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第百七十八話 深奥にして深淵

「ふぅ、カイトらしいわ……」


「えっ?」


「そうですね。カイトさんは、神龍が私たちにとっての信仰の対象だと考えていらしたのでしょうか。これまで一人で抱え込まれていたのですね」

「カカッ! その思いわからなくもないが、神龍は某たちにとって身内のようなもの。恐らく、カイト殿が考える信仰とはまた違う」


「え、ええ? 神龍は崇め奉り、不可侵である存在じゃないんですか……?」


「くふふ、敬うことは確かだが、我らは神々の血脈でもあるのだぞ、主様よ。身内の恥は我が身の恥、親類縁者に人に仇なす者あらば、なればこそ我が身をもって止めねばならぬ」


「そう言うものなのか……?」

「そう言うものなのよ、カイト」



 もっと、「そんな……!」とか「何たることか!」みたいな反応を思い描いていたけど、かなりドライに返されて拍子抜けだ。


 そうか、ノウェムにしたって“神族”だもんな……身内なのか……。



「えへへ、でもでも、おにぃちゃんのお気遣い嬉しいですですっ!」

「ああもう、テュルケは可愛いなあ……なでなで」

「はうぅ……」


「んっ、んんっ! それよりも、グランディータの力添えがあったからこそ、ここまで消耗も少なく辿り着くことが出来たの。それを無駄にすることなく、“三位一体の偽神”……いえ、“三柱の神龍”に話をつけて帰りましょう」


「それはそうだけど、その神龍と戦いになるかも知れないんだよ?」

「アウー? “酸味一杯のキシン”ちがう? アウゥ、楽しみにしてたのにぃ~」



 ……


 …………


 ………………



「……う、うん、僕の余計な気遣いってやつだね」


「そうよ」

「そうですね」

「そうだぞ」

「ですです!」

「カカッ!」

「アウー?」



 もう何か、アディーテの思い描く“酸味一杯のキシン”とやらのほうが気になって仕方がない。酸っぱいものは苦手だから……。


 この先は、今ここでこうしているほど安穏とは行かないんだろうけど、リシィの言う通り体力だけはほぼ万全の状態で挑める。

 情報も足りないけど、滅んでしまったと思われていた神龍に対するものなんて、最初から神話以上はないんだろう。


 僕はただ、人を弄ぶのをやめろと、そしてリシィに手を出すのをやめろと、相手が何者であろうと文句を告げに行くだけだ。




 ―――




 【大深度封牢結界アルスガル】……それが何かは、かつてのオービタルリングの一部だということくらいしかわからないけど、内部は至って普通だ。


 ラストダンジョンっぽさがないというか……いや、あっても困るんだけど。


 内部を進み始めてから一時間、ここまではひたすら一本道の通路と長い階段が交互にあるだけで、入り組んでいたり防衛設備のようなものもなかった。


 前例があるだけに、無限ループの可能性も考え一応は壁に印をつけている。



「長いな……缶詰めを置いて来たのは失敗だったか……」

「それでも一週間分の食料はありますから。行けるところまでは行ってみませんか?」

「そうだな、距離に問題があればグランディータが警告してくれただろうし……」



 ゲームをプレイしていて、一番迷う時は周囲の景観が全く変わらない時だ。

 進むべきか、戻るべきか、もう少しだけ進んでみよう次できっと景色が変わる、という希望自体が迷いとなってしまう最も厄介な罠。


 人はそれが長ければ長いほど不安を覚え、心の内で迷い続ける。



「サクラとテュルケはまだ何も感じないか?」

「はい、長い通路がこの先も続いていることくらいしかわかりませんね」

「ですです、耳で聞こえる範囲には脇道もないですぅ」


「アディーテは?」

「アウー? 吸い込まれる」

「吸い込まれる……!?」



 漠然として意味がわからないけど、また空間の歪みでもあるんだろうか。

 “封牢結界”と言うくらいだから、空間自体が隔離されている可能性まである。


 あの巨大な神龍を封じ込める超巨大建造物か……。


 更には、その“蓋”となる【重積層迷宮都市ラトレイア】……神代ではいったいどんな経緯があって神龍と敵対し、またここに封じ込めることになったのか……。



「階段の下が明るいわ」

「え? 本当だ、奥に進むほど明るくなるのか?」


「神力の流れが強く濃くなっているようですね。神龍グランディータの仰られていた、【虚空薬室ボイドチャンバー】がこの奥にあると考えて良いのかも知れません」

「『神力により溢れる』と言っていたな……。それが何かはわからないけど、【天上の揺籃(アルスガル)】の再起動で改善する問題と捉えれば良いのか……」


「全ての状況が不確かで何とも言えないわね……。カイト、主としてテレイーズの龍血の姫として常に人の前に在りたいけれど、今回は貴方に決断を委ねるわ。私はそれを精一杯に支えるから、心してかかりなさい」


「ああ、任せて欲しい。僕の姫さまの仰せのままに」

「んっ!? カ、カイトがそう言うのなら、私はごにょごにょ……」

「ごめんリシィ、最後が聞こえなかった。もう一回……」

「気にしないでっ! 全てが終わったらねっ!」

「はいっ!?」





 そうして、丸一日をかけて辿り着いた場所は巨大な縦坑だった。


 ここまで来ると、青光の溝は壁一面を覆うようになり、その明るさも白んで直視が出来ないほどに強くなっている。


 縦坑は直径一キロはあるだろうか、上にも下にも先が見えないほどに高く深く、青く輝く神力は全てが下へと向かって溝を流れ落ちて行く。

 上から降り注ぐ光は陽光にも似て、目を細めて望んでもその先に何があるのかはわからない。


 進むための道はもうない、引き返したところで閉ざされた湖底があるのみ。

 飛び下りるか、登るか、やりたくもない二者択一でしかない。



「下……だな」

「はい、神力の流れる先が目的地だと考えます」


「ノウェム、全員を支えられるか?」

「落着の衝撃を押さえる。それで構わぬのなら」

「充分だ。下りた場所に神龍がいると想定し、臨戦態勢で踏み出そう」


「ええ、もう覚悟は出来ているわ。け、けれど、高いところは苦手なの……カイト、落ちる時だけ支えてもらっても良いかしら……?」

「え? あ、ああ、別に今だけじゃなくいつだって支えるよ」

「ん……」



 僕は神妙な様子で近づいて来たリシィを抱き締めた。


 そうして縦坑の底を望むと、白んだ穴の底にゴマ粒ほどの“黒”が見える。

 この目映い青光の中で一切の光が届かない場所……恐らくはあそこが目的地だ。



「それじゃ合図で一斉に、体を広げて体勢を崩さないように注意して欲しい。ノウェム、落下中の位置や、遅れたり逸れた場合の調整も頼みたい」


「任せるが良い。その代わり、終わったら次は我を抱っこしておくれ」

「はは、こんな時までノウェムは調子が良いな」

「くふふ、己が人生に華を添えるのは自らの役目でもあるのだぞ、主様よ」

「うん、それもそうだ」

「くふふふふ」


「良し、0と同時に行く。みんな、準備は?」



 僕は縦坑の穴の縁に足をかけ、皆を一瞥する。

 誰もが気負いもなく、恐れもなく、ただやれることをやろうとする面構えだ。



「数える! 3! 2! 1! 行くぞ!!」



 僕たちは、どれだけ深いかもわからない底へと身を投げ出した。




 ―――




「ごばぁっ!? ごぼっ! がぼっごぼぼっ!!」



 最悪だ……!!


 心臓が縮こまる長い長い垂直落下の先の暗闇には、縦坑からの光で一部だけを照らされた水面・・があった。

 ノウェムが全員に制動をかけたけど、僕たちはそのまま落水してしまったんだ。


 水深は僕の身長の二倍ほどで直ぐに足がつき、皆に視線と指差しで指示を出した後、傾斜する水底を歩いて上り始める。


 幸いだったのは水際に近く、程なくして僕は支えたままのリシィとともに水中から上がることが出来た。



「げほっ! げほっ! リシィ、だ、大丈夫か?」

「けほっ、はぁ、はぁ……ええ、少し水を飲んだくらいね。大丈夫よ」


「みんなは大丈夫か!?」



 皆も水中から上がり、息を吐きながら自分の無事を伝えてくる。


 周囲は水面の一部のみが照らされ、僕の右腕の青炎の明かりと縦坑から差し込む光の外は完全な暗闇だ。

 落ちたのは地底湖ではない。水底が白い鋼材のようなもので出来た人工物だったから、今は何かの構造物の上にいることになる。


 ここから先は、まず明かりを確保して……。



 ――ズッ……ズズッ……ズズズズズズッ……ギシィギギギギ……



「みんな、警戒!!」



 暗闇の中で巨大な存在が身動ぎ、続いてギリギリと鉄の軋む音が聞こえた。


 体勢を立て直している暇はない。背後は水溜まり、正面は見通せない暗闇の中で何かが……奴らが蠢いている。事態は取ってつけたように最悪だ。



 ――ズズズズズズズズズズズズ……ガリガリガリガリガリガリ……




『待ち侘びた 侘びた 侘びた』




『長い時間、人が辿り着くことを ことを ことを』




『歓迎する。遠き世界の果てより訪れし者よ 者よ 者よ』




 そうして、僕たちの眼前で巨大な龍のアギトが口を開いた。

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