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第百八十ニ話 後悔 と 慈愛

「ん……」


「起こしてしまいましたか。リシィさん、まだ寝ていても大丈夫ですよ」


「サクラ……ここ、どこぉ……?」

「ふふ、カイトさんのお祖父様の家です」

「そっ、そうだったわ……私たち日本に来たのよね……」



 ベッド……ではなく“オフトゥン”ね、オフトゥンから体を起こして時計を見ると時刻は朝の六時前。昨晩は三時を回ってようやく眠りにつくことが出来たから、しっかり休めたとはとても言えないわ……。

 それでもサクラはこんな早くに目を覚ましていて、お祖父様に貸して頂いた“ユカタ”と良く似た“キモノ”に着替えているわ。どう違うのかしら……。


 私も寝る時はユカタを着せられたけれど……あっ、む、胸元が目に余るほど開けているわっ! 脚もっ! この服は、カイトの前では気を付けないと危ないわね……。



「サクラはもう起きるの?」

「はい、お祖父様がもう起きて朝食を作られているようなので、私もお手伝いをさせていただこうかと支度しています」

「そ、そう……私はまだカレェしか手伝えないわ……」

「大丈夫ですよ、リシィさんはもう少しお休みください」


「そうは行かないわ。ここで私は王族でも龍血の姫でもないんだもの」

「それでしたら、カイトさんのお傍にいてもらえますか」

「まだ寝ているのではないかしら?」


「はい、ですが肺の傷は本来なら致命傷だったことと、今のカイトさんはどこか暗いものを帯びているように見えて心配なんです」



 サクラの表情が陰る。カイトを幾度となく守ろうとして出来なくて、彼女もきっとたくさんの後悔を抱えているんだわ。


 カイトの様子が暗いのは私も気が付いていたけれど……。



「それなら、二人で様子を見に行かない? 私では治療も出来ないわ」

「はい、そこは役割分担だと思っています」

「役割分担?」


「私には私にしか出来ない支援があります、それがまずはお料理ですね。ですからリシィさんには、リシィさんにしか出来ないことをしていただきたいのです」



 そう言って、サクラは小さな花が咲くような微笑を浮かべた。


 彼女は本当にカイトのことを思っているからこそ、彼に必要なものを与えようとしているんだわ。食事は体の内から人を変えるもの、何よりも大切よね……。



「わかったわ。けれど、治療が必要な時は直ぐに呼ぶから、その時はお願いね」

「はい! 朝食が出来るまで、カイトさんをよろしくお願いしますね!」



 そうして、サクラは着替え終わると部屋を出て行った。


 一人残された私は身支度を整えようとしたけれど……用意されているキモノの着方がわからないわ……。着ていたものは全て洗濯に出しているし……い、今は下着すら身に着けていないのよっ……!


 部屋を見回したところで他に羽織れるようなものもない。

 室内は鳳翔に似て“フスマ”と“タタミ”に囲まれ、色の濃い柱や梁が古びた趣を出し、どこか神妙でそれでいて柔らかい静謐さもあるの。あまり良く知らない私でも、これが“日本家屋”だと思えるわ。


 部屋の外は廊下で跨いだ向こうは庭、カイトが寝ている部屋は直ぐ隣ね。



「このままでは埒が明かないわ……」



 私はひとまず着ているユカタを出来る限り直し、静かに移動して顔を洗い乱れた髪をブラシで整え、廊下を戻ってカイトの部屋のショウジを開けた。



「カ、カイト……!?」



 けれど、彼は既に起きていて、両手で顔を覆って項垂れていたの。




 ◆◆◆




 あまり眠れず、祖父が起き出すと同時に僕も体を起こした。


 眠れない理由……僕がこの手にかけたブレイフマンが夢に出て来るからだ。

 心臓を貫いた感触は今も左手に残り、覚悟の末の行動だった割にはその事実が重く心に伸し掛かっている。


 自分が正しいだなんて、あれは殺して良い相手だったなんて、本当は割り切りたくもない。



「カ、カイト……!?」


「え……あ、リシィどうしたんだ? おはよう?」

「どうしたんだではないわ! 貴方こそどうしたの!?」



 唐突に部屋に入って来たリシィは浅葱色の浴衣を着て、少し崩れてはいるけど始めて見る彼女の和服姿に、僕は一瞬だけ夢のことを忘れときめいてしまった。


 うーん、好きな娘の普段と違う姿は破壊力抜群だよな……。



「いや、何でもないよ。日本に帰れたことで興奮して眠れなかっただけ」

「嘘! 隠したって私もサクラも気が付いているんだから! 主命よ、話しなさい!」

「うっ……それを言われると、立場的に反論は出来ない……」



 自分一人で飲み込むつもりだったけど、二人とも目聡いな……。


 リシィは僕を睨みながら、あろうことか布団の上に膝をついて座った。

 若干気崩れた浴衣からは白い胸元がチラチラと覗き、朝起きたばかりで煩悩を刺激してきて真面目な話をするどころではないんだけど……。



「カイト、お願いよ……」

「そうだな……率直に伝えると、【天上の揺籃(アルスガル)】の洞には信奉者がいた」

「えっ……けれど、カイトは一人で……」


「僕が手にかけた。人を殺したんだ」


「……っ!?」



 リシィの表情が驚愕とも悲哀ともつかないものに変わる。

 瞳の色は赤と青に黄まで混ざり、いったいどんな感情なのか。



「向こうの世界では盗賊なんかも出るから、人殺しに対する禁忌はあまり重くないのかも知れないけど、この日本の倫理観でそれは……おうふっ!?」



 ……!?!!?


 ああああっ、あかーーーーーーんっ!?


 今の僕の感情は、罪の意識と現状に挟まれはっきり言って出鱈目だ。

 リシィは何を思ったのか、突然腕を伸ばして僕の頭を自分の胸に抱いた。


 だがしかし、だがしかしだ。急に動いたせいか気崩れていた浴衣の胸元が大きく開け、僕の頬はリシィの生肌……いや正直に言おう、生乳に押しつけられる形になってしまっている。


 ああああ……頭に血が上り、顔に熱も籠もって思考が沸騰しそう。

 天に召されようとする罪の意識を必死に引き止めるも、踏み締める大地がこの凶悪な柔らかさでは、手を離してしまっても仕方ないんじゃないかと……ダメだ!


 しっかりと受け止める。でなければ、僕は自分自身を許せない。



「受け止めなさい」


「えっ……」


「人をその手にかけたことではないわ。カイトが自分自身を責め、後悔し続けるその思いを、自らで受け止めなさい」


「リ……シィ……」


「その代わり、貴方の主として私も半分を受け止めて支えるから。良いの、辛くても泣きたくても自分を許せなくても、良いの。だってカイトはきっと、皆を守るために……私を守るために……決断してくれたんだから……」



 僕の頬に、熱い雫が雨のようにこぼれ落ちて来た。

 リシィが泣いている? 僕の代わりにリシィが泣いているのか?


 それが僕にどんな影響をもたらしたのかはわからないけど、その涙はいとも容易く、僕の胸の内に巣食った暗い闇を押し流してしまった。


 そうして、肩からは力が抜け、澱んだ心には温かな陽光が差し込む。自分自身を許せたわけではないけど、リシィや皆を凶刃から守ることになった事実が、少しだけ罪の意識を軽くしてくれた気がした。



「うん、そうだね……あいつはきっと、そう遠くないうちに皆を確実に傷つけた。人を手にかけた事実は重いけど、一緒に受け止めてくれるのなら、僕は君のためにこれからも歩いて行ける。ありがとう、リシィ」



 リシィは僕の頭を抱いたまま身を震わせている。


 零れ落ちる涙は止めどなく僕の頬を濡らし、今はただ彼女を泣かせてしまったことのほうが悔しくて仕方がない。


 本当に、彼女が傍にいてくれて良かった。


 ……


 …………


 ………………


 だがしかし、だがしかしだ……!


 更にリシィは腕に力を込め、僕の顔は彼女の胸にどんどんと埋もれていく。柔らかいというか柔らかいというよりは柔らかくてやわわ、僕は何を言っているんだ。

 男冥利に尽きるけど、このままでは爆発するのも時間の問題。


 これはいけない……!



「リ、リシィ、それはそうと……あの、着物がかなり開けているようで……僕的には悪くないんだけど……女性的には良いのかな? と、思うに至る次第であります?」



 そう告げた途端、リシィは僕の頭を腕の長さの分だけ引き剥がした。


 眉を八の字に、どんな感情なのか瞳の色は黄金、涙を流す様は凄絶さも感じ取れ、告げる言葉があるとするなら只々「美しい」、それだけだ。


 直す必要もないほどに惚れ直したけど、これは額縁に収めた……おわーっ!?



「リシィさん!? 胸! 胸!」



 僕はギュインッと、押さえられたままの首を横に向けて視線を逸らした。


 崩れた浴衣はどういうわけか肩からずり落ち、胸元で辛うじて何かに引っかかっているものの、僕の前で上半身が広く露わになってしまっている。


 紳士的にはアウト、不可抗力とはいえ独房入りもやむを得ない。


 リシィは僕の頭から手を離し、何か複雑な表情で身嗜みを整え始めた。

 これ、状況的に僕は何もしていないはずだけど、やはり僕のせいだろうか?



「カイト……見た……?」


「ふぁいっ! み、みみ見たと言うか、大事なところは見えていないよ? むしろ、抱かれて密着させられたことが事故だと思うんだけど、その辺りは如何に?」


「う、ううぅー……うぅぅぅぅぅぅ……」

「……」

「カ……」

「カ……?」


「カイトのバカァーーーーッ!!」


「ほわーーーーーーっ!?」

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