第百七十三話 機械仕掛けの里
「わあぁいっ! お日さまですですっ!」
十日近くを洞窟や地下で彷徨っていた僕たちは、久しぶりに青い空と太陽の浮かぶ世界に移動することが出来た。
結局、予定通り多脚戦車とは逆の進路を辿ったところ、程なくして線路上に空間の歪みがあったんだ。
最後まで廃鉄道網の構造や、ループしていたのかどうかも確認は取れなかったけど、余程運が悪くない限り二度とあの世界に踏み入ることはないだろう。
それにしても……。
「地上に出られたのは良いけど、今度は船の墓場か……」
「これは船なの? とても大きくて、見たこともない形をしているわ」
「ああ、神代の船の残骸だ。湖塔ルテリアでさえ元は三百メートル以上もある船だから、それ以上のものが残っていてもおかしくはない」
「驚くことしか出来ないわね……」
廃鉄道網から移動した次の世界は、“神代の船の墓場”だった。
周囲は一隻が数百メートル以上もある巨大船が積み重なり、ちょっとした谷を作り上げていて、僕たちはその谷底にいる。
塗装は剥げ、赤茶けた鋼鉄の装甲板には無数の引き裂かれた破孔が残り、間違いなくこれはかつて神代で戦った軍艦の成れの果てなんだ。
「カイトさん、足跡があります」
「え? これは……墓守ではないな……」
「はい、二足歩行で人のようですが、新しいものも古いものも入り混じっているのは奇妙です。探索者がこんなところを何度も往復するでしょうか?」
「うーん、【神代遺物】は探せばありそうだけど……」
サクラが示した地面には、確かに人大の足跡が何重にも残っていた。
赤茶けた地面は錆が混じり込んだものか、粒の細かい赤砂の下に柔らかい粘土質の層があり、足の向きから何度も往復していることがわかる。
探索者はここでも、【神代遺物】や地球からの流入物を探してはいるものの、第十深界層まで潜る最たる目的は“深奥”の発見に他ならない。
【重積層迷宮都市ラトレイア】の深奥に眠る【神代遺構】、その発見を悲願とする探索者が、果たしてこんなところを彷徨くだろうか。
「まさか住人がいるなんてことは……」
「信じられない話ですが、どれほどの世界がこの深層にあるのかは把握されていません。帰還を諦めた探索者の集落が出来ている可能性もあります」
「そうか……。ノウェム、上から周囲を確認して欲しい。野営地、もしくは集落があるかも知れない。特にこの足跡の主を見つけてくれたら助かる」
「あいわかった。主様の役に立ってみせるぞ」
「くれぐれも気を付けて」
ノウェムは光翼を展開し、重なった船の残骸の合間を空に上って行く。
特に意識もせずに彼女を視線で追っていると、その先に見覚えのあるニ連装砲が朽ち果てて空を仰いでいた。機動強襲巡洋艦アルテリアの主砲と同じものだ。
錆と廃材だらけの空虚な景観、第八深界層と同じくここは何もかもが虚しい。
「リシィ、何かありそう?」
「ダメね、どこを覗いても中は空よ」
リシィは興味津々な様子で破孔から残骸の中を観察している。
僕も並んで覗いてみたものの、目に入るのは入り込んだ赤砂のみ。
「崩れそうにないけど、一応は気を付けて」
「ええ、廃墟は苦手だもの。今はカイトの傍から離れないわ」
そう言ってリシィは僕の服の端を恐る恐る掴んだ。
何かを幻視してしまったのか、瞳の色も青褪めて消沈してしまっている。
大丈夫、元より離れるつもりもない。
「カイト殿、アディーテ殿が森を発見した!」
「アウー! 川もある、おにくとおさかな獲りにいこー!」
「お、今日の野営地になりそうですか?」
「肥沃な土地には見える、まず川沿いに下流に向かうとしよう」
ベルク師匠とアディーテの元に行くと、残骸の切れ目の向こうに緑が見えた。
赤茶けた平野がしばらく続いているのでかなり遠いけど、驚異がなければ移動して森の中に野営地を設営したい。
「わあぁ、姫さまやりましたです! 久しぶりに水浴び出来そうですです!」
「ええ、安全を確認してから旅の疲れを癒やしましょう。ね、カイト」
「ああ、ノウェムが戻ったら移動だ。サクラ、荷物を……どうした?」
後ろを振り返ると、サクラが神妙な様子で犬耳を忙しなく動かしていた。
両手に鉄鎚を構え、警戒する様子は既に臨戦態勢。
何かいる……?
「囲まれています。残骸の中……いえ、上方から複数体の足音が……」
「上!? この地形はまずい! みんな船の中に……あれは!?」
サクラが見上げる先に視線を向けたところで、僕はその正体に気が付いた。
アシュリン……いや、忌人か……。
船の残骸の遥か上方、甲板の上や破孔から頭だけを出し、夥しい数の忌人がこちらの様子を伺っている。
ノウェムが何事かと下りて来たところで頭を引っ込めてしまったので、特に敵対する意思もなくこちらの様子を観察していただけなのかも知れない。
人のものだと思っていた足跡は、忌人のものだったのか……。
「主様ー! 忌人が散って行ったぞ!」
「ああ、僕も見ていた。どこに行ったかわかるか?」
「奴らは残骸の中に姿を隠した。だが集落のようなものを見つけたぞ」
「うん? 集落か……警戒しながらまずは行ってみるしかないな。サクラ、周囲に今の忌人たちの存在を確認出来る?」
「いえ、足音もなくなりました。こちらを確認していただけのようですね」
「不気味で驚いたわ……。無機質な沢山の瞳に見下されるのは、あまり良い気分ではないわね」
「ですぅ、お胸がキュッてなりましたですぅ……」
「しかし、動く忌人があんなにもいるとは、あれはアシュリン殿でないのだろうか」
「アシュリンだったら真っ先に飛び下りて来ますよ。やはり彼女は、他の忌人と違うのかも知れません」
「うむ……謎が深まるばかりである……」
流石に肝を冷やしたけど、結果としては何もなく、無数の忌人の存在だけを確認することが出来た。
この世界についても謎ばかりが増える。
艦船が戦争で落着した後に分断された世界なのか、何かの目的で集められて船の墓場となったのか……。僕の推測は後者かな、ただ落ちただけではこんな一箇所に積み重ならないから。
忌人から話が聞ければ良いけど、せめて敵対だけはしないようにと願う。
―――
船の墓場から出た後は、ノウェムの案内で赤茶けた大地を進んだ。
とは言っても当初の目的地と同じ方角で、ニキロほど進んだところの大地に草花が生え始めた辺りにその集落はあった。
ただ、そこは期待したものでなく、無数の忌人が忙しなく動き回る廃材置き場に過ぎなかった。荒野の真ん中に立つ真四角の謎の建物に、船の墓場から集めたありとあらゆる廃材を忙しなく運び込んでいるんだ。
最悪は、この廃材がリサイクルされて墓守になっている可能性まである。
「カ、カイト、どうするの……?」
「これは困ったな……想定外だ。とりあえず声をかけてみようか……」
動いている忌人の数は三桁に及ぶだろう。
その数を考えたら、それこそ今直ぐここから離れたほうが良いけど、呆然と立つ僕たちを見ることはあってもそれ以上に何かをして来ることもないんだ。
どうしようもないのなら行動するしかない、意を決して話しかけよう。
「みんな、少し離れていて。サクラは僕と一緒に」
「はい、攻撃の兆候があったら直ぐに反撃しても構いませんね」
「ああ、一度でも攻撃されたら反撃して良い。それがこの場での交戦規定《ROE》だ」
「お任せください!」
ここも地形がまずい。赤茶けた大地には所々に転がる岩くらいしか隠れる場所がなく、森も更に三キロは平原を進んだ離れた場所にある。
一応リシィたちには少し離れてもらったけど、この数の忌人に敵対されたら、かなり分の悪い撤退戦になってしまうだろう。
僕とサクラは、赤錆びたフェンスを通り過ぎて敷地内に進入した。
恐る恐る踏み入ったものの、特に防衛設備が起動することもなく、忌人たちの手が止まるわけでもないのは多少安堵する。
そんな警戒する僕たちの前を一体の忌人が通りかかった。
「すみません、少し聞きたいことがあるのですが……」
すると、話しかけた一体だけでなく、周囲が一斉に首だけでこちらを向く。
心臓に酷く悪いけど、一応は言葉に反応することだけはわかった。
だけど、それも一瞬だけ。
「また作業に戻ってしまいましたね……」
「ああ、やはりここの忌人は特定の行動手順でしか動いていないんだ」
「どうしましょうか……」
「無駄足になるかも知れないけど、一応あの建物の中も確認して戻ろう」
「はい」
廃材置き場の広さは、ちょっとしたショッピングモールくらいはあるだろうか。唯一の建物はコンクリートで出来ているらしく、大きさが縦横二十メートルほどのいわゆる“豆腐建築”と呼ばれる装飾も凹凸もない建物だ。
僕とサクラはその建物に慎重に近づいて行く。
……
…………
………………
……結果は本当に無駄足だった。
建物は僕たちがある一定の範囲内に入ると扉が閉まり、それまで廃材を運び込んでいた忌人たちの動きまで完全に止まる。
そして、敷地内に存在する忌人全員で、こちらを無機質に凝視して来るんだ。
流石に僕とサクラは怖くなり、揃って一目散にその場から退散した。
またしても謎が増えただけだったな……。