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第百七十四話 想い伝えようとして……

 ◇◇◇




 カイトとサクラが戻って来るのを待ち、私たちは森へと向かった。


 赤茶けた大地は途中から草が生え始め、点在する木々が徐々に増えて森に変わるの。いえ、逆なのかしら……あの船の墓場の影響で森林が削られ、その後でこの地形になったのかも知れないわ。


 “交差世界連続体”の世界ひとつひとつにまで、界層の復元が機能しているのかは私にはわからない。けれど、もし機能していたとしても、あの忌人たちはいつまでもああして誰かの命令に従って働き続けるんだわ。


 少し、物悲しい……。



「お二人とも、湯加減は如何ですか?」

「ええ、とても気持ち良いわ。テュルケとだったら充分な広さね」

「はいですです! お風呂に入れるなんて思ってませんでしたぁ~」



 忌人の廃材置き場から戻って来たカイトは、鉄で出来た人ほどの大きさの筒を担いでいた。

 そして、川に近い森の中に野営地を設営した後、この筒の錆をアディーテに削ってもらい、サクラがお湯を沸かしてあっという間に湯船を作ってしまったの。


 考えたものね……戦闘以外でも、私はカイトに感心するばかりだわ。



「サクラ、先に入らせてもらってごめんなさい。水を入れ替える時は手伝うわね」

「ふふ、気にしないでください。私は後でカイトさんと一緒に入りますから」

「えっ!? サクラッ!?」

「ふぇっ!? それなら私もっ!」

「ふふふ、冗談ですよ」

「ふえぇぇっ!?」



 うぅ、驚いて思わず立ち上がってしまったわ……。

 今は私たち以外に誰もいないけれど、覆いのない川辺に設置されているから、他に人がいたら丸見えだったわね……気を付けないと。



「アウ~、ここおさかないない~」



 アディーテが幅の割には深い川から上がって不満そうにしている。


 カイトとノウェム、ガーモッド卿は狩りに出ていて、アディーテは魚を獲ろうとしていたのだけれど、必ずしも食べられるものが見つかるわけでもないわ。


 ここにはしばらく滞在して、消耗した干し肉を補充するみたいだけれど、どうやって作るのかしら……。私たちは既製品ばかりだったから……。



「アディーテさん、無理はしないでください。明日は場所を変えてみましょう」

「アウ~、わかった~」



 アディーテは川から上がったそのままの姿で、温度調整のため鉄筒に触れているサクラの傍に寝転がってしまった。


 カイトには見せられない光景だわ、彼女は上着しか着ていないんだもの。

 裸でも困るのだけれど、どうしていつも下着だけ脱ぐのかしら……。



「テュルケ、髪を解いて。洗ってあげるわ」

「えへへ、ありがとうございますです~」



 不思議……自然の中で身ひとつは落ち着かないけれど、こんなにも穏やかになれるものなのね……。




 ―――




 私たちが上がった後はサクラとアディーテの番。


 見張り役を交替して周囲を警戒するものの、この世界ではまだ墓守やそれ以外の魔物も目撃していないわ。洞窟ではそれなりに遭遇したけれど、多くの交差する世界で墓守も分断されてしまうのかしら、確認は出来ないわね。


 そうして野営地に戻るころには日も落ち、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

 カイトたちも戻っていて、不思議な色合いのハポックを捌いているところだわ。



「このハポックは随分と極彩色ね?」

「亜種かな? 断絶した世界で独自の進化を遂げた近似種だと思う」


「くふふ、またしても我が捕まえたのだ。ありがたく食すが良いぞ!」

「貴女こそ、お湯を入れ直してあげたんだから、ありがたく入りなさい!」

「ぬ、その場で恩を返すというのか、流石はリシィお姉ちゃんだ」

「その呼び方をしないでっ!」



 最近では、ノウェムの冗談に少し慣れてきてしまったのが悔しいわ。

 「お姉ちゃん」と呼ばれ、どこかムイタも思い出してしまって、ノウェムが本当の妹のようにも思えてしまうの。この小さな見た目はずるいんだから。



「お風呂は狭かったと思うけど、大丈夫だった?」


「ええ、湯に浸かれるだけでもこんな旅の最中では幸福よ、贅沢なんて言わないわ。カイト……その、ありがとう。優秀な従者を持って私は果報者ね」


「うん、それは良かった。僕も後で頂くよ」



 で、出来たわ、カイトに自然と感謝の気持ちを伝えることが出来たわ。


 意識していない時は普通にお礼も言えるけれど、先程のサクラの冗談で意識してしまっている中でこれは大きな進歩ね!

 後は少し上からの目線を直せば、私の意図したことをしっかりと伝えられるようになるのではないかしら。


 素直になるの、いつ失ってしまうかもわからないこんな迷宮の旅路の中で、私はもっと素直になりたいの。


 ……ううん、弱気ではダメね。しっかりと、今以上の気持ちを伝えるの。



「主様~、我と一緒に入ろうではないか~」

「なっ!? だっ、だだダメよっ! これが目的で後に回したのねっ!」

「くふふ、リシィお姉ちゃんよ。頭とは策を弄するためにあるのだぞ。くふふふふ」


「むーっ! 絶対にダメなんだからーーーーっ!!」




 ◆◆◆




 夕食後、サクラに湯を温め直してもらい、今は火が焚かれているドラム缶風呂に浸かりながら、僕は夜空を眺めて考えごとをしていた。


 正直な話、このまま迷宮を進んで良いものかと思う。

 明確な目的地が存在しない標すらない道程は、一歩を違えたら奈落の底だ。

 この世界に存在したのが忌人ではなく同じ数の墓守だったら、僕は今こうしてドラム缶風呂にも浸かっていられなかったのかも知れない。


 戻ろうにも、法則性のない転移の先で出口はそう容易く見つからない。

 進もうにも、標のない道は暗闇の中を歩いているのと同義だ。


 無謀だった、弱気が僕の胸の内にじわりと広がる。


 これでは……。



「あの、カイト……」

「ふおあっ!? リリリリシィッ!?」



 いつの間にか、僕が浸かるドラム缶風呂の傍にリシィが立っていた。

 見張りはサクラがしてくれているはずで、石が転がる川原は足音がするはず。


 まさか、アケノさんから忍者の歩法を習っていたなんてことは……。



「ど、どうしたんだ? 一緒に入りたいとかは……」


「そっ、それはないわっ! こんな時でないと、カイトと二人きりになれないと思って、サクラに見張りを変わってもらったのっ!」


「う、うん、それはわかった。だとしたら、何か話でも……?」



 別に一言伝えてもらえればどこへでも付き従うけど、僕が一人のタイミングでわざわざ来るなんて、余程皆に知られたらまずい話なのだろうか……。やはり、一緒に来て欲しいと言うテレイーズの地に関する……恐らくはこの話だ。


 ドラム缶風呂に浸かったまま聞く話でもないと思うけど、このまま出たら変態だから仕方がない。



「う、ううぅ……あの、あの、こんな明日もわからない迷宮の底にいるから……今だから、今こそ、伝えておかないといけないと思って……」


「うん?」



 おや、故郷のことを話すような雰囲気ではない気がする……。


 顔は真っ赤だし、体は震えているし、視線はそこら中を泳いでいて、瞳は最早警戒信号のようにビコーンッビコーンッと色が変わり続けているんだ。



「リシィ、大丈夫か……?」

「だっ、だだだっ、大丈夫よっ! 黙って聞いていなさいっ!」

「はいっ!?」



 すんごい声が裏返っている……いったい何を話そうと……。



「わっ、私はぁ……はぁ、はぁ……私はぁ……はぁ、はぁ、はぁ……」



 過呼吸になっていないか……? ひとまずは落ち着いてもらったほうが……。



「……んっ! わっ、私はっ! カイトのことがっうきゅっ!!」



 あっ、噛んだ!?


 リシィは舌を噛んでしまったようで、口を押さえてうずくまり唸り出した。

 今のは痛い、確実に痛い、これはもう大事な話どころではない。


 だけどどうする、僕は真っ裸だし、出血していた場合は圧迫止血が必要だけど、清潔なガーゼなんてものはない。

 僕は飛沫を上げてドラム缶風呂から出ると、濡れたままズボンだけ履いてリシィに駆け寄った。



「リシィ、大丈夫か!? 舌を見せて!」



 顔を上げたリシィは青い瞳に涙が滲んでいて、余程痛いのか半泣き状態で僕に縋り口を開けてくれたけど、やはり舌の先端から出血してしまっている。


 それを確認した後、僕は躊躇うことなく神器の右腕を焚火にかざした。



「んっ!? んーっ! んーっ!」



 熱いし、リシィが何か言いたそうだけど構うものか、鋼の腕だ火傷はしない。


 そうして、右腕を殺菌した後で冷たい外気に晒して充分に冷やし、しっかり温度が下がったことを確認してから彼女に向けた。



「リシィ、止血する。しばらく我慢して欲しい」



 リシィは躊躇うような素振りをしたけど、最終的には頷いた。


 僕は右手の親指をリシィの口の中に挿入し、傷口を押さえて圧迫止血を施す。

 野営地まで迅速に戻ることも考え、手首の角度と歩く姿勢を考慮した結果、僕はリシィを背後から抱き締めて彼女の顎を持つ形になっている。


 この状態は妙な背徳感が胸を過ぎるけど、今は余計な煩悩は要らない。

 彼女の痛みは僕の痛み、サクラに治療してもらうまでの辛抱だ。

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