第百八十四話 アイドルのマネージャーになった気分
「あの~、これ何かの撮影ですか~? 良く出来てますねえ」
「ま、まあそんなところで、休憩時間に彷徨いているだけなんです」
「おい、あの角、頭から直接生えてないか?」
「カツラ! 特殊メイクで、これはカツラですから!」
「わぁ~、お姉ちゃんの尻尾ふわふわ~」
「んっ……」
「あわわ……お嬢ちゃんごめんね、わんわんは尻尾を触られると嫌がるだろう? お姉ちゃんも嫌だからダメだよ~?」
「うんっ! ごめんなさいっ、お姉ちゃん!」
「よ~し、良い子だ~」
「ふふっ、カイトさんはいつも子供に優しいですね」
「今は特に、事を荒立てたくないから……」
何だこれ……大名行列かっ……!
ショッピングモールを歩いている僕たちの後ろには、ぞろぞろと人の列が出来てしまっている。
何かが始まるとでも思っているのだろうか……。声をかけられても上手く誤魔化してはいるけど、流石にサクラの尻尾に子供が抱き着いた時は慌てた。
今は衣類を揃えようと店を回っている最中で、思っていた以上に他の人に絡まれるわ、リシィとサクラは異世界だという緊張感がいつの間にかなくなり、興味津々の様子で一軒ずつ回っていてなかなか決まらない。
店員もリシィとサクラを見ると目を輝かせて近づいて来るけど、着物なので今のところは着せ替えのおもちゃにされるようなことはなかった。
日用品の類は一覧を作って来たけど、そこまで進むのが大変だ……。
「ねぇねぇ、君たちモデルさんか女優さん? 俺らと少しお茶でもしない?」
「ストーーーーップ! そんな暇はない!!」
「何だ、マネージャー付き? つまんねー」
危ない……少し目を離しただけでもナンパされる……。
見目麗しい上に非現実的なコスプレ、まあ本物だけど……興味をそそられるには充分過ぎる魅力を、リシィとサクラは周りに振りまいてしまっていた。
今の二人組のチャラい男だけでなく、僕が他のお客に説明をしている間にも直ぐ別の誰かが寄って来るんだ。
本当に勘弁して欲しい……早く帰りたい……。
「あっと……二人とも、ここが下着売り場だから必要な分を買い揃えて。サクラ、精算は教えた通りにこれで頼む」
「はい、二着ずつで足りるでしょうか?」
「いや、最低でもその倍は必要だと思うよ。買い足すにもまた苦労することになるから、今は遠慮しないで頼む」
「わかりました」
サクラに財布を渡して僕は店の外で待機、これはこれで居た堪れない。
人々は日本人らしい社会道徳なのか慎ましい遠慮なのか、店の中まではついて来ないけど、それでもその場で待っているので結局はまた大名行列だ。
こんな格好で彷徨いている理由を「映画撮影の休憩中」にしてしまったから、マーケティングの一環と思われているのは幸いか。
「カイト……」
「うん? どうかした?」
一度は店に入ったはずのリシィとサクラがいつの間にか戻っていて、僕の袖を二人して引っ張った。
「一緒に来て欲しいの……。種類が豊富過ぎて躊躇ってしまうわ」
「ふへっ!? この中に、僕がっ!?」
「はい、カイトさんお願いします。ルテリアにあるものとは違って装飾も細やかで、手を触れるのも恐れ多いのです……」
「て、店員さんに頼んで……」
「カイト……」
「カイトさん……」
二人とも眉を八の字にして縋るように僕を見ている。
イベント神は僕にどれほどの試練を与えるのか……女性下着売り場イベントは、男にとって色々な意味で最も危険な類のものじゃないか……。
もし万が一、更衣室イベントに派生しようものなら……。
「わかった、でも着け方は僕もわからないから、そこは店員さんに頼むよ?」
「ええ、それで構わないわ。カイトは選んでくれるだけで良いの」
「はい、素敵なものをお願いしますね」
……
…………
………………
……僕が選ぶんだ!?
神は我に試練を与え給うた。
結局は僕まで一緒に女性用下着店に入り、店員さんのアドバイスを元に下着を選び、着け方を教えてもらった後は二人とも更衣室で実際に試着している。
僕は更衣室の前、店の前以上に居た堪れず一人で佇んでいる。
というか……驚いたことに着けていた下着は洗濯に出してしまったらしく、ここまで完全に穿いていない状態だったとのこと。
何ということだ……午前中に済ませようと焦って家を出たのがまずかった……。購入したものはそのまま着けてもらって帰ろう……。
「カイト、いる……?」
「いるよ、どうかした?」
流石に更衣室イベントでも、現実で「これはどうかしら?」はないよな……。
「あの、これはどうかしら……?」
あった。
リシィは更衣室のカーテンから顔を半分だけ出し、僕を見上げている。
直ぐ裏では下着姿なんだよな……。何、僕は天国に召されるのか?
「リ、リシィ……流石に下着姿を見ることは出来ないよ……?」
「そっ、そうよね、似合っているかどうか見て欲しくて、つい後先を考えずに……」
「うん? リシィなら何でも似合うと思うけど、それを僕に見て欲しいと言うのは……」
「はっ!? わわわっ、今のは忘れなさいっ! カイトのバカッ!」
「理不尽っ!?」
ああ、でも顔だけカーテンから出し、頬を膨らませて怒るリシィも悪くない。
相変わらずそう簡単には笑う姿を見られないけど、始めて出会った頃に比べ、こうして感情を表に出してくれるのは感慨深いものがある……。
「カイトさん、私は是非ともご覧いただきたいです!」
「ちょっと、サクラさん!? 僕が死んでしまいます!?」
最早、本気なのか冗談なのかもわからない……。
果たして今日一日、僕のHPは持つのだろうか……。
―――
「やっと帰って来れた……」
「カイトさん、お疲れさまです。お茶はこれでよろしいのですか?」
「ああ、急須はここに」
「はい、少々お待ち下さい」
僕たちは一通りの買い物を終え、そそくさとその場を逃げ出した後は、何とか追手の追撃を逃れて自宅に戻っていた。
どうやら二人は、始めてのショッピングモールに上せて酔っ払ったようになり、そのせいでどこかテンションがおかしかったらしい。
今は一般的な1LDKマンションの自室で休憩中だ。
「カイトの匂いがするわ……」
「うん?」
「えっ、あっ!? な、何でもないわっ!」
「そ、そう? 自分の家だと思ってくつろいで良いから」
「ええ、ありがとうカイト……」
僕の部屋は転移したあの日のままだった。
祖父の言った通り、【重積層迷宮都市ラトレイア】への入口はなく、その痕跡のようなものは神力の流れすらもないとサクラが確認した。
本当に何も変わらない、ここだけ時間が止まっていたかのように、ただ主だけが不在の何の変哲もない部屋のままだ。
グランディータが、僕を“あの世界”に招き寄せたのは自分だと言っていた。
それなら、ここで待っていれば再び干渉がある……は都合が良過ぎるか……。
「カイトさん、お茶です。リシィさんも緑茶で構いませんか?」
「サクラ、ありがとう」
「ええ、頂くわ」
やはりここでも不思議な光景だ。
もう戻れないと思っていた自分の家に、幻想世界の住人がいる。
床に座った僕の隣でリシィはソファに腰をかけ、机を挟んだ対面にはきちんと正座するサクラ。
明らかに“この世界”にとっての異質な存在が、まるで昔からの馴染みのように、僕の傍にいてくれることが不思議で仕方がなかった。
「不思議ですね」
「えっ……。な、何が?」
「この世界にも神脈が流れています」
「えっ!? 神脈……と言うことは神力があるのか?」
「サクラの言う通り、確かに神力と似通った力が流れているわね。神力を操る私たちの固有能力は、この世界でも問題なく使えそうなの」
「……どう言う……ことだ?」
「私たちの世界の神脈ほどは地上に露出していませんが、地の奥深くに流れる力の脈動を確かに感じ取れます」
「前に“神脈”とは、僕の世界での“龍脈”や“霊脈”に当たるものと教えてくれた。実際に感じ取ってその差異はどのくらいあるんだ?」
「……」
「……」
「完全に同じものではないわね……」
「はい、この地球のものはとても濃いのです」
「濃い……?」
これが意味することは、可能性としてひとつだけ思い当たる。
結局、何ひとつ確証を得られないまま戻って来てしまったけど、確かめるためにもだからこそ今一度グランディータに会う必要があるんだ。
【重積層迷宮都市ラトレイア】……そしてあの世界の秘密……思っていた以上に根が深いものを抱えているのは間違いないな……。
「それはそうと、今日はここに泊まるの? ベッドがひとつしかないけれど、仕方がないから一緒……ごにょごにょごにょごにょ……」
「いや、日が落ちたら祖父の家に戻るよ。その前に寄りたい場所もあるんだ」
「そうですか……。この部屋はカイトさんの匂いに包まれていて……その、抱き締められているようでとても安心出来るのですが……」
「そ、それは少し恥ずかしいかな……」




