をしているようだから、“異世界”なんかで検索をした結果、その手(・・・)の物語を見てしまったのかも知れない。


 サクラはサクラ、僕の支えでリシィとも比べられないほどに大切な女性ひとでもあって、召使いや奴隷ではないんだから。



「カ、カイト……私は……?」


「うん? リシィのことは何よりも真っ先に守るよ。王族としての責務は果たしてもらうかも知れないけど、リシィの身に危険が及んだら僕は例え祖国が相手でも歯向かうつもりだ。そのくらい、何よりも大切なんだ」


「そ……そう……大切なのね……」



 んっ!? 笑っ……ん?


 あれ、今一瞬だけ微笑んだように見えたけど、気の所為か……。


 僕から目を逸らして俯いた瞬間だったから、角度でそう見えただけかな。

 今のリシィは無表情に、既に熟れた箸を器用に使って白米を食べている。



「もぐもぐ……こくんっ……な、何? そんなに私のことを見て……」

「あ、いや……白米が美味しそうだなと思って……」

「カイトにもあるでしょう、あげないわよ? それとも、食べさせて欲しいの……?」

「い、いいいやっ!? 自分で食べられるよっ、ははっ!」


「それでしたら私が。カイトさん、口を開けていただけますか。あ~ん……」

「サクラ!? どさくさに紛れて何をしてるんだ!?」


「おうおう、もうさっさとくっついちまえ」

「爺ちゃーーーーんっ!?」



 何だこの食卓、ノウェムがいないのに何故か心臓にスリップダメージが……。


 とりあえず、折角祖父が新たな足がかりを作ってくれたんだ、それが例えどんなに小さな可能性だろうと今は縋って望んで行くしかない。

 まさに今の状況は暗中模索、暗闇の中を蝋燭よりもか細い灯火でどれだけ照らすことが出来るか、僕は決して諦めない。



「爺ちゃん、近いうちに日本政府まで巻き込んで事を起こすかも知れない。迷惑をかけてばかりだけど、今のうちに謝っておく。ごめん!」


「笑わせるな」

「……爺ちゃん?」


「孫が要らん気を回しやがって。人様に迷惑をかけるなとは教えたがな、家族には頼って何ぼだとも教えたはずだ。謝罪よりも感謝だろう、そうだな?」


「ああ、爺ちゃん。ありがとう」


「そうだ。カイトよ、お前はやることをやってりゃそれで良いんだ」



 あ、これはまずい流れだ。



「やることをやってさっさと曾孫の一人や二人……」

「爺ちゃーーーーーーんっ!?!!?」



 もうやだこの祖父。




 ―――




 ――夢を見ていた。



 一人の女性が何かを話そうとしている……。



 彼女の姿を見間違うはずもない、神龍グランディータの人型……。


 ぼんやりとした意識と視界の中で、銀色の彼女は僕に何かを伝えようとしているけど、無音の世界では何を言っているのかわからない。


 どこまでも白く音のない世界………。僕には自分らしい意識もなく体の輪郭すらなく、まるで空気になってしまったかのようにただ揺蕩っているだけ。



 なら……今ここでこうして思考する自分はいったい何者なのか……。



 そして、真っ白い空から青光の柱(・・・・)が下りて来る。




 僕を飲み込み、どこまでも……どこまでも……





「……ト! カイト、起きて! 大変よ! カイトッ!」


「う……うん? リシィ? 今は何時……どうしたんだ……?」

「良いから起きて! 大変なことになっているの!」



 渋々とした目を擦りながら目蓋を開くと、眼前には切迫した様子のリシィ。


 まだネグリジェを着ていることから彼女も起きて間もないのだろうけど、可憐な装いで寝起きに迫られると寝惚けて襲いかかりそうになる。


 うん、思いを寄せる女性に起こされるのは男冥利に尽きる、悪くない。


 じゃなくて、時計を確認すると時刻は朝の六時。いつもは七時に起きて皆で朝食にするから、少し早く起こされたのは何かあったのか。



「リシィ、おはよう。えーと……僕はどうすれば……?」

「しっかりと目を覚まして! テレビが大変なことになっているの!」

「テレビが……壊れたのか? もう一台あったよね……?」


「カイトーーーーッ!」 



 ――バチーンッ!!



「痛いっ!? 何っ!?」

「目が覚めた? 良いから直ぐに来て」



 リシィに引っ叩かれたことで僕は今度こそ目を覚まし、彼女に促されるままそそくさと一階に下りて居間に入った。


 居間には既に起きていたサクラと祖父。二人とも驚愕の表情で何かを訴えかけ、僕はリシィに手を引かれたままでその光景を目撃する。



 テレビには、“青光の柱”に飲み込まれる東京の街並みが映し出されていた。

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