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第百八十三話 謎のコスプレ集団現る

「朝っぱらから清々しいほどの乳繰り合いだな」

「爺ちゃん!?」



 あれから一時間が経過し、今は皆で朝の食卓を囲っている。


 「もーもーもーもー!」と、僕をぽかぽかと叩くリシィとの現場をしっかり祖父に目撃され、僕もリシィも何となく居た堪れない。



「カイト以外にも、異世界ってのに行った日本人がいるんだってな」

「日本人以外にも多くの国から迷い込むようだけど、サクラから聞いたんだ?」

「ああ、日本料理を淀みなく作るだろ。どこで学んだか気になってな」

「ふふ、お祖父様にもお墨付きを頂けました」



 サクラは頬を染めて嬉しそうで、僕を妙に熱の籠もった視線で見てくるけど、これは祖父が「嫁に来い」とか言っていないだろうな……。



「リシィ、正座は慣れないんじゃないか? 痺れる前に楽にしても良いから」

「ええ、大丈夫よ。確かに慣れないけれど、『郷に入りては郷に従え』と言うのよね」


「お、今のは日本語だな?」

「リシィは日本のことわざが気に入って、覚えた分はこうして出て来るんだ。話せるわけじゃないよ」

「外国人みたいなもんだから、そういうもんか」



 認識としてはそれで良いのかも知れない。


 僕の左隣に座るリシィはサクラに手伝ってもらい、今は華やかな青色の着物に下衣は濃紺の袴に着替えている。

 リシィの金髪や白い肌が濃い青に映え、纏め上げられた髪のせいで見えるうなじが、先程の件も相まって僕にはかなり刺激が強い。


 一方でサクラは僕の右隣に配膳役として座り、彼女は着物に慣れていることもあって橙色の小紋を見事に着こなしている。

 ショコラブラウンの髪が暖色の衣服に良く馴染んで、彼女の優しい雰囲気が何だかいつも以上に暖かいんだ。


 祖父は食卓を挟んだ僕の対面、サクラが作ったものだろう味噌汁に舌鼓を打っていた。



「カイト、これから私たちはどうすれば良いのかしら」


「うーん、そうだな……とりあえずは二人の着るものと生活用品を用意したいから、一度僕の家に戻ってお金を引き出さないと……」


「カイトさんのお宅ですか!? 私もお邪魔してもよろしいのでしょうか!?」

「あ、ああ……そんな身構えなくても良いけど……」



 サクラが妙なところに食いついたな……。


 とは言え、二人どころか僕まであまり表立っては外を出歩けないだろう。

 僕だけなら“コスプレ”と言い張れば何とかなるとしても、リシィはパーカーを着せても竜角が目立つし、サクラはボリュームのある尻尾が隠しきれない。


 当分の生活費は僕の貯金を崩すとしても、目的である“ルテリアに戻る”だけはどうすれば良いのか検討もつかなかった。

 ネットで検索をかけたところで、見つけられる情報は“転移”じゃなくて“行方不明者”のものだけだろうし、“入口”の目処がついても“開き方”がわかっていたら既に交流も行われているはずだ。



「爺ちゃん、そう言えば僕の家に入って何ともなかったのか?」

「ん? 何もなかったが、何かあるのか?」

「僕は家にいる時に転移したんだ。入口があったら大変だなと」

「そんなものがあったら俺は今ここにいない。綺麗なもんだったぞ」

「そうか……」


「リシィ、サクラ、爺ちゃんの車を借りて移動は出来るけど、あまり表立っての行動は出来ないと思う。目処がつくまでは色々と我慢させることになる」


「ええ、仕方がないわ。目立たないように大人しくしていれば良いのね」

「食材の買い足しなどはお任せいただきたいのですが、仕方がありません」



 言語を切り替えながら話すのはどうもやり辛い。


 戻れるのかもわからない、どれほどの長い時間を日本で過ごすことになるのかもわからない……。それこそ一生の可能性があることまで考えると、やはりリシィにも日本語を覚えてもらったほうが良いのかも知れないな……。



「それにしても、日本のお味噌はとても深い味わいですね……」

「お、この味噌の味がわかるか? サクラ、本気で俺の孫の嫁にならないか?」

「え、いえ、あの……私は、カイトさんをお慕いしていますが……」



 んっ!? おおおおいっ!? 本当に言ってたよこの爺ちゃん!!


 サクラはチラチラと期待するように僕を見て、その瞳はいつかの“発情期”の熱を帯び始めている。

 これ以上はまずい、今度また暴走したら奪われかねません!



「サ、サクラ、邪険にはしないから、落ち着いて……」

「はっ、はいっ!」



 隣ではリシィが話に加われず首を傾げているけど、今の話を理解していたらどんな反応をしてくれたのだろうか……。


 何にしても生活基盤か……ルテリアでは当たり前のように用意されていた。

 それを自分で用意するとなると、必要なものが多くて大変なんだな……




 ―――




「ああああ、何ということだ……覚悟を決めるしかないのか……」


「カイトさん、昨晩の“コスプゥレ”は使えないのですか? 私は構いません」

「私も構わないわ。カイトにばかり恥をかかせるわけにはいかないもの」



 僕たちは祖父のワゴン車を借りて片道一時間の距離を自宅まで戻り、必要なものを確保した後は銀行でお金を下ろして大型ショッピングモールまで来ていた。


 平日の午前中で人通りは疎らだけど、問題はこんな怪しい風体の男が、“女性用下着”まで購入しなくてはならない非常事態に直面していることだ。


 車で移動する分には身を潜めていれば大丈夫だけど、一度外に出たら圧倒的コスプレ美人が二人と怪しい格好のお供も一人、このご時世にこんなネタ集団が歩いていたら一瞬でネット上で共有されてしまう。


 どうするか……下着だけはどこか地方のコンビニで……。



「カイト、決断して! 私は人の視線には慣れているもの、平気よ!」

「カイトさん、私は何があろうと貴方に従います。人目につくことも厭いません!」


「わかった……。決断しよう、僕について来てくれるか?」


「当然よ!」

「はい!」



 僕は決断した。


 怪しい男が女性用下着を買おうとし、販売を拒否されるだけでなく警察まで呼ばれて行動を制限されるなら、むしろリシィとサクラの話題性を前面に立ててしまったほうが、今後のことも考えて動きやすくはなるだろう。


 そして僕たちは意を決して車から降り、モールの駐車場から店内に入った。


 わかっていたことだけど、直ぐにこちらをまじまじと観察するお客と擦れ違う。

 右腕右脚が鎧の男と、その両隣にはコスプレ和服美人が二人。僕たちを見た人々は次の瞬間にスマホのカメラを向け、続いて忙しなく画面をタップし始める。


 あれは確実にSNSに書き込んでいるよな……図らずもネットデビューが他人の手によるものとか、プライバシーはどこに行った……。



「カ、カイト……何かを向けられているけれど……」

「カイトさんも持っていたものですね、確か“スマートフォン”と……」

「あー、うん……こうなる予測はしていた。写真を撮られているんだ」


「だ、大丈夫なの……?」

「ああ、直接的な害はないから大丈夫。あっても何とかする」


「観察されているようです。本当に私たちの耳や尻尾が珍しいのですね」

「本物だとは思っていないだろうけど、出来れば動かさないように頼む」



 もう一層のこと、国に異世界の存在を明かして協力を仰ぐか……?


 リシィとサクラの存在自体が動かぬ証拠だし、王族の威厳はこんな状況でも近寄り難い雰囲気を醸し出していて、政治家とも対等に渡り合えるかも知れない。


 手詰まりの状況になったら、なおさら個人だけの力では……。



「カッ、カイトッ! あれはっ、あれは何っ!? 階段が動いているわっ!」

「カッ、カイトさんっ! ここは全部がお店なんですか!? とても開放感があって別世界のようです! あっ、別世界でしたっ!」



 おや、見世物になっている割には二人とも楽しそうじゃないか……?


 車を見た時は、墓守の存在があるせいか驚きも大したことはなかったけど、今は二人とも身振り手振りも交えてショッピングモール内の様子に興味津々だ。



「えーと、動く階段は“エスカレーター”。ここは小店舗を大きな建物の中に一纏めにしたもので、ルテリアにもあるデパートを更に大きくしたものだね」


「凄いわっ! これがカイトの世界なのねっ! 乗ってみても良いかしらっ!?」

「食材はどこにありますか? きっと想像もつかないほどに豊富なんでしょうねっ!」


「え、あっはい」



 周囲には更に多くの人が集まって来ていて、僕たちを遠巻きにしている。


 リシィとサクラはそれを意にも介さず、初めて見るあれやこれやに二人でキャッキャウフフと楽しそうだ。


 まさか……二人は建物に入ってみたかっただけとか……!?


 ……


 …………


 ………………


 ……あれ、これは本当に大丈夫なのか?

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