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第十九話 胎動する世界 始まりの欠片

 探索区で、ヨエルとムイタと知り合ってから、何事もなく四日が過ぎた。

 ギルドで確認してもらったところ、やはり兄妹の父親は迷宮に入ったまま戻っていない。捜索依頼を出すことも出来たけど、今はサクラの知り合いの探索者に言付けただけだ。


 訓練は、本来墓守の勉強をしたかったんだけど、今は基礎筋トレと棒術の型を反復するだけで一日が終わってしまっていた。

 不思議なのは、どう言うわけか筋肉痛が直ぐに治ってしまうことだ。サクラのマッサージのお陰だとは思う。



「リシィ、先に行ってて。本を返してくるから」

「ええ、大門のところで待っているわね」



 最近では、すっかり打ち解けたヨエルとムイタと一緒に帰るのが日課だ。

 リシィがあの無表情で、戸惑いながらも仲良く接している姿は何とも微笑ましい。


 僕は僕で、教練所に隣接する図書館で、言語の勉強の足しに本を借りている。



 そして――。



「迷った……」



 何でだ……図書館は教練所の目と鼻の先で、迷うはずがない。

 だと言うのに、僕はどこともわからない路地裏に迷い込んでしまっていた。

 サクラも、今は所用と兄妹の父親の安否確認のため、ギルドに行っているんだ。


 違和感はあった。手に持っている本に視線を落とした時だ、石畳の配列が変わったような気がした。

 テレポーターでも踏んだか……。良くあるダンジョンRPGで、エフェクトもなく別の場所に飛ばされるあの感覚に似ていた。こんな街中で……?



「とりあえず、石の中じゃなくて良かった……」



 良くはないけど、いきなりゲームオーバーにされるよりはマシだ。


 それよりもどうするか……迷っている内に陽は落ち、辺りは暗く、既に月が屋根の上にその姿を見せている。街灯のお陰で、路を見失うことはない。



「これ、動かない方が良いのかも知れないな……」



 通りからは離れているのか、人通りがなく、馬車の通る音も聞こえない。

 静寂に包まれた石の街。探索区の喧騒がまるでないここは、迷宮で一人で彷徨っていた時の感覚に似ている。

 探索区の一部は迷宮に含まれるらしいけど、まさかそれに迷い込んでしまったなんてことは……。


 そんな周囲の様子に怖気づいたのか、僕はこの世界に来て、幸運にもいつもあった宿処の団欒を思い出してしまう。

 リシィがいて、サクラが笑って、テュルケが相槌を打つ、ほんの数日で当たり前になっていた光景を。


 ともすれば、何かの拍子になくなってしまうかも知れない居場所。

 そうだ……あの世界(地球)でも、この世界でも、必ず不条理・・・は突然に訪れる。


 だから、僕は――。



「――のつもりダ!?」



 唐突に、静寂の中で男の声が響いた。近くに人がいる。


 声の出所は探すまでもない。

 取ってつけたように、目の前の路地から聞こえて来たからだ。


 背筋を撫でられるような嫌な予感。

 用意された台本通りに、舞台の上で踊りを踊ってしまっている不快さ。


 これは、良くない……。



 そうして、路地裏を覗き込むと、建物の暗がりには四人の人がいた。

 大柄の男が三人、男たちに壁際に追い詰められているのは小さな少女だ。


 子供じゃないか……!


 ポンチョのようなものを着て、布は口元まで覆っているので正確ではないけど、体格とスカート、踝まで伸びる銀髪で女の子だと判断した。



「貴様ら、これ以上我に構うと痛い目を見るぞ?」



 何を言っているんだ!?


 少女は嫌に尊大な態度で、男たちに向かって言葉を投げつけた。

 この世界は、固有能力があるから外見は当てにならないとは言え、あの体格差を覆せるものがあるのだろうか。


 身長百四十センチを下回るくらいの少女に対して、男たちを言い表していくなら、“トカゲ男”、“トラ男”、“ゴーレム”だ。

 ゴーレムに至っては人なのかもわからず、身長が実に少女の三倍強もある。



「チッ、小娘ガ調子こきやガって。少し土デも舐めろ」



 あ……これはダメな手合いだ。


 少女に向けて、トカゲ男が拳を振り上げた。

 鱗に覆われた拳。あんなもので殴られては、皮膚が裂けてしまう。


 それ以前に、人としても男としてもダメだ。少女に対する仕打ちではない。



「やめろっ!!」



 後先を考えることもなく、僕は良くわからない衝動に突き動かされて、気が付いた時には路地の入口に飛び出してしまっていた。


 男としての矜持に反する。これは僕の逆鱗だ。止めに入ることも躊躇わない。


 それでも、何の策もなく飛び出した理由が、自分でもわからない。



「何ダお前は」



 男たちがこちらに向く。



「女の子を相手に恥ずかしくはないのか。お前たちの矜持は、こ、子供を殴って良しとする……も、ものなんですか?」



 まずい……男たちの威圧に、言葉尻になるほど日和ってしまった。


 くっ、もう良い……やってしまったことは仕方がない……。

 僕に注意が向いている隙に逃げてくれれば良い。その後で僕も逃げるから。



「ああ? 本当に何ダお前は?」



 ゆらりゆらりと長い尻尾を揺らし、トカゲ男が近づいてくる。

 これは……殴られるだけで済むのか……。


 いや、来訪者だとわかれば――。


 次の瞬間、腹部に強烈な衝撃を受けた。

 何も見えなかった。大きく踏み込んだトカゲ男の抉り込むような拳が、瞬きの一瞬で僕の腹に打ち込まれたんだ。



「げえっ!! がふっげへっ!! げええええっ!!」



 前のめりに地面に膝をつき、えずく。

 堪え切れない涙が滲み、灼熱に沸いた腹は痛みを我慢出来ない。

 更にトカゲ男は、容赦なく僕の頭を横合いから蹴り、無様に壁に打ちつけられた額からは血の筋が垂れる。


 一瞬で、抗う間もなく、逃げることもままならなくされた。


 痛い、痛い、痛い……。



「何ダこいつ? 警士隊かと思ったガ弱過ギる」



 視界が明滅し、揺らいだ視線で見上げると、トカゲ男はまるで虫でも見るかのような視線で、僕を見下ろしていた。


 情けない……戦う力があるなんて思い上がっていたわけじゃないけど、自分で思う以上に何も出来ないなんて……。



「げほっ、はぁ、はぁ……やめっ、げほっ……喧嘩、良くない」

「はあ? 力のない雑魚ガ、何人様に指図してるんダ?」



 少女はこちらに視線を向けるだけで、逃げようとさえしていない。


 これでは、殴られ損じゃないか……。




 ――力が欲しい。




 よろよろと身体を起こす。

 壁を支えに、膝立ちになるので精一杯だ。

 下手をしたら殺されるかも知れない。それでも、負けたくはない。


 負け惜しみだとわかっていても、男たちを睨む。

 酷いことになるとわかっていても、言葉を止められない。




 ――何もかもを覆せる力が欲しい。




 この胸に滾る衝動がどこからくるのか、僕自身にも良くわからない。



「や め ろ、と言っている」



 トカゲ男は苛立つ。ならせめて、こちらが倒れる前に噛みついてやる。




 ――常在不変の何者にも決して覆せない力が――欲しい。




「こいつ……ブち殺……」



 その時、言いかけたトカゲ男は何かを感じ取ったのか、突然踵を返し一息に僕から距離を取った。


 甘い花の香りを纏い、大正メイド服の少女が闇夜から僕の前に舞い降りる。



「サク……ラ……」



 彼女の表情は、僕からは影になっていて見えない。



「またか! 何ダお前らブっ殺してやろうか!? ああっ!?」



 トカゲ男は怒気を荒げ、臨戦態勢を取った。

 だけど、何かに気が付いたトラ男が、代わりに声を上げる。



「……待て! こいつ、大侵攻を鎮めた“焔獣の執行者(ファラウェア)”だ!!」



 途端に男たちは顔色を変えた。



「なっ!? 烙印鉄槌!? 何でそんな奴ガここに!?」

「まずい! 逃げ――」



 どんな体捌きと歩法があればそれを可能にするのか、サクラは瞬きで目の前から掻き消え、男たちに接していた。

 粉雪を受け止めるような緩やかな仕草で、彼女の伸ばした腕は逃げようとしたトカゲ男の背に触れる。



 ――ズンッ!!



 次の瞬間、路地裏に重く響く衝撃音と共に大地が揺れた。

 人智を超えた力に路地裏は荒れ、踏み込んだ足は硬い石畳をこともなげに割り、衝撃は大気を伝わり路地の出口を求めて殺到する。


 これは……重い……。


 目に見えない圧迫が、痛みに疼く腹を打ち据え、僕は身動きひとつ取れない。


 トカゲ男は、ただの掌底一打で残りの男たちを巻き込んで、路地の奥へと吹き飛ばされてしまった。轟音とともに石壁に激突し、諸共瓦礫の下敷きとなっていく。



 凄い……何だこれ……力の差は歴然じゃないか。

 固有能力を持つだけの、ただの優しい女の子だと思っていた。

 僕どころではない、恐らくはリシィたちでさえも及ばない身体能力……。


 サクラ、君は一体……。



「ごめんなさい、後一歩早く駆けつけていれば……」



 僕が呆けている間にも、サクラは寄り添うように体を支え、ハンカチで額の血まで拭ってくれている。

 瞳には大粒の涙、断じてサクラのせいではないのに、僕の自分を顧みなかった行動が彼女を泣かせてしまった。



「……ごめん。僕の方こそ無謀だった。本当にごめん」



 どうすれば良かったのか……成り行き上、咄嗟に取ってしまった行動だ。

 非力な地球人と言うことを考えれば、まずは誰かに頼るべきだった。


 ことが終わって冷静になると、何かに背中を押されたような違和感を感じる。

 これは、サクラを泣かせた罪悪感からの責任転嫁か。


 何にしても、今の僕に出来ることは、謝罪と――。



「サクラ、いつもありがとう」



 彼女は困ったように笑った。

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