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第百七十七話 こんな時でも……

 グランディータの姿が今にも消えてしまいそうなほどに霞む。

 彼女の立体映像は直ぐに復旧したけど、今もハッキングを受けているんだ。


 誰から……“三位一体の偽神”か……それとも“アシュリーン”か……。



『ここは皆様方が下りた後に、私が最後の接続で閉じます。追跡から逃れることは出来ますが、これより先は私の力は及ばず、内部がどうなっているのかもわかりません。どうか、ヤラウェスの精神干渉にだけはお気を付けくださいますよう』


「人の意思に干渉し、衝動を増幅する力ですね……情報に感謝します」


「カイトさん、墓守が来ます!」



 サクラが獣耳を慌ただしく動かしながら声を上げた。


 振り返ると、森の奥に大木をへし折って姿を現す弩級戦車モーターヘッドが見える。

 シールドマシンが高速回転を始め、今にも木々を薙ぎ倒して突撃しそうだ。


 これ以上の情報を聞き出している暇はないか……。



「みんな、退避する! 階段を下りるんだ!」



 墓守から逃れようと、僕たちは湖を割って迫り上がった階段に足をかけた。


 湖底の様子は、まるでザナルオンの巨大なアギト“死の虚”にも似て、僕たちが踏み入るのを待ちわびているようで恐ろしくもある。

 吸い込まれる大気は巨大生物の呼吸、どれだけの長い年月を閉じられたままだったのか、今まさに【大深度封牢結界アルスガル】が開かれているんだ。



「グランディータ、先程は疑っていると言いましたが、僕はその逆……ここまで誘われたことで、信頼したいとも思っています。もし、戻れたら……」


『全てをお話いたします。私の想いは、そのお言葉だけで……』



 そうして、グランディータは最後まで言いきらずに、僕の前から姿を消した。



「カイト!」

「今行く!」



 状況は本当に待っている暇もなかったんだろう、僕が階段を下り始めたと同時に深奥へと続く湖底は閉まり始めた。


 背後からは砲音、墓守も形振り構わずに砲撃を始めたんだ。



「構うな! 挟まれる前に下りきるんだ!」

「金光よ盾となり守れ!!」



 先に下りているリシィが背後を振り返って黒杖を振るった。

 光盾が僕を包み込むように展開し、背に直撃する寸前の砲弾を阻む。


 だけど、衝撃は凌いだものの光盾を回り込んで炎の雨が降り注ぐ。

 焼夷弾だ。下りるのが一歩遅れた僕の周囲はあっという間に炎に包まれ、重度の火傷を覚悟で無理やり突破するしかなくなってしまった。


 湖底に挟まれるか、火傷をするか、選択の余地はない。



「アウーッ!」



 そんな僕の状況に、アディーテも振り返って湖水で濡れた階段に手をついた。


 階段を意思を持って逆走し弾ける水波。彼女だからこそ出来る荒業は、たとえ炎が薬剤によるものだとしても問答無用で消火してしまう。


 その間も砲火は降り注ぎ、湖底は止まることなく閉じ続けている。

 この階段を閉ざすものは“扉”なんて生易しいものではなく、隙間もなく埋めてしまう壁だ。その高さは湖の対岸に到達するに等しく、軽く一、二キロはあるだろう。


 完全に下りきらなければそれ即ち死、壁の染みにはなりたくない。



「くふふ、世話が焼ける。主様よ、ひとっ飛びと行こうではないか」

「ノウェ……おわっ!?」



 ノウェムが光翼を展開し、僕の元までふわりと舞い戻ってそう告げると、僕たち以外の全ては沈み行く水底に置き去りにされてしまった。




 ―――




 背後は既に閉じられ、戻ることも出来ない一面の天井となってしまった。


 青光の溝が光源となるのはここも一緒で、辺りは海底を思わすような群青色の中に深く沈んでいる。水槽はないけど、水族館の印象だ。



「ノウェム、今のは“飛ぶ”じゃなくて“落ちる”だよ」

「驚いた……。着地に失敗して擦り剥いてしまったわ」

「ぬぅ……某も首を捻り元に戻らん」


「しっ、仕方がないのだ! 全員は重過ぎっ、我だって頑張ったのだぞ!」



 ノウェムは半ベソで泣きそうになっているけど、別に責めているわけではない。



「はは、泣かないで、みんなも責めてはいないよ。ありがとう、ノウェム」


「ええ、そうよ。あのままだったら挟まれたか階段を転げ落ちたかで、こんな擦り傷では済まなかったかも知れないわ。ありがとう、ノウェム」


「う……ならばもっと褒めるが良い! 頭を撫でてくれても良いのだぞ!」

「ああ、ノウェムはいつも肝心な時に本当に頼りになるよ」



 僕がノウェムの頭を撫でると、何故かリシィまで一緒になって撫で始めた。


 ノウェムは最初こそ頬を膨らませていたけど、まさかリシィにまで撫でられるとは思っていなかったのか、目を見開いて口が「はわわ」の形になっている。



「リシィとアディーテもありがとう。良く背後に迫る砲弾に気が付いたね」


「え、ええ、直ぐに下りて来ないから振り向いただけよ、べ、別に心配だったわけではないんだからっ。気を付けなさい!」

「アウー! アウーッて言えばわかるー!」


「やっぱりアウーは反響定位エコーロケーションだったんだな……。そ、それはそうと、サクラは何を……?」



 ノウェムの頭を撫でていると、その様子をじーっと見詰めていたサクラに左手を取られ、突然手の甲を舐められ始めたんだ。


 あまりにも突然のことで、リシィもノウェムもテュルケまでポカーンとした表情で、口が逆三角形になってしまっている。


 な、何か、ますます柴犬のような印象なんだけど……。



「ぺろぺろ、手の甲を火傷しています。ぺろぺろ、神力の治療をするにしてもぺろぺろ、このほうが治りやすいんですよ? ぺろぺろぺろぺろ」


「そ、そう……」



 あがが、治療のためなら何も言えない……!


 「やめろ」とも、「良いぞもっとやれ!」とも、変に意識するとリシィの舌のことも思い出して……思い出してしまった。


 おかしい……ここは先程まで、人の心を飲み込んでしまう闇の果てだーみたいなことを思っていたような気がするんだけど、何かほのぼのとしているな……。


 周囲は、特に何の変哲もない青光があるだけの幅三メートルの階段だ。

 雰囲気は廃城ラトレイアに似て、青い鋼材の床と壁が奥まで続いているだけ。


 そこに落下する形で倒れ込んだので、今は皆で腰を下ろしている。



「リシィ……何か言いたそうだけど……」

「べっ、別に何もないわっ! せ、精々後を残さないようにしなさいっ!」

「ぐぬぬ……我もー! 我もーっ!」

「ノウェムはダメェッ!!」

「何故だ!? ええい、離せリシィ!!」


「カカッ! 敵中に放り込まれたとは思えぬ、如何にもカイト殿らしい余裕よ!」

「え、ベルク師匠、僕はあまり関係なくないですか?」

「死地を越え、窮地に陥ろうとも『この程度は何たるか』と笑う。これがカイト殿の影響と言わずして他に何とする。某が歩んだ“武の道”にはない、人としての諦めぬ心意気……うむ、誠に見事である」


「きょ、恐縮です……。何でテュルケまで舐めてるの?」

「ふぇっ!? えへへ、バレちゃいましたですぅ~」



 やだ、この娘ったら油断も隙もない……!



「と、とりあえず、治療が終わったら奥に進もう。荷物は必要なものだけを纏めて、後は全部僕が持つよ。みんなは常に臨戦態勢でいて欲しい」


「ええ、これでも一応は敵中なのよね。油断は出来ないわ」

「ぺろぺろ……あまり入り組んではなさそうです。ほぼ直線のようですね」

「むぐー! むぐぐむぐーっ! 我にも舐めさせろっ! ずーるーいーぞーっ!」

「ぺろぺろ……火傷は後に残りますです! 丁寧に治療ですですっ!」


「しかし、神龍グランディータが告げた“邪龍”とは……神龍ヤラウェスの名まで然と聞いた。カイト殿、遠慮は要らん、お聞かせ願えないか?」

「アウッ!? お聞かせねがえないかっ!」



 そうだ、僕はまだ皆に“三位一体の偽神”の正体を話していない。

 グランディータの話の中で、最後の一体とともに正体の確証は得た。


 “三位一体の偽神”は神龍、エウロヴェ、ザナルオン、ヤラウェス。


 話すなら今か……。


 だけど、最後の神龍テレイーズの行方は……わからない。



「カイト、どうしたの?」


「あ、ああ、グランディータの話で気が付いたかも知れないけど……この世界の人々にとっては知らないほうが良いこと……だとも思う。それでも話すよ」


「今更よ。薄々とは感づいていたもの、教えて欲しいわ」



 皆もリシィに合わせて頷いた。


 恐らくはグランディータに聞く前から、本当に気が付いていたんだろう。

 自分たちが何を相手にしようとしているのか、最早後戻りも出来ないこの場所で、奴らに相対する前に伝えておかなければならない。



「僕が名付けた“三位一体の偽神”、グランディータの告げた“邪龍”……その正体は間違いなく、エウロヴェ、ザナルオン、ヤラウェス……“三柱の神龍”だ」



 皆はどう受け止めるのか。


 自らの祖龍と、神とまで敬う者たちに、これから歯向かおうとしている事実を。


 普通だったら、反抗しようとも思わないよな……。

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