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第百七十五話 終わりの始まり

 やってしまった……。


 翌日、僕は焚火に使う枯れ木を集めながら、昨晩のことで悶々としていた。

 良く良く考えたら、口内の出血なんて本人に止血させるか、そもそも野営地までの距離を考えたら、耳の良いサクラなら呼べば直ぐに来るじゃないか……。


 あの時は、僕も焦って思考が空回りしていた。

 あ、あろうことか、リシィの口内に指を突っ込むとか、ど阿呆か……!

 しかも上半身裸で後ろから抱き締めるような状態、野営地に戻った時の皆のギョッとした顔で、僕はようやく自分たちの有り様に気が付いたんだ。


 その後は、仕方なく止血したままサクラが神力による治療をしたけど、ノウェムまで自分の舌を噛もうとしたりで大変だった。



「うーん……リシィのことになると、僕はどうしても冷静でいられなくなるな……。あ、これ生木だ……」



 今も注意力散漫で、要らないものまで拾っている。これはまずい。


 僕の右腕は当然硬いけど、触覚は残っていて触れたものの詳細はわかる。

 何と言うか……今も触れたリシィの舌の触感が残っていて、枯れ木を集めるこんな簡単な作業にまで身が入らないんだ。


 ああ……それにしても、すんごい柔らかかった。口内の湿った温かさと、外気に晒された肌の冷たさの対比が……もうなんか、ジョブ“変態紳士”にクラスチェンジする条件を満たしてしまっても良いと思えるほどに……。



「もう一度触れたい、なんて言ったら完全に変態だよな……」


「カイト、それ生木よ?」

「ほぎゃーーーーーーーーっ!?」

「きゃっ!?」


「おおおお……!? リ、リリリシィか……驚いた……」

「驚いたのはこっちよ! 心あらずと森の中を歩いて、心配して来たの!」



 声をかけられた方を見ると、ぷんすこと頬を膨らましているリシィがいた。


 舌からの出血はそれなりだったけど、止血も早かったこととサクラの治療のおかげで、今朝は少し痛みが残る程度になっているらしい。


 良かった、彼女が痛がるのは僕も嫌だ。



「リシィ、昨晩はごめん。僕自身が焦って、対処を間違えていたよ。それを考えていたせいで、心ここにあらずだったんだ」


「もうっ、貴方という人はっ。他にもっと良いやり方があったのかも知れないけれど、カイトが私を助けてくれたのは事実なんだから、細かいことは気にしないでっ!」


「そう言われると救われるけど、女性の口内に指を突っ込むのはどうかと……」

「んっ!? そそっ、それは……べ、別に私は、構わないわ……」



 リシィは突然しどろもどろになってしまった、やはり恥ずかしかったんだ。

 昨晩のことを思い出したのか、視線も彷徨わせ始め頬も赤みが増していく。


 だけど、一応は聞いておくべきだよな……。



「リシィ」

「な、なに?」

「昨晩、話そうとしていたことなんだけど……」

「んにゅっ!?」

「んにゅ……?」

「うっ……いえ、昨晩のことは……今は忘れて……」



 あ、これは追求したらダメな奴だ……。


 リシィは耳まで真っ赤にして、昨晩以上に視線が泳いでしまっている。

 大切な話をしようとしていたところで舌を噛んだんだ、例え僕が気にしなくても彼女にとっては相当恥ずかしいことだろう。 



「リシィに頼まれたら、僕はいつでも二人で話す時間を作るから。落ち着いたら、昨晩話そうとしていたことを聞かせて欲しい。それで良いか?」


「う、うん……その時に、またお願い出来るかしら。必ず……伝えるわ」



 流石は姫さまと言うべきか、とりあえず今を収めたことで、リシィの肩から力が抜けたのがわかった。

 恥ずかしそうに僕を上目遣いで見る瞳の色は、平穏や信頼の時の緑と冷静や悲哀の時の青と、恐らくは束の間の安堵が込められたものだ。


 そんなリシィの様子に、僕は先程のもやもやとした煩悩も相まって、思わず彼女の金糸の髪に手を伸ばしてしまった。

 漉くように慈しむように頭を優しく撫で、彼女も視線を逸らしてはいるけど、何の抵抗もなく僕の行動を受け入れてくれている。



「あぅんっ……」

「えっ……」



 だけど、下がった腕が不意に竜角に触れたところで、リシィは何とも艶っぽい声を上げた。

 彼女は僕を見て驚き、続いて瞳に赤色が混ざり始め、その表情は明らかに羞恥と怒りがない混ぜになったものへと変わっていく。


 しまった、竜角は他人が触れたらダメだったか……意図してやったわけじゃないんだけど……。



「りゅっ……」

「りゅ……?」


「竜角の先端は抜け落ちたばかりでっ! いっ、今は敏感なのっ!!」

「ほわっ!? 敏感!?」」


「ううぅぅぅぅ……昨晩から、貴方という人は……私の弱いところばかり……」

「リシィ、わ、わざとじゃないんだ。今のは不意に触れてしまったというか……」


「ううーっ! カイトのバカァーーーーッ!!」


「おわーーーーーーっ!?」



 イベント神、何てことをしてくれたんだ!? 突発イベント過ぎるよ!?

 あわよくば……なんて思っていた邪心に対する罰なのかこれ!?


 とは言えこんな状態にも関わらず、僕の胸をポカポカと叩きながら、涙目で真っ赤になって非難するリシィは可愛いなあ……と思ってしまうのは、もう手の施しようがないほどの重症なのかも知れない。むしろ、かえって頬が緩んでしまうから。


 そんな僕の様子を見て、リシィは余計に「うーっ!」と怒っているけど……何だこれ、ボロが出れば出るほどに高潔で誇り高い龍血の姫の印象が薄れていく。


 ああ、もうこのまま抱き締めてしまいたいくらいだ。



 結局、この日はリシィをなだめて一日が終わることになってしまった。




 ―――




「カイトさん、起きてください。異変が起きているようです」

「う……うん? サクラ……どうした? 今は何時……?」



 翌朝、テントで寝ていた僕は、サクラに揺り動かされ目を覚ました。



「時刻は早朝の五時、忌人たちの施設が攻撃を受けています」

「……はっ!? 誰に……探索者、いや墓守にか!?」



 目を擦りながら体を起こすと、確かに遠く離れて爆発音が聞こえる。



「えーと……廃材置き場か? くっ、まだ頭が働いていない……」


「はい、ベルクさんとアディーテさんが確認に向かいましたが、忌人の廃材置き場が砲撃に晒されているのは間違いないようです」



 僕は寝惚けた頭を振りながら状況を確認しようとするけど、サクラもまだ状況を完全には把握出来ていないようだ。


 目覚ましのためか、僕は彼女が用意してくれていた濡れた布で顔を拭う。

 この気遣いはありがたいけど、今はのんきにお礼を言っている場合じゃない。



「うぬ……主様ぁ、どうかしたのかぁ……?」



 ノウェムも寝惚け眼を擦ってテントから顔を出して来た。



「ノウェム、リシィたちを起こしてくれ! 戦闘になるかも知れない、野営を片づけて出発の準備を頼む!」

「……っ!? わっ、わかったのだ!」


「サクラ、僕たちも確認に向かう」

「はい!」





 森の外縁までは十分とかからない。

 そこでは、先行していたベルク師匠とアディーテが見つからないよう茂みに潜み、遠く離れて今まさに砲撃に晒される忌人の廃材置き場を観察していた。



「カイト殿、まずいことになった。敵は弩級戦車モーターヘッドが一、砲狼カノンレイジが三、中型に至っては少なくとも十六体。あの戦力は某たちだけではどうにもならん」


「アウー、墓守いっぱい! 小さいのもいっぱい!」



 廃材置き場の状況はベルク師匠の告げた通りだ。


 応戦する装備すらないのか、忌人たちは一方的に墓守からの砲撃に晒され、廃材置き場は既にいくつものクレーターが出来上がり、立ち上る黒煙が視界を妨げるほどになってしまっている。

 唯一の建物も炎に包まれ、あれでは倒壊も時間の問題だろう。



「何でこのタイミングで……まさか、僕たちを狙って……?」

「カイトさん、退避を進言します。発見される前にこの世界を脱出するべきです」

「あ、ああ、わかっている。僕たちに出来ることと出来ないこと、見誤ってはならない」



 本来なら、あのくらいは退けなければ世界を覆すなんて到底無理だ。

 だけど現実的に、平原のど真ん中で遮蔽もなく利用出来る地形もなく、あの数の墓守を相手にするには手段が足りなさ過ぎる。

 神器と刃槍を躊躇しないで使っても、攻略の糸口が見つからない。


 襲われているのは忌人であって人じゃない……苦しい言い訳だな……。



「サクラ、出発の準備を整える間、ここで歩哨を頼め……」

「誰ですか!? 今直ぐに出て来なさい!」



 指示を出そうとした瞬間、警戒するサクラが木々の合間に鉄鎚を向けた。

 間もなく姿を現したのは、右腕を欠損し錆ついて古びた一体の忌人。


 忌人は残された左腕で僕たちを指差し、次に森の奥へと向ける。


 なん……だ……?

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