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プロローグ

 僕たちは“青炎の太陽”に飲み込まれ、気が付くとリシィとサクラと共にどこか懐かしさを感じる神社のような場所で目が覚めた。


 いや、「ような」ではない、間違いなく良く知る神社の境内にいる。


 周囲は虫の鳴き声と草木のざわめきに包まれ、中天にかかる月から時刻は深夜。

 鳥居を潜り抜け、小高くなった神社の階段の最上から先を確認すると、そこは明らかにルテリアではない良く見知った住宅街が広がっていた。



「間違いない……日本に、帰って来た……?」



 この光景をどうしたら間違いようがあるだろうか。


 長年親しんだ景観、二度と帰れないと思っていた住み慣れた街並み。

 今は深夜で人気はないけど、耳を澄ますと車の走る音が微かに聞こえてくる。



「何で、僕たちは……。あの虚無空間に転移門が……?」


「う……うん……カイ……ト……」

「リシィ、大丈夫か? 僕はここにいるよ」



 境内に横たえたリシィの元に戻り、薄っすらと目蓋を開けた彼女を抱き起こす。

 まだ胡乱としているようだけど、外から見た限りだと外傷はなく、世界間を渡った影響のようなものも特には見当たらない。


 しばらくするとリシィは意識を取り戻してきたようで、僕を虚ろながらも見た。

 瞳に色はない。暗く落ち込んだ灰色で、それでも月光を反射している。



「カイト……私……ここは……」

「安全な場所だとは思う。大丈夫だよ。」



 これが幻覚でなければだけど……。


 創作物の中で最悪の罠となるのは、やはり“幸せな夢を見続ける”ことだと思う。

 望んだ世界で望んだだけの幸せに浸れる、抗うことの出来ない願望の中は停滞で、それは実際に何も解決しないどうしようもない不幸だ。


 幸せと言えば幸せ、不幸と言えばやはり不幸、そんな最高で最悪の牢獄。



「うっ……カ、カイトさん……」

「サクラ、急には起きないで。ゆっくりで良い」



 そうして目を覚ました二人は少しずつ体を起こし、ぼんやりとした表情で辺りを見回しているけど、やはり状況を理解することが出来ないでいるらしい。

 その気持ちは良くわかる。今度異世界に迷い込んでしまったのは彼女たちのほうなのだから、少し前の僕と一緒だ。


 今は現実と夢の境界、現実と認識するためにはただ見て、知るしかない。



「カイト、ここは……?」

「落ち着いて聞いて欲しい」

「え……ええ……」

「は、はい……」


「これが幻覚でなければだけど……。僕たちは“青炎の太陽”に飲み込まれ、僕にとっての故郷、リシィとサクラにとっての異世界、“日本”に転移してしまったんだ」



 二人は表情を変えることのないまま、完全に瞬きすらも止めた。


 思考停止、僕も突然迷宮内で目を覚ました直後はこんな状態だった。

 幻想世界を舞台としたゲームをやっていたからこそ直ぐに対応も出来たけど、果たして彼女たちは受け入れることが出来るだろうか。



「あの……えと……カイト、もう一回……」


「ここは僕の世界、“地球”。そして僕の生まれた国、“日本”だよ」



 それを聞いた二人は勢い良く立ち上がり、揃って周囲を見回した後、僕と同じように鳥居を見上げながら潜り抜けて街の様子を確認しに行った。


 僕も彼女たちに追従し、二人が見ている景観をもう一度確認する。



「やはり、日本で間違いない……」

「カ、カイトさん、ここは日本なんですか……!?」



 サクラが何とも言えない奇妙な表情で僕に尋ねてきた。

 困惑と期待が入り混じった顔は、混乱しながらも日本を敬愛して止まない彼女だからこそ出来る表情だ。


 始めて見る光景が近代日本の住宅街では、認識としては弱いかも知れない。



「うん、それも僕が住んでいたところからもそう遠くはなさそうだ」



 この神社には見覚えがある、自宅ではなく祖父の住まいが近くにある場所。


 都心までは電車で一時間ほど、都内で働く人々のために近年開発が進んだベッドタウンで、中心から少し外れると田園風景も広がるそんな田舎の街だ。


 周囲の木々のせいで視界はあまり広くないけど、階段下に広がるのは一戸建てを中心とした何の変哲もない住宅街で、更に視線を巡らせると一際高く団地やマンションも建ち並び、日本では至って普通に見られる光景でしかない。


 サクラは何を考えているのか実感を得るためか、ただ繰り返し呟いている。



「ここが、日本……カイトさんの生まれた国……ここが、お爺ちゃんの……」



 それに対し、リシィはどこか落ち着かなさそうな様子だ。


 そわそわとひとしきり街並みを見た後、横に立つサクラを見て、背後に立つ僕を見て、境内に視線を彷徨わせてから再び僕を見る。



「テュルケは……? ノウェムも……ガーモッド卿も……アディーテも……」



 僕は無言で首を振って答えた。


 【天上の揺籃(アルスガル)】の虚無空間で離れてから、何が起こったのかわからない。

 青炎の太陽に飲み込まれ、僕たちと同じく日本に転移しているのか、それとも別の場所に飛ばされてしまったのか、確認のしようがなかったんだ。



「少なくとも、ここにはいないんだ……リシィ」

「そ、そんな……。テュルケを、テュルケを探して! カイトッ!」



 僕はリシィをそっと抱き締めた。


 誤魔化すわけではないけど、今はどうしようもない。

 僕が考えるよりも、リシィにとってテュルケと過ごした時間がかけがえないものなのは確かで、それがどれだけ彼女を不安にしてしまっているのか。


 ただ考えただけでも胸を締めつけられるようで、だから僕はただ彼女を抱き締めることしか出来なかったんだ。



「うっ、うっ……テュルケ……」

「大丈夫、また会えるように努力する」

「うっ……うんっ、カイトをっ……信じているわっ……」


「カイトさん……私たちは、これからどうすればよろしいのでしょうか……」

「まずは、ここが本当に日本なのかを確認しなければならない。リシィとサクラが滞在する分は僕が何とかする。その後のことは……今はまだわからないけど、出来ればあちらの世界に……ルテリアに戻りたいと思う」


「カイトさん……折角戻れたのかも知れないのです。また行こうとするのですか?」

「ああ、三柱の神龍をあのままにしておいたら、僕はこの先も生涯を後悔し続ける」


「カイト……貴方の世界で、穏やかに暮らすほうが幸せなのかも知れないわ……」

「うん、それでもだ。魅力的な提案ではあるけど、それにはまずノウェムやテュルケもいないとな。知っているだろう、僕はわがままなんだ」


「カイト……貴方は……」

「カイトさん……」



 僕は上手く笑えただろうか……。


 人をこの手にかけ、神龍に良いようにされてしまった……。

 それでも僕は、彼女たちのために上手く笑えただろうか……。


 穏やかな風が吹く、懐かしい日本の春も半ばの匂いがする。

 向こうの世界で経過した日数を考えたら夏はもう過ぎているはずだけど、時間の流れが違うのか、こちらでは転移する前からあまり季節が変わっていない。


 ひとまずは状況を確認し、拠点を確保して戻るための情報を探さなければ。

 それは砂漠の中で、探すものもわからないまま砂を掻き分けることと同じ。


 それでもやるんだ、このままにはしておけない。



「リシィ、サクラ、動けるか? この姿じゃ日本では目立ち過ぎる。移動したい」


「はい、こちらの世界には獣種も竜種もいないのでしたね。日が昇る前に、どこか安全な場所まで移動することに賛成です」

「ええ、わかったわ。けれど、少し脚に力が入らないみたいなの……。カイト、もう少しだけこのままでいさせて……」


「ああ、わかった……。その、サクラも来るか……?」

「え、いえ、私は……いえ、お願いします……」



 僕は何となく、抱き締めたリシィをそのままに、心細そうに物欲しそうにしているサクラも招き寄せて一緒に抱き締めた。


 これからは恐らく、今まで以上に困難な道程が待っているんだ。


 だから今だけは、ほんの少しの間だけでも、このままで……。

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