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第百七十一話 無限ループの可能性

 翌朝、最大の難敵は“疲労”の状態異常により相殺され、寒い地下構内にも関わらずテュルケの温もりも相まってぐっすりと眠ることが出来た。

 彼女からは、精神的回復効果まである“幸せオーラ”が出ているに違いない。


 そのせいか寒さのせいか、朝目を覚ました時が最も大変だった。

 いつの間に潜り込んだのか、リシィとノウェム、それにサクラまで一緒の毛布に包まっていたから。寒夜に温もりを求めるのは人の性質サガか。


 流石に引っ叩かれるようなことはなかったけど、野営中でもまずお目にかかれないリシィの寝惚け眼を拝むことが出来た。本人は恥ずかしいだろうけど、僕にとってはご来光に勝るとも劣らない神々しさのご褒美だ。





 そして今、朝食と準備を済ませた僕たちは、身を隠す場所の多いジャングルとなった駅のホームで、既に二時間も墓守を観察し続けていた。



「今のところは四輌、一定の間隔を空けて滑走しているな」

「主砲も通常兵器のようですね。取りつけば何とかなるかも知れません」

「うん、正面で迎え撃たなければ何とかなりそうだ」


「武装が通常兵器であるなら、某とテュルケ殿で鉄壁。互いに返す技を持つが故、それだけで討滅をなせるのではないか?」

「確かに、防護フィールドの強固な大型以外はそれで終わりそうですが、僕たちは決して油断しません」

「ですです! 私も油断しないように、いっぱい練習してますです!」



 イタリアのチェンタウロ戦闘偵察車にちなんで“多脚戦車ケンタウロス”と名付けたその墓守は、大木の裏に隠れていた二時間の間に四輌が一方向へ通り過ぎて行った。


 車体は戦車クアドリガほど大きくなく、全長が十メートルほどの中型【鉄棺種】。

 武装は百二十ミリ以上の大口径滑腔砲と砲塔上部に機銃、主砲脇に同軸機銃もあると考え、地形を生かして上に取りつくのが最も最善の対抗手段だろう。

 ただ、APS……アクティブ防護システムがあるとも考えるべきだから、素直に真横から接近するのも危険か……。


 常套手段としては“金光の柔壁(やわらかクッション)”で周囲を囲んで上から強襲、機銃とレーダー類を破壊してしまうのが手っ取り早いけど、継戦を考えた場合は個々の消耗を押さえた能力の使い方が決め手となる。


 戦術とは特別な誰かにだけ頼るのではなく、お互いの長所を活かし、短所は補い合うことが何よりも大切だ。僕たちはパーティなんだから。



「カイトさん、五輌目が来ました」



 線路を滑走する都市迷彩青灰色の多脚戦車、速度は目測でおよそ時速五十キロほど、大木の裏に潜む僕たちには気が付かずただ通り過ぎて行く。


 やはり進路は左から右への一方向、今のところ戻っては来ない。



「うーん、可能性としてはあるか……」

「カイト、何かわかったの?」


「ああ、この世界には“無限ループ”の可能性がある」


「カイト殿、『るぅぷ』とは?」


「えーと……“繰り返し”の意味です。要するに、端に達すると逆の端に移動して同じ道程を繰り返すことになり、気が付かなければ延々と同じ場所を彷徨い続けることになります。空間の牢獄ですね」


「何と!? 無作為転移より質が悪いではないか!」

「もしそうだったとしたら、私たちは既に……」

捕らわれている(・・・・・・・)ことになる」



 実際にその可能性に気が付いたのは二日目の夜だ。


 三日目からは線路を挟んだ反対の通路を探索し、目立つ特徴のある通り道に目印も付けたけど、そもそもが迷路なので同じ場所を通らない可能性も高い。

 これはあくまで可能性なので断定は出来ないけど、そうなってくると先程から僕たちの前を通り過ぎている多脚戦車は、恐らく五輌・・ではない(・・・・・)


 無限ループではなく線路が一周している可能性もあるけど、ホームを見つける度に確認する限りでは左右に大きく曲がっているんだ。



「確かめよう」



 僕は立ち上がり、トマトのような赤い実のなる木の枝を一本切り取った。



「アウ~? くだものはもう飽きた~」

「これは別に食べる用じゃないから、干し肉を食べていて良いよ」

「アウーッ!」


「おにぃちゃん、それどうしますです?」

「むぅ、妻ともあろうものが主様の行動を理解出来ないとは……」


「はは、まあ見ていて、ちょっとした確認だ」



 僕は不意に遭遇しないよう線路の先に気を付けながら、ホームの端にある柵に枝を括りつけて実が線路上に出るよう配置した。


 多脚戦車が通るのは大体三十分に一度、まだ待つことになるけど仕方がない。



「お昼はまだだけど、今のうちに腹ごしらえでもしておこうか」




 ―――




 あれからおよそ一時間。


 高さに気を付けて配置した実は、やはり三十分後に通り過ぎた多脚戦車の砲塔に轢かれ、染料にもなりそうな赤い汁を飛び散らせて装甲に付着した。

 この頃になると、僕が確認しようとしていることに皆も気が付き、感心して過剰なまでに褒められたんだ。


 別に難しくはない、個体を特定するためには“印”をつければ良いだけだから。



「走行音が近づいています。これで確認が出来ますね」

「ああ、これがただの搬出路の可能性もあるけど、願わくば現状打開の可能性として同じ個体であって欲しい」


「私はカイトを信じるわ。貴方はいつだって道を切り開いて来たもの」

「むっ、我だって主様を心より信じておるぞ! こんな小娘よりもなっ!」

「見た目小娘に言われたくないわ! 私のほうが想いはつっ、強いのっ!」


「二人は仲が良いのか悪いのか……来るよ!」



 ……


 …………


 ………………


 本日七輌目、再び通り過ぎる多脚戦車を皆は目を皿のようにして観察する。


 結果は示し合わせる必要もなく、紛れもないビンゴ。


 染料は薄く伸びているけど、確かに実を轢いた箇所に赤色が残っている。

 多脚戦車は全て同じ個体、ここを通っているのはただの一輌のみだ。



「良し、多脚戦車は一輌が周回していると確定する!」



 線路が物理的に繋がっているのか、それとも空間的に転移しているのか、二つの可能性が残るけど、それは討滅した後で実際に通って確認しよう。


 とにかく、迷った場合はあらゆる可能性をしらみ潰しにするんだ。



「カイトさん、お見事です。改めて惚れ直す想いです」

「えっ、このくらいで大袈裟だよ……だ、だけど、ありがとう」


「むうぅー! 私だってカイトをほっ、褒めるんだからっ! 良くやったわっ!」

「ぬあー! 我だって最初から惚れておるのだ! 流石だ主様!」

「無理に褒めなくても……誰だって思いつく程度のことだよ?」


「カカッ! 世界の秘密を解き明かすとは、流石だカイト殿! 謙遜せずとも良い!」

「すごいですー! カイトおにぃちゃんは、最高のおにぃちゃんですですーっ!

「あ、ありがとう。だけど、まだ完全に解明出来たわけではないですから」


「アウー! くだものはもうイヤー! はやくいこー!」

「アディーテはぶれないね……」



 問題はこれからだ。この廃鉄道網から脱出するために、まずは多脚戦車の進路と逆に進んで確認しなければならない。


 ゲームでも、無限ループに迷い込んだら“戻る”はセオリーのひとつだから。



「まずは進行の邪魔となる多脚戦車を排除する。作戦は伝えた通り、次に奴が来るまで備えて待機してもらいたい」


「ええ、この世界から脱出するわよ」

「はい、まだ時間はあります、最終確認もしましょう」

「くふふ、我の力を遺憾なく示す時。抜かりなく役割をこなそうぞ」

「砲弾からの防御はお任せくださいです! やってやるですです!」

「カカッ! 某の雷袋も震えておる、過充電で今にも破裂しそうだ!」

「アウー! 次はおにくのある世界にいこー!」



 わずかな脱出の希望が見えたことで、皆に活力が戻っている。

 誰もあまり表には出さないけど、やはり太陽が見えないと気も滅入るもんだ。


 この世界に迷い込んでから五日目、これが脱出の契機となるか……。

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