第百七十話 迷い込んだ廃鉄道網
触れてしまえば刺さる剣山の洞窟を抜けた僕たちは、次に“植物の生い茂る地下鉄”に辿り着いた。
「流石にこれは焦りも出て来るな……」
「はい、これほどの広大な迷宮ですから、進路を見失ってしまいます」
「ここまで来たら線路を進むのはどうか、見たところ一体ずつではある」
「それしかないですね、あまり相手はしたくないですが」
空間の歪みにより無作為に転移する先の世界、そこがまさか地球の大都市にある地下鉄道網に良く似た場所とは、いったい誰が想像出来ただろうか。
しかも、どういうわけかインフラが生きていて、水道からは水が出るし電灯には青光でない明かりが灯っているんだ。ここでは僕の常識が全く通用しない。
何より驚いたのは、壁に絡みつく蔦や天井を突き破る樹木に果物や木の実がなっていたこと。
光合成が必要なことから、最初こそ地上が近いのではと階段を上ったけど、結局この地下からは出られなかった
「アウ~、くだものもう飽きた~、おにく~ほしにく食べて良い~?」
「ああ、今日分はまだだから良いよ。大事に食べて」
この“廃鉄道網”とも呼べる世界に迷い込んでから既に四日、迷路のようにどこまでも入り組む地下通路を彷徨い、僕たちは大分気落ちしていた。太陽が恋しい。
今は通路の途中で階段に腰掛けて休憩中だ。
「これだけ巨大なものを誰が何のために作ったのかしら」
「それは僕も考えたけど、本来は移動手段である鉄道網を迷宮化する理由なんてない。空間が歪んだ結果か……それとも、そもそもが建造の段階から自動化され、何かがあって暴走した果てがこの大迷宮……なんてことも考えられる」
「私たち、出られますです? お日様に会いたいですぅ」
「我は気楽で良いぞ。果物は甘いし、こちら側にいれば襲われることもない」
「保存食が残っているうちはね……」
ノウェムが言う“こちら側”とは、要するに人用のプラットフォームのことだ。
それに対し“あちら側”となるのは線路上のことで、そこには墓守が存在する。
情報のない未確認の墓守、車体は日本だと16式機動戦闘車に類似する形状の装甲車だけど、脚回りが車輪ではなく八本の太い多脚になっていた。
一応は車輪もついているらしく、それが器用に線路の上を滑走しているんだ。
一度見た限りでは、武装が百二十ミリ以上はありそうな滑空砲で、射角が限られる地下のこんな場所ではあまり相手したくない。
こちらには“金光の柔壁”があるとはいえ、危険を避けて人用の通路を進んだ結果、四日も費やしてまだ脱出することが出来ないでいる。
「時刻は十六時を回ったところです。カイトさん、どうしますか?」
サクラが懐中時計で時間を確認し、今後の行動方針を尋ねてきた。
このまま通路を進んでいても埒が明かない、墓守が存在する理由を考えた結果、やはり空間の歪みがあるのは線路上と考えるべきか。
「今日は歩き通しだったから、どこかで休んで明日からは線路上を探索しよう。戦闘になるだろうから、疲れを残さないようにして欲しい」
「うむ、では野営地を探すとしよう。屋外ではないがな、カカッ!」
「はは、植物があるなら、せめてベッドに使える枯れ葉が欲しいですね」
「我は主様の腕枕があればどこでも眠れるぞ!」
「ノウェム! カイトは私の騎士なんだから、勝手に枕にしないで!」
「くふふ、我は左腕、リシィお姉ちゃんは右腕で手を打たんか?」
「ふざけないでっ、右腕は硬くて眠れないわっ!」
「ふふふ、それなら私を枕にしますか? カイトさん」
「ほわっ!?」
「サ、サクラ、どさくさに紛れて何を言っているのっ!?」
「ぐぬぬ……我にはないふくよかさを強調しおってからに……!」
「アウー! なら私はテュルケを枕にするー!」
「ふあぁっ!? アディーテさん、やめてくださいです! くすぐったいですーっ!」
「ぐぬぬ……」は僕の台詞だ……。
サクラの小粋な冗談だとは思うけど、思わず彼女のふくよかな胸元を見て枕にした時の妄想をしてしまった。実際に何度か押し付けられたこともあるから、それを思い出したら気落ちしていたこともどこ吹く風で、間違いなく極上の柔らかさだ。
思わず見た胸元から視線を上げると、当然のようにサクラと目が合った。
彼女は特に気にした様子もなく、こんな状況でも僕に微笑んでくれる。
今の、本気で言っていたのかも知れないな……。
「むーっ! 私だって枕くらいなれるわよっ!!」
「リシィ!? 何を言ってるんだ!?」
「むうぅーーーーっ!!」
駄々っ子リシィだ……久しぶりに見た。色々な意味で危険過ぎる。
どうしてこうなったのかは良くわからないけど、実際に枕をされると僕が興奮して満足に眠れなくなってしまう。
明日は状況を打開するため墓守にも対しようとしているんだ、何でここで妙な障害が出て来るのか。
ま、まあ、迷宮を進んでいるんだ、これくらい気楽でいたほうが良いんだろう。
小粋な冗談で沈む状況でも盛り上げる、これもまた探索者の心意気だ。
「と、とりあえず、野営場所を探そうか。枕の話はまたその時にでも……」
問題を先延ばしにしても、結局は何も解決しないけど……。
―――
そんなわけで、わかっていたさ……。
「うぅん……姫さまぁ、くすぐったい……ですぅ……」
今、僕の左腕を枕にして眠っているのはテュルケだ。
あの後、僕たちは野営出来る場所を探して地下通路を進み、程良く暖も取れて水場もある駅員待機室のような部屋を見つけることが出来た。
そして、誰が僕の左腕を枕にするかも忘れることなく継続され、最終的に突然リシィがテュルケに譲ると言い出し、どういうわけかサクラとノウェムも同調してなし崩し的にこの状態になってしまったんだ。
部屋の中は仕切りを作ることもなく皆で川の字で、配列は部屋の扉側からベルク師匠とそのお腹の上で丸まるアディーテ、サクラ、ノウェム、僕、テュルケ、リシィ。
密着しているのはテュルケだけとはいえ、皆が近いんだよな……。
「うにゅ……カイトおにぃちゃん……眠れないです……?」
「あ、ごめん、起こしたか?」
「大丈夫です。こうしてると、本当のおにぃちゃんみたいで安心出来ますです」
ツインテールでなく、髪を下ろしているテュルケは寝る時だけの極レアだ。
巻角もこの時ばかりは頭頂に伸びた状態となり、良く観察すると節で動くようになっていることがわかる。
そして何より、僕を抱き枕にするテュルケはとてつもなく柔らかい。
「明日も早いから、僕のことは気にしないで寝てて良いよ」
「はいです。……あのあの、私はちゃんとお役に立てていますです?」
テュルケは僕を上目遣いに見詰め、声を押し殺して尋ねてきた。
答えるまでもないけど、彼女は長いこと自分の役割に思うところがあったようで、しきりに役に立てているかどうかを気にしているんだ。
「うん、役に立つ以上だ。元々テュルケは戦闘面や生活面の支援ではとても頼りになっていたんだ。だから不安に思う必要はない、僕は“金光の柔壁”があってもなくてもテュルケを頼りにしている」
「えへへっ、嬉しいですですっ!」
「しー、リシィたちが起きてしまう」
「あぅ、ごめんなさいですぅ」
素直にコロコロと表情を変えるテュルケは、この一歩間違えると死と隣り合わせの世界では紛うことなき癒やしだ。
彼女の笑顔は、それだけで挫けそうな人の心を容易く救ってしまうから。
役に立つ立たないの問題ではなく、テュルケの真の固有能力はこの“癒やし”なんだろうなと僕は思っている。
「それに、僕がまだ見い出せていないだけで、テュルケが元々持っていた目と感の良さ、それに体術と“金光の柔壁”を組み合わせることが出来たら、かなりビックリするほどの使い手になると思うんだ」
「ふぇ、私がおにぃちゃんをビックリさせますです?」
「うん、テュルケは成長期だし、伸び代は一番あると思うよ」
色々な意味で……これで十五歳だと言うから末恐ろしくも思う。
「えへへ、何だか自信が出て来ましたですですっ!」
「明日は頼らせてもらうから、今日はもうおやすみ」
僕が枕にされる左手で抱え込むようにテュルケの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細め頬擦りをしてきた。
「えへへ~、カイトおにぃちゃん大好きですですっ! おやすみなさいですっ!」
天使か……可愛いなもう……!
今となっては、テュルケの固有能力は状況を覆すほどの凄まじい特性を持っている。だけど、だからと言って一人にばかり負担を掛けるのは僕の趣味じゃない。
スキル間シナジーのあるゲームは散々プレイした。
見い出すんだ、一人一人が百二十パーセントの力を引き出せ、単純な足し算にはならない掛け算の相乗作用を生み出す能力の使い方を。
銃砲を撃たせず、手脚を振ることすら許さない、そんな何者も圧倒する策を思考の果てで模索し続ける。未確認の墓守だろうと一方的に討滅するほどに……。
ただ今は、この状況でしっかり眠れるかどうかが一番の難敵だ……。