第百七十ニ話 対多脚戦車討滅戦
線路の奥から多脚戦車の走行音が駅構内にまで響く。
皆はホームの所定の位置に待機済み。ベルク師匠だけが線路上に立ち塞がって盾を構えている。
そうして、大木の陰に身を潜めながら配置の最終確認をしていると、曲がり角の先からキィィとブレーキのかかる音が聞こえ始めた。
曲がり切った後は直線、そこで奴もこちらの存在に気が付くはずだ。
「カカッ! ここは通さん! いざ参られい!!」
――ドンッ! ヒュオンッ!!
そうして、多脚戦車は姿を見せると同時に発砲した。
砲塔の旋回が早い、構内を抜ける砲弾の風切り音が耳をつんざき、ビリビリと大気を震わせる発砲の衝撃が後から伝わって来る。
砲弾が直進する先には待ち構えるベルク師匠。
彼の槍と盾からは既に紫電が迸り、レールと天井の間で放電している。
迫る砲弾、だけど紫電は瞬時にそれを絡み取り、彼が持つ大型のヒーターシールドの表面を沿うように逸らされた。
――ドオォォオオォォォォォォンッ!!
砲弾はベルク師匠の背後で爆発し、飛び散った弾殻と爆風が彼を襲う。
だけど師匠にそんなものは効かない。鉄壁の竜鎧と墓守の装甲を流用した盾の防御力、その表面を這う紫電がありとあらゆる外因を防いでしまうから。
もしも砲撃で倒そうとするのなら、電磁加速砲の高初速と相応の貫徹力が必要で、それすらもベルク師匠はリシィとともに一度は凌いだ。
「効かんぞ、多脚戦車! 次は力比べと参ろうぞ!!
多脚戦車は砲弾を逸らされたと見るや、線路上に立ち塞がったままのベルク師匠を轢き殺さんとしてか速度を上げた。
レールからは火花が散り、押された大気が構内の風の流れを更に強くする。
「今だ!」
「金光よ!」
「えいやー!」
巨兵を相手にした連携。光盾と“金光の柔壁”の壁が線路上に展開し、その裏でベルク師匠が押さえ、巨大な砲弾となって加速する多脚戦車の進路を阻む。
一度受けてわかったことだけど、対象の質量と加速による押さえる側の衝撃は、“金光の柔壁”に阻まれることでかなりの運動エネルギーが削がれるんだ。
なら巨兵に比べて質量が小さく、それ以下の運動エネルギーの多脚戦車は、ベルク師匠一人だろうと突破は不可能。後は押し戻されるだけ。
金属を擦る耳障りな音が構内に響き、周囲をオレンジ色に染める火花を散らし、走行音がドンッドドンッと路面を踏む足音に変わった。
「サクラ! 頼む!」
多脚戦車が通り過ぎた柱の陰に身を潜めていたのはサクラ。
僕の指示で走り出し、両手に持つ【烙く深焔の鉄鎚】は既に赤熱している。
今のところはまだ確認されていない装備だけど、近接する歩兵や対戦車兵器から車体を守るためのアクティブ防護システムがあると仮定した上で、サクラには防弾ベスト代わりに人大の“金光の柔壁”を背負ってもらっている。
彼女の役割は、爆炎によるレーダー類と小回りの利く砲塔上機銃の破壊。
万が一の場合は直ぐ引くようにと伝えてあるけど、驚くことにサクラは速度を上げて跳躍し、天地が引っ繰り返ったかのように天井を逆さのままで走った。
人間離れした身体能力は、ここまでされるともう神業に等しい。
「どこを見ているんですか、こちらです!」
果たして、天井を走る人間までを想定した対応策は用意されているだろうか、サクラはそのまま多脚戦車の直上まで駆け抜け天井を蹴って強襲する。
鉄鎚が砲塔上面に打ち下ろされるとともに爆音が構内に轟き、多脚戦車の車体を包み込んだ炎の熱量にレールまで溶けてしまう。
そうしてサクラによるただの一撃で、多脚戦車の上部搭載装備はその全てを溶けた鉄の塊に変えられてしまった。
「サクラ、離れろ!」
「はい!」
それでも、灼熱の炎の中でさえも砲塔は旋回する。
当然、砲口の向く先は驚異判定が更新されただろうサクラだ。
だけど、彼女は避けることもなく真っ直ぐに後ろへと下がる。
大丈夫。仲間への信頼は、何よりも僕たちの最上の武器だから。
――ドンッ! ドギィンッ! ドオォォォォンッ!!
サクラを狙って撃たれた砲弾は、だけど新たに展開した“金光の柔壁”に返され、多脚戦車自らの脚二本をへし折って爆発した。
バランスを崩して傾くも残された脚はまだ六本、辛うじて姿勢は保っている。
榴弾による衝撃で炎は消えたものの、多脚戦車の青灰色の都市迷彩は今や黒ずんで酷い有様だ。
「金光よ槍となり穿て!!」
サクラが逃れた方向には同じく身を潜めていたリシィ。
そう、サクラの誘導で奴は自らリシィの射線上に砲塔を向けてしまったんだ。
最早多脚戦車に逃れる術はなく、光槍は振れることもなく砲口から進入して射撃装置を破壊する。
一瞬だけ火を噴いた砲口は、恐らく消火装置が作動して直ぐに鎮火したけど、黒煙を吐き出す主砲はもう使い物にならないだろう。
「アディーテ、行くぞ!」
「アウーッ!」
皆がそれぞれの役割を果たし、ここまで一方的に多脚戦車を追い詰めた。
なら僕も、止めを刺すまでは油断なく、予見にまで至る思考で討滅に導くんだ。
僕とアディーテはホームから跳躍し、熱せられ燻る砲塔上に着地する。
靴が焦げる臭い。まだ装甲は熱を持っていて【烙く深焔の鉄鎚】の凄まじさを物語っているけど、【神代遺物】を持っているのはもうサクラだけではない。
「ハッチは、これか!」
僕は腰から短剣を引き抜き、砲塔上にあるハッチの隙間に突き入れた。
セオリムさんから別れ際に貰った【神代遺物】、これの正体は持った者の神力に反応して刃が超高速振動する武器だ。
そう、鋼鉄さえ溶断し紙のように切り裂いてしまう、“高周波振動短剣”。
流石に墓守の装甲は抵抗があるけど、僕は無理やりロック部に短剣を突き込み、神器の膂力まで活用して斬り裂いた。
「ノウェーーーーム!!」
幾重にも連なる仕込みはここまで予定通りだ。
天井を這うように走る配管の裏に隠れていたノウェムが、自分よりも大きい水の玉を浮かせて姿を現す。
僕たちの強襲で多脚戦車は全ての銃砲を破壊され、まるで駄々をこねるように暴れるも、こんなことで手を離すつもりはない。
「金光よ矢となり穿て!!」
「ぬぅんっ! 秘槍【雷閂破衝】!!」
「はああああああああっ!!」
光矢と紫電を纏う槍が残された脚の関節を狙い、最終的に僕とアディーテの合間に打ちつけられた鉄鎚により、多脚戦車の動きは完全に封じ込めた。
最早出来ることは砲塔を振るだけで、最後に僕がハッチを力の限り抉じ開ける。
「くふふ、喉が渇いたであろう。水か、水が欲しいのか? ほうれ、たあんと飲むが良い。くふふふふ」
随分と余裕のあるノウェムの冗談とともに、車内に流し込まれる水。
こうなってしまっては、無事で済む墓守は恐らく存在しないだろう。
そうして、アディーテが濡れたハッチの縁に手をかけた。
「アウーーーーーーッ!!」
―――
「みんな、怪我はない?」
「私は殆ど隠れていただけだもの、汗ひとつかいていないわ」
「私も帯が緩んだくらいですね。皆さんの神力の消耗も少なく、お見事です」
「我は物足りないぞ。水を運んだだけとは、良いように使われた気がする」
「そんなことないですです! あれだけの水を運ぶのはノウェムさんにしか出来ませんです! すごいですですー!」
「然り! 流石は光翼の姫君! 某、この上なく感服いたす!」
「うん、良くやってくれた。やっぱりノウェムの能力は起点として最高だよ」
「え、えへへ、そこまで褒められると少し面映いな……えへへ、嬉しい」
「アウ~、おにくの良いにおい~、水浸し~」
「アディーテ、食べたらダメだよ……。ほら、僕の干し肉を少しあげる」
「アウーッ! カトー好きーっ!!」
「おわーっ!?」
真っ黒に焦げつき、内部から見るも無残に破壊された多脚戦車の傍で、僕たちは互いの無事を確認し合った。
今回ばかりは誰も傷を負わず、速攻をかけたせいもあって未確認の墓守であろうと圧倒することが出来たんだ。
毎回こうしたいものだけど、隠れる場所の多い地形も僕たちの優位に働いていたから、同じ相手だろうと次に遭遇したらこうも行かない
何にしても、進むための障害は排除した。
ただ、第十深界層の真の敵はやはりこの“交差世界連続体”と、予測のつかない環境となる“世界”そのものであることは間違いない。
これから先、何があっても柔軟な対応を心がけないと、いずれ僕たちも迷宮の中で屍を晒すことになってしまうだろう。
「みんな、油断なく進もう。これから先も協力して乗り越えるんだ」
まずはこの廃鉄道網を抜ける、誰一人として失うものか。