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第二十話 神を名乗る者

「おぬし、一応礼を言うぞ」



 視線を上げると、男たちに囲まれていた少女が目の前で立っていた。

 彼女の物言いは地なのか、実際に上から見下されているけど、これは僕がまだ膝をついているせいだ。



「いや……何も出来なくて、面目ないです」



 僕はサクラに支えられ、まだ痛む腹を堪えながら立ち上がる。


 傍に来た少女はやはり小さい。テュルケと同じくらいかそれ以下で、腹痛で体がくの字になっているにも関わらず、見下ろすことが出来た。



「くふふ、あの場に踏み込もうなぞ、中々に剛毅な坊だ」



 彼女の声音は、鈴の音のように高く張りながらもどこか落ち着いている。

 尊大な態度と良い、外見だけはどう見ても年上の僕を“坊”扱い……。


 この娘、まさか……伝説の“ロリBBA”と言う奴では……。



「えーと、君……貴女は大丈夫でしたか?」

「子細ない。代わりにおぬしが受けてくれたからな」



 様子がおかしい。少女ではなく、僕でもなく、サクラの様子がだ。

 警戒しているようで、体は強張り目で見てわかるほどに緊張している。


 あれだけの力を振るった後に……更に上がいるのか……?



「くふふっ、そう警戒しなくとも、我は礼を言いたかっただけだ。焔獣の娘か、噂に違うことのない身のこなし、見事と褒め称えようぞ」



 少女は、ニマリと鋭い眼光を宿した翠玉の瞳で笑う。

 この娘は、少女の姿を取っているだけの別の何かだ。あどけなさと老獪さを同時に宿した何か、得体の知れない存在。

 一度でも関わってしまった以上は、僕がどうにかしないと……。


 そんなことを思っている内に、少女は口元までを覆っていた布を剥いだ。


 既視感デジャヴュ――つい最近も確かに見た光景。

 あの時と同じように、いや、半ば強制的に僕は息を止められてしまった。



 青銀の月の下、手繰り出された背丈ほどもある長い銀糸の髪は、まるで翼を広げるかのように宙を舞い。同じ白色でもこうまで違うのか……白雪のような真っ白な肌は、月光でさえも触れた傍から喰い尽くしてしまっているよう。

 僕を見詰める半眼から覗くのは、世界の果てまでを望んでいたとしても不思議ではない、深い、深い、深淵を宿した艶やかな翠色。


 リシィと出会った時を思い起こす。

 だけど、あの時とは真逆。対極の存在。


 これは、この世の者ではない。見たことを後悔してしまう何か。

 何ごとも過ぎれば毒となる、そんな類の美しさを持つ少女だ。



 どこまでも不遜にズイと顔を寄せた少女に、僕はどうしようもなく息が詰まった。



「我はノウェム。神龍より命を賜る者。第一位神族ノウェム メル エルトゥナン」




 また“神龍”? しかも“神族”と、サクラの強張る理由はこの辺りか。


 可憐な少女ではあるけど、リシィと違うのは、決して覚悟なく愛でてはならない、そう思わせる異様な気配を纏っていることだ。


 それにしても近い……鼻が触れ合うほどの距離で、得体の知れない警鐘が鳴っているにも関わらず、僕は離れることも目を逸らすことも出来ずにいる。

 少し上目がちな、俗な言い方をするなら“ジト目”が、僕の心を掴んで決して離してはくれない。


 ぐ……なら、逸らせないならせめて、飲み込まれはしない……!


 そんな、死地に向かうわけでもないのに、非情とも言うべき覚悟を決めたところで、相手から視線が外された。



「くっ、くふふふふっ、先ほどの身のほども弁えぬ剛毅さ、我が魅了を受けて尚抗おうとする賢才、おぬし気に入ったぞ。名は何と言う?」


「え? えーと……カイト クサカです」

「カイト クサカか、不思議な響きの名よ」



 お互いの体が離れ、僕は改めて『ノウェム』と名乗った少女を見る。


 これまでの人外の気配はどこに行ったのか、今は喋らなければただの可愛らしい女の子にしか見えない。体の特徴も耳が長く尖っているくらいで、獣耳や角や尻尾もなく、エルフ……とはまた何か違う気がする。


 特徴を装いまで含めるのなら、後頭部の低い位置、首の上部に大きな鳥の翼を象った髪飾りがあった。テュルケの巻角も、一見アクセサリーのように見えるし、あれが自前のものなのかも知れない。



「……って、痛い!」



 どう言うわけか、ノウェムは唐突に僕を平手で打った。

 体重は軽そうなので、口に出したほどは痛くなかったけど、僕は何もしていない。



「気に入ったとは言え、乙女の下着・・をあまり堂々と見るものではないぞ。我をもらうと言うのなら許しても良いが、おぬしではまだ足りぬ」



 ……うん? 別にスカートの中は覗き込んだりしていないけど?



「ではな、我はいく。次に会う時まで精進せよ。さすれば我も、もう少しはおぬしが寄ることを許すかも知れぬぞ。くふふ」



 そう言うと、ノウェムの背中からは四枚の光の翼が広がった。

 ただ見惚れて、『綺麗だ』と形容することしか出来ない、美しい翠色の光翼。

 そして、羽ばたくことも重力を感じさせることもなく、彼女はスゥと夜空に舞い上がって行ってしまった。


 何だったんだ……この世界に来て驚くことは沢山あったけど、人そのものに対して反応に困ることは流石になかった……。



「……サクラ、今の女の子は……ん? サクラ?」



 彼女は僕を支えながら、完全に固まってしまっている。

 ぼんやりと中空を見た瞳には光がなく、その先はどこも見ていない。



「サクラ!? サクラッ!!」

「え……あ、カイトさん? あれ、私……」



 流石に石化しているわけではなかったので、彼女の頬を軽めに叩いたら、直ぐに意識を取り戻した



「大丈夫か?」

「は、はい、大丈夫です。これは……どうやら暗示をかけられていたようですね」



 サクラは辺りを見回し、自分の体も一通り確認したところで言った。



「え? あの娘の固有能力?」

「いえ、一種の技術です。強い神力を当てられたことと、後は“瞳”によるものでしょうか。心地良い場所に吸い込まれるような、そんな感覚があったと思います」



 飲み込まれるような感覚は確かにあったけど、心地良いと言うのはなかったな。

 終始警戒レーダーがビンビンと反応していて、目を逸らすことが出来なかった。



「あの娘は何? あまり良くない言い方だけど、人とは思えなかった」



 サクラは考え込む。眉根を寄せているので、やはりあまり良いものとは思えない。



「あの方は……“セーラム高等光翼種”と呼ばれる、この世界の種の分類の中で現在唯一“神”と称される種族の方です。光翼があったことからも確かですね。本来は人前に現れることもないので、私も初めてお会いしました」


「はあ? な、何でそんな凄そうな人がここに?」

「わかりません……」



 『外見は当てにならない』どころではなかったな……あのままにしておいたら、男たち三人の方が消し炭にでもなっていたんじゃないか……。

 あ、だとしたらまずい……。何故か気に入られて、また会いに来るようなことも……。


 何ごともなければ良いんだけど……。



「カイトさん、ひとまずは帰りましょう。お怪我の治療をしないと……。リシィさんとテュルケさんも探しているので、安心させてあげてください」

「そ、そうだった。あの娘のことは、今気にしてもしょうがないからな……それよりも、あれはそのままで良いのか?」



 石壁の下敷きになっている男たちを指差して聞いた。

 今となっては少し同情もしてしまうけど、僕も痛めつけられたのだから、あのままで良いと言うのならあのままにしておく。


 流石に、僕はそこまでお人好しじゃない。



「はい、直ぐに警士隊が来ますので大丈夫です。後で私も事情を伝えに行きます」

「そうか……それならお願い」

「はい」



 それよりも、僕を支えてくれているサクラの顔色が優れない。

 やはりあの、『ノウェム』と言う少女のことが気になるのか。



「サクラ、大丈夫?」

「いえ……あっ、いえ、私は大丈夫です! カイトさんがお辛そうで……」



 ああ、腹痛で脂汗が滲んでしまっているから、僕の様子を慮ってか……。



「僕も何とか大丈夫。心配かけてごめん」

「はい。直ぐに治療しますので、馬車まではご辛抱ください」

「サクラ、ありがとう」



 このままじゃ駄目だ……。


 せめて、このくらいは切り抜けられるように……強く……。

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