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第百六十九話 “交差世界連続体” 始まりの洗礼

「ハムモンたちも帰る時は気を付けて」

「無茶はしないサ。カイトと姫様たちも、気を付けてな」



 第十深界層に到達してから十日目の朝、僕たちは野営地の門の前で交流を通して仲良くなった探索者たちに見送られていた。


 僕たちはこれから地図のない完全な未踏領域に挑む。

 空間の隔たれた迷宮世界。確認されているだけでも、独立した世界の数は大小二桁を超え、稀に無事に帰る探索者たちの報告で更に数を増すと聞く。


 話を聞いて回ったけど、結局グランディータの居場所や“アルスガル”、あるかどうかもわからない謎の“青炎の太陽(ヴォイドチャンバー)”、そして“三位一体の偽神”のヒントになる情報は何ひとつ得られなかった。


 この“交差世界連続体”のどこかに存在してもおかしくはないはずなんだ。



「歪みを通った後は、必ず野営地の“印”を探すンダ。今も多くの探索者たちが第十深界層を彷徨っていて、野営地が設営されてる可能性もあるサ。ワタシ、テュルケちゃんにも、姫様たちにも無事帰って来てもらいたいンダ」


「ふえぇっ! ラダモちゃん、必ず帰りますですっ!」

「待ってるンダ~」



 テュルケとラダモは目尻に涙を浮かべながら抱き合っている。

 サクラやベルク師匠も別の探索者たちと挨拶を交わし、良く食べるアディーテはここに来てもやはり餌付けされていた。


 もう二度と会えないかも知れない、これから進むのはそんな領域だ。



「本当に今の私は貴方たちと同じ探索者なんだから、畏まるのはやめて! 普通の礼だけで構わないわ!」

「リシィ様、今だけはお許し下さい! 帰還のために龍血の加護を!」


「くふふ! 構わぬ、もっと崇め称えるが良いわ!」

「ははあー! ノウェム様ー!」



 あの辺りは変な宗教になっていないだろうな……。


 野営地に滞在中はリシィとノウェムの意向もあり、他の探索者と変わりなく接してもらっていたけど、やはり王族の肩書きは伊達じゃない。

 両姫君の前には探索者たちが跪き、ノウェムに至っては平伏されているから、見せつけられた神代由来種の威光に改めて驚かされる。


 来訪者の僕では、距離も近過ぎるためか未だに実感が湧かない。



「それじゃあ、僕たちは行くよ」

「また会おうサ、カイト!」

「ああ」



 僕たちはハムモンとラダモ、多くの探索者に見送られて野営地を後にした。


 彼らの行き先も様々、帰路に着く者、野営地を出た他の探索者を待つ者、僕たちと同じく更に迷宮を進もうとする者、一度孤立したくらいで迷宮探索を諦め、怖気づいて歩みを止める者は誰一人としていなかった。


 夢を見て夢に殉ずるのは愚かだと思う、生きて見る夢だってあるはずだ。

 それでも僕は、この胸の内では、彼らのようになりたいとも思ってしまっている。


 これがゲームじゃないのはわかっているんだけど……。





 そうして僕たちは、野営地から直ぐにある最初の空間の歪みに辿り着いた。



「まずはここからね。戻れないとなると、妙に胸の鼓動が早鳴ってしまうわ」

「僕も同じだけど、必ずみんなで一緒に帰るよ。大丈夫だ」

「ん……そうね、そのくらいの前向きな覚悟が必要だわ」


「保存食は一ヶ月分ありますし、食料、飲み水の確保が出来る世界との遭遇率も半々だそうですから、住んでしまうほどの意気込みで参ります!」

「然り、最悪は墓守の生体組織を食らおうと生き延びる! だからこそ、ここでは未だに多くの探索者が潜り続けている!」


「アウー! おっにくー! またカタラ食べたい!」

「アディーテさん、カタラ気に入っちゃいましたです? 私が忍び寄って角を切っちゃうのはどうでしょうかぁ?」

「くふふ、それよりも我が主様より賜った空間断ちでどうだ? のう主様よ」


「僕たちは慢心しないで安全第一に行くよ。その上で、迷宮の中で首尾良く食料、飲み水を見つけたら確実に確保出来るよう邁進しよう」



 新たな“世界”の入口となる空間の歪みの前で、皆は深く頷いた。

 この先こそが未知の道、真っ白な地図しかない真の意味での深奥迷宮だ。



「行こう、“三位一体の偽神”に文句を告げに」



 期待はしていない、だけど心の内でもうひとつの思いが過ぎる。

 この空間の歪みの先、ひょっとしたら繋がっているのかも知れない……。


 故郷、“地球”にも……。



 そうして僕たちは、深奥へと向かって一歩を踏み出した。




 ―――




「一回目の世界ガチャは外れかな……」


「がちゃ……ですか? 不思議な語音ですね」

「あ、願ったものとは違ったという話だ。メ、メモは取らなくても良いよ!?」


「でもでも、ここもとっても綺麗ですです! これ何でしょうかぁ?」

「テュルケ、待て!」



 僕は咄嗟にテュルケの手を取って抱き寄せた。



「ふえぇぇっ!? カッ、カイトおにぃちゃんっ!?」

「あっ、ごめん。でも気を付けて、下手に触ると切れそうだから」

「あぅ、見惚れて気付きませんでした……。えとえと、“透明な剣”です?」



 僕たちが最初に転移したのは、どうやら壁も天井も構成物の全てがクリスタルのようなもので出来た洞窟だ。


 “透明”という意味ではここしばらく狩りをしていた世界に似ているけど、その有様はかなり違う。洞窟の至るところにクリスタルのような鉱石が露出し、触れただけでも切れてしまいそうなほど縁が鋭くなっているんだ。


 洞窟全体が淡く青色に発光しているため、テュルケが見惚れるのは無理もない。



「カイト、見て。花のようだけれど、これも硬く尖っていて危険だわ」



 リシィが指差す先には、一見すると透明なだけの花が咲いている。

 だけど彼女の言う通り、薔薇の棘以上に鋭く尖って危険な凶器の様。



「この洞窟は歩くだけでも危険だな……。墓守が存在しないと良いけど、幸いそれなりに広いから壁際に近寄らないよう、足元も充分に注意して進もう」


「アウ~、むり~。かたいぃ~」

「カイト殿、この鉱石はアディーテ殿のつるはしでもヒビひとつ入らん。墓守に遭遇した場合、押しやれば突き刺さるやも知れん」

「それは良いですね、利用しましょう。ベルク師匠、先導をお願いします」

「心得た!」



 アディーテの“つるはし”は、それ自体に特別な機能が備わっているわけではないけど、どうも【神代遺物】の複製らしく異常な硬度だと聞く。


 そのつるはしでもヒビすら入らないとは、これを利用しない手はない。



「主様あぁ、指を切った……」

「い、言った傍から……サクラ、頼む」

「はい、ノウェムさん、直ぐに止血しますね」



 幸いにもノウェムの傷は指先のほんの数ミリで、これならサクラの治療で滲み出る血も直ぐに止まるだろう。


 突付いただけでもダメとなると、益々あまり長居はしたくないな……。





 ノウェムの手当てが終わった後、僕たちは直ぐに危険な植物や鉱石で埋められた洞窟を進み始めた。

 天井は高く、幅も中型の墓守までなら進入出来るくらいにはあるため、壁際に多く群生する花や鉱石に近づかなければ怪我の心配はない。


 だけど広さがあるということは、やはり墓守の進入も当然あって然るべきだ。



「足音から察するに従騎士エスクワイアですね。左から二体、右から一体、こちらに真っ直ぐ向かって来ます」



 僕たちが今いる場所は広めのY字路、対して枝分かれした洞窟はどちらも従騎士が一体ずつ通れるほどの幅しかない。


 これならベルク師匠の提案通り、押す作戦で文字通り押し通れそうだ。



「熱源か動体検知か、反響定位も考えられる、既に気が付かれているな」

「はい、私でもわかるくらいですから、墓守なら尚更ですね」

「僕には足音が反響し過ぎてわからないけど、距離は?」

「二体が曲がり角の直ぐそこに……来ます!」



 サクラが告げた通り、左の洞窟を少し進んだ先の曲がり角から、従騎士が縦列で姿を現した。

 武装はどちらも長剣、こちらを視認したことで速度が増している。



「テュルケ、やわらかクッション! 壁に跳ね返してやれ!」

「はいです! えいやーっですです!」



 ……効果は想定以上だ。


 “金光の柔壁(やわらかクッション)”によって従騎士は進路を阻まれ跳ね返され、壁際を埋める剣のようなクリスタルに突き刺さって見るも無残な残骸となってしまった。

 装甲もまるで紙のようで役に立たず、あの鉱石の異常な硬度と鋭さが墓守にとっても最悪となっている。


 右から来るもう一体も言うに及ばず、視認と同時に串刺しだ。



「何が凄いって、テュルケが凄い」

「えへへっ! 褒められましたですーっ!」



 僕は嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねるテュルケの頭を押さえるように撫でる。

 鉱石は何も壁際だけでなく、道の真ん中にも多少は露出して危ないから。


 それでもテュルケは嬉しそうで、僕の手を取って頬擦りまでしてきた。


 何だちくしょう……可愛いなもう……!



「ここは早めに脱出したほうが良いわね、危険過ぎるわ」


「ああ、環境が一番の敵になるのは気が気でない。これでは野営も安心して出来ないから、戦闘を避けて次の空間の歪みを探そう」



 第十深界層の洗礼、話に聞いた限りではこれでもまだマシなほうだ。

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