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第百七十六話 深闇に至る道

 突然木々の合間から現れた忌人は指を差す以外に何もしない。

 僕たちの動きに合わせて追従し、ただ森の中のある一点を示しているだけ。


 不気味だけど、これがアシュリーンによるものなら光明でもある。

 疑う余地はいくらでもあるけど、どのみち森を焼き払われでもしたら逃げ場はなくなるんだ。その前に、墓守の追跡の及ばない別世界に移動したい。


 そうして僕たちは、迅速に荷物を纏めて忌人の指し示す方へと進んだ。




 ―――




 忌人に誘われ、半日近く草木を掻き分けて辿り着いたのは湖の畔だ。



「これは、【神代遺物】……いや、【神代遺構】か……?}

「そのようですね……何かはわかりませんが……」



 川の下流、森の奥深くには静かに波紋を広げる小さな湖があった。


 忌人の指し示す先はその湖上、湖岸より迫り出した足場だけの遺構を渡った先の、青光の溝が表面を這う苔生した青黒い石碑を向いている。


 僕たちは恐る恐る、鋼材で出来ているだろう足場を伝って石碑の傍まで進む。



「カイト……」

「ああ……」



 これもまた認証装置だろうな、“コード”を持つ僕が触れるべきだ。


 そう思って一歩を踏み出したところで、石碑から照射された青光により視界が奪われ、次の瞬間には一人の女性が僕たちの前に姿を現していた。


 以前に見たことのある彼女の姿を忘れるはずもない。

 白い肌と銀眼銀髪、銀灰を纏う美しい人の形。


 神龍……白銀龍……。



「グラン……ディータ……」


「えっ、グランディータ!? この女性ひとが!?」

「リシィにも見えているのか!?」



 僕の呟きにリシィが反応した。


 リシィだけではない、サクラもノウェムも皆の視線はグランディータを見ていて、どうやら今回は僕だけに見える幻ではないらしい。


 そうして、グランディータは物憂げな視線を僕たち全員に向ける。



『カイト クサカ様……ようやく、お姿を拝見することが叶いました。これは網膜投影による通信の一種、神器を通して語りかけていた時とは違い、貴方様以外にも私の姿を見ることが出来ます』



 優しく儚げな声音、どこか慈しむようにこちらを見て、たおやかに微笑む。



「貴女は、グランディータで間違いないんですね……?」


『はい、申し遅れました、私が“白銀龍グランディータ”と呼ばれる者。その中枢人化形態、人格が擬人化されたものです』


「な、なんとっ! 神龍にお目通り叶うとは……某、最早生涯に一片の悔いなし!」

「驚きました……かつて滅んでしまった者と聞いていたので……私は……私は……」

「【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】と同じ神力……本当に、本当に、グランディータなのね……」

「ふぇ……ふええぇぇぇぇっ……!?」



 皆が驚く中で、ノウェムだけが何も言わずに跪いた。

 リシィたちもその様子を見て慌てて跪き、彼らにとって神龍が如何に信仰される存在なのか、僕は改めて目の前で実感する。


 僕も跪こうと身を屈めた瞬間、だけどグランディータによって制止された。



『カイト クサカ様、礼は必要ありません。本来なら人に傅くのは私ども……』

「ど、どういうことですか……?」


『申し訳ありません、今はそれを語る猶予が残されていないのです。長い年月をかけ注ぎ続けられた神力により、【虚空薬室ボイドチャンバー】が溢れようとしています』


「……っ!? 少しでも良い、話を聞かせてください! 僕たちに何が出来るのか、僕がこの世界に迷い込んだ……いえ、招き寄せられた理由を知りたい!」


『カイト クサカ様をこの世界に招いたのは、貴方様の呼ばれる“三位一体の偽神”ではなく、この私です。突然のこと、今ここに謹んでお詫び申し上げます』


「それは良いんです、何で僕を!?」

『それは……』



 グランディータが何かを話そうとして、突然姿が乱れた。

 壊れたテレビ画面のように像がずれ、同じ動作を繰り返してしまっている。声も電子音声のように歪み、「それは」を再生するだけでそれより先に進まない。


 だけど異常は数瞬で終わり、何かが裂けた音とともに再び鮮明さが戻る。



『……時間がありません、今は要点だけをお伝えします。これより【大深度封牢結界アルスガル】に道を繋げます。そこは“三位一体の偽神”の領域、私では進入すら許されない邪龍の棲家です』


「アル……スガル……!?」

『別名【天上の揺籃】、貴方様にはこれの再起動をお願いしたいのです』

「ま、待ってください! それを再起動するとどうなるのか! その前に貴女はどこにいるんですか! 力を借りることは出来ないんですか!?」


『私が住まうは、人々に【天の境界】と呼ばれる“天の宮”。私は、失ってはならないものを守るがゆえに、“天の宮”を離れることが出来ません……」

「“天の宮”!? セーラム高等光翼種の住処か……!」


『申し訳ありません。ハッキングが及び、これ以上は……。皆様方の背後に迫るものも邪龍の支配が及んでいます、間もなくここにも……』



 グランディータの言葉でサクラが勢い良く後ろを振り返った。



「カイトさん、確かに森を踏み荒らす音が近づいています」



 サクラも告げる通り、通って来た森に注意を向けると、僕にも木々を薙ぎ倒しながらこちらに進むキャタピラ音が聞こえて来る。

 天然の森が大型の墓守に対して要害とはなっているけど、慌ただしくなる鳥の鳴き声と羽ばたきがそう遠くないことを知らせていた。


 グランディータの言葉を鵜呑みにするなら、彼女の手によって僕たちは“三位一体の偽神”の領域に放り込まれることになるんだ。

 それが目的で、相対する覚悟は出来ていたはずなのに、ここに来て僕は怖じ気付いている。


 進むも地獄、退くも地獄、ならば……ならば……。



「カイト、迷わないで。無理を承知でここまで来て、戻れない覚悟もして、それでも私たちは“三位一体の偽神”と対するために来たの。拒否権なんかないわ、カイトは私の従者で付き従うのは義務。貴方にだけ、背負わせないんだから」


「リ、リシィ……」


「そうですね……保護監督官、いえ、カイトさんをお慕いする一人の女としては撤退を進言したいところですが……無理を通してここまで来てしまったのです。暗闇の中で灯された光明に、これで終わりとしませんか?」


「うむ、主様が土壇場で躊躇うのは我らを慮ってのことだろう。らしいとは言え、我らを侮ってもらっては困る。のう、主様よ? 我は生涯を共に歩む妻なのだからな」


「ですです! 大好きな姫さまと、大好きなカイトおにぃちゃんと、みんなと一緒に安心してお茶が飲めるようにしたいですです! “三位一体の偽神”なんてへいちゃらですですですっ!」

「カカッ! カイト殿、ダイト殿とマイコ殿の仇討ちとは言わん。人に仇なす如何な障害も退け、ならば某たちはこれから育まれる人々のために在ろうぞ!」

「アウー? “酸味一杯のキシン”、そんなにまずい? アウー?」



 こんな時こそあの台詞、『やれやれだ……』。


 正直な話、深層での旅路は下手をすると年単位になると考え、その間に情報を集めて“三位一体の偽神”に対抗するつもりでいたんだ。

 折角グランディータと会うことが出来て、まともな情報を聞き出したかったところなのに、「時間がない」と言われたら選択肢が殆どなくなってしまう。


 多分、用意された選択肢は“はい”だけがいくつも並んでいるな……。



「わかりました。僕は貴女のことも疑っています、ここから進み何をなすのかは自分自身で見定めて決断を下します。決して貴女の言葉を鵜呑みにはしません」


『賢明なご決断に感謝いたします。貴方様が如何ような判断を下されようと、私はそれを人の決断と見なし、最後まで人に寄り添い共に生きるつもりです』


「はい、僕も人として、最後まで人のまま足掻き続けます」



 そうして、グランディータの背後、石碑の裏にある湖が割れ始める。


 湖底が分割され地面の下に引き込まれ、流れ落ちた湖水を搔き分けて姿を現したのは、先の見通せない闇に続くかのような長い長い階段だ。


 いや、この先は間違いなく深闇、人の心を侵蝕し飲み込んでしまう闇の果て。



『人々が求め探す“深奥”は封じられ、通常の行程では辿り着かない深き地に存在します。隔絶されたこの世界、隔絶されたこの大階段、ここのみが【大深度封牢結界アルスガル】に至る道。幾度となく皆様を誘ったことをお許しください』



 未だに僕たちは、“三位一体の偽神”とグランディータの掌の上にいる。

 神代の代理戦争の駒として、自分の意思とは無関係に動かされているんだ。


 気に入らないな……偽神も、グランディータも。

 僕たちを駒とした報い、高くつくことを思い知らせてやる。


 人が持つ意志の槍、どんな闇だろうと穿ち貫いてみせる……!!

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