EX6 アサギ
この日、【秘蹟抱く聖忌教会】を貫いた青光の柱は、惑星軌道上に存在するオービタルリングの残骸にまで到達し破壊してしまった。
迷宮探索拠点都市ルテリアの誰もがその空高く伸びる青光を見上げ、その光の筋は隣国エスクラディエ騎士皇国や聖テランディア神教国だけでなく、更に遠く離れた周辺各国でも見ることが出来たという。
続いて訪れたのは、大地を揺るがす激震。
地球の、それも日本の建築技術が流入しているルテリアといえども、耐震技術に関してはほぼないに等しく、特に神代由来ではない多くの建物が倒壊し、被害は拡大の一途を辿っていた。
激震の中で、逃げ惑う人々は再び見上げる。
大断崖を割り高く浮上するその威容、【天上の揺籃】を。
「……最大幅五万六千メートル、全高二万七千メートル、完全な菱形。……対象を敵性と識別、これより独自の判断で防衛行動を開始する」
微震が始まった段階で強化外骨格に乗り込んでいたのは、日本のそれも自衛隊員としての性質か、アサギが誰よりも早く動き出していた。
第三世代試作機“神威三式改”――黒色の基部に青色の装甲、細身のアサギが男性大になるこの強化外骨格にはある革新的な動力炉が搭載され、これまで現実的には考えられなかった単体で飛翔する機能を備えていた。
今もまさに背部メインスラスターから青色の粒子を放出し、各部にあるサブスラスターで姿勢制御を行い、ルテリアの空に青光の軌跡を残し飛んでいる。
『アサギ、待ちやがれ! 下だ、先に墓守をやってくれ!』
予め渡していた通信機を使い、アサギに連絡を入れて来たのは親方。
今もなお余震が続く地上に意識を向けると、大地のありとあらゆる亀裂から夥しい数の墓守がルテリアに侵攻を開始していた。
既に激震を生き残った探索者や衛士隊が戦闘を開始し、敵味方識別をするために首を振ると、ルテリアの外縁部でも騎士団が人々の救助に動き始めていた。
――ブオオオオオオォォォォォォォォォォォォッ!!
直上からの急襲、弾雨と共に巨鷲が三機、アサギ目がけて襲い来る。
だが、アサギはその攻撃を何事でもないかのように避け、本来の航空機ではありえない旋回半径三メートル、それも弧も描かない直角の軌道で巨鷲の背後に一瞬で回り込んでしまった。
常人なら重力加速度だけで確実に意識を失ってしまう挙動、今だ彼か彼女かもわからない彼の者はいとも容易くそれをやってのけた。
「……敵性識別、ライブラリと共有、一致。……自動識別を許可。撃つ」
――キュオォォンッパウッ!
アサギは巨鷲が身を翻した瞬間を狙い、外骨格背部の小口径砲を撃った。
だがそれは銃砲ではなく、青色の閃光が照射される何らかの高エネルギービーム兵装。それも持続性を持ち、三機の巨鷲を真っ二つにした後も空を横切り、大断崖の上空より更に迫る墓守の群れを薙いでしまった。
ルテリアの空を数多の爆発が火花と残骸を撒き散らし、それでも炎を掻き分け更に多くの墓守が止めどなく押し寄せて来る。
網膜投影による仮想インターフェースが、空も地上も敵性表示“赤”で埋め尽くされた状況を知らせ、アサギは短く嘆息しながらも次の行動に移り始めた。
「……面倒。……根源霊子炉オーバードライブ」
『ビー、権限外行動、兵装ヲロックシマス』
神威三式改のオペレーションシステムが、アサギの権限外の命令に全ての兵装を格納位置でロックする。
最早こうなってしまっては、動けるだけで鉄の棺桶と大した差はない。
「……現状を第四類該当、想定された“600964号事案”と申請」
『承認』
「……本隊員と本機は隊より孤立、よって独自の判断でこれに対処する」
『条件付キ承認。プログラムオーバーライド、コレヨリ本機ハ“アサギ エルケー”ノ指揮下ニ入ル』
「……根源霊子炉オーバードライブ、全武装自動照準、近接格闘形態に移行、出力調整は任せる。……後、私は“アサギ”、それ以上でもそれ以下でもない」
『連続稼働時間残り二十七分、非推奨』
「……あの人はそれでもやった」
一瞬停止していた神威三式改に大口径砲弾が撃ち込まれた。
だがアサギは瞬時に対応し、いなすかのように弾いて逸らす。
直撃したところで、強化外骨格の強固で柔軟な人工筋肉と全身を護る特殊複合装甲を貫くことは、神代由来といえども退化している墓守の通常兵器では不可能。
アサギが腕を振ると、神威三式改の両手甲からビームブレードが飛び出した。
色はやはり青、その色と形状は誰が見てもルコと同じ青光の剣だと思うだろう。
そしてアサギは、迫る多種多様な航空型墓守に対し向かい合う。
内蔵式の実弾は夥しい数の墓守に足らず、先程の背部ビーム砲も継戦を必要とする状況下ではいたずらに残存エネルギーを消耗するばかり。
だから近接戦闘を選択する。一対多数がどれほど危険であろうとも、ルテリアの空を守るのは結局アサギしかいないのだから。
――キュンッ! ドゴオオォォオオオオォォォォッ!!
「……今のは?」
『地対空攻撃ヲ観測、【鉄棺種】三体ヲ破壊』
アサギの突撃の間際、緑色の閃光が地上の瓦礫の中から打ち上がり、墓守の数体を巻き添えに貫いた。
援護はそれだけでなく、あらゆる対空砲座、沖合の艦隊からも対空射が放たれ、どこに隠れていたのか翼種たちも遅れて空に上がり始める。
だがその数は多くない、地震による損耗率が既に三割を越えているためだ。
「……出力の五割をメインスラスターに。……翔ける」
『根源霊子炉オーバードライブ中、乗員負荷軽減率許容値オーバー、非推奨』
「……構わない」
ルテリアの全ての民が、青光を散らす“青き戦神”を見上げていた。
翼種でさえ追従の及ばない高空にまで至り、驚異対象と判定した墓守に追われるも、その全てを一刀に退け大断崖に降る鉄の雨に変えてしまう。
やがて、戦術もなくただ追うだけで一直線に並んだ墓守に向かい、一筋の閃光となった彼の者は人々の絶望の中で希望に変わっていった。
―――
「血界燼滅、一ノ太刀【火殫烈刃】!!」
空を翔けた青光が消える頃、地上では赤い炎を纏う一閃が迫る墓守の大群を退けていた。
ルテリア行政府正門大橋、今ここでは最も強固な建物となる行政府に多くの人々が避難し、それを守ろうとする衛士隊と墓守との戦闘が激化している。
先頭に立つのは防衛部隊の指揮もこなす、エスクラディエ騎士皇国代表総議官シュティーラ サークロウス。
今も返す剣で距離も関係なく騎兵を両断してしまった。
「遅い! 我が騎士団はまだか!」
「も~、無理ですよ~? 既にこの行政府は分断されてますから~」
シュティーラの来ない増援に対する激昂に、傍らでアケノが効くかどうかもわからない苦無を投げながら答えた。
「想定される災害に対し作成した災害危険予測地図によると、このルテリアは各区が完全に分断されます。こうなる前に主要路だけでも対策を施したかったのですが、致し方ありません」
「ツルギ、前に出るな! 後ろに下がっていろ!!」
「そうですよ~、ソウヤさんは戦えるわけじゃないんですから~」
ツルギは二人の女性に守られるよう砲火の中で身を晒し、一般民の避難誘導をしながらも冷静に状況の分析をしていた。
今も転んだ子供を助け起こし、身重の母親を支え職員に引き継いでいる。
見えるはずはないが、彼が半歩後ろに下がると弾丸が喉元を通り過ぎた。
「私には死の運命よりも恐れることがあります」
「この場で告げるとはまさに核心! ツルギ、聞こう!」
ツルギもシュティーラも余裕があるように話すが、今も彼女によって切り落とされた砲弾が空中で爆発し、衝撃が大気を震わせている。
「私は見ず知らずに死ぬことが何よりも恐ろしい!」
「またまた~、そう言うのは銃弾のひとつでも打ち落としてからにしてくださいよ~」
と言いながら、アケノは銃弾を忍者刀で弾いてみせる。最早、人間業ではない。
「そうだな、だが私は嫌いではない。元よりここで死なせるつもりもない!」
「シュティーラさんは~、ソウヤさんにいつも甘々ですからね~」
「ぐっ!? そんなことはないぞ!!」
「ありますよ~」
「ないぞ!! そもそも貴様はツルギのことを名前で……けしからん!!」
「二人とも、敵の増援です。まずは行政府を死守し、各区の奪還から始めましょう」
この時、世界の終わりはまだ始まったばかり、だというにも関わらずツルギは既に再建の計画を立て始めていた。
そして、街を埋め尽くす墓守の大群に目がけ空から舞い降りるは“青き戦神”。
この日、迷宮探索拠点都市ルテリアは崩壊し、だがそれでもなお希望の光は決して消えることがなかった。
【天上の揺籃】は静かに浮上を続ける、誰の手も届かない宇宙へと。
英雄は彼方へと飛ばされ、彼が愛した者も既に“この世界”にはいない。
こうして、終焉をもたらす龍の慟哭が世界に終わりを告げた――。