第十八話 誰でも出来る【鉄棺種】の倒し方
個室に移動した後、サクラによる墓守――【鉄棺種】の講義が始まる。
教練所の二階にあるこの部屋は、ルテリアで基本となる木の枠組みに石造りの壁の重厚なものだ。家具は机と椅子だけで、窓からは訓練場が一望出来る。
机の上に広げられた鉄棺種図鑑は、僕がもらったものと同じもので、今までに確認されている墓守が解体図と解説つきで載っている。
解体図がないものに関しては(未討滅)となっていて、その中でも特に目についたのは“正騎士”と“巨兵”だ。
特に巨兵の諸元の“頭頂高三十メートル”が、要するに第一防護壁と同じくらいの高さなので、挑む探索者もいないんじゃないかと思う。幸いにも、地上に出て来たことはないようだけど、迷宮深層の何とかと言う門を塞いでいるらしい。
「それでは、墓守の概要は以前お話したので、本日は“倒し方”を解説しますね」
「よろしくお願いします」
「お願いするわ」
「頑張りますです!」
リシィとテュルケは恐らく二度目だ。『力不足』と言っていたけど、彼女たちの場合は力が足りないわけじゃない、力の使い方の問題だと思う。
一応、いくつか入れ知恵はしておいたけど、この講義でもう少しマシな思いつきをして、彼女たちの力になりたい。
まずサクラは、僕が追いかけられた“労働者”のページを開いて、この世界の言語で“核”と書かれた部分を指差した。
円筒形の胴体の最上部、そこには半透明でキューブ状の基盤があって、その中心にあるのが“核”だ。掌に収まるほどの板で、PCのCPUに似ている。突き詰めていくと、異世界でも同じような形になるのか。
「倒し方と言っても、やることは魔物を倒す時と変わりありません。何よりもまず核を破壊する、それだけですね」
魔物までいるのか……。内に墓守、外には魔物、ルテリアの三重の防護壁は、内外ともに必要なものなんだな……。
「それだけを聞くと簡単そうに思えてしまうけど、そうではないんだよね?」
そして恐らく、それはこの世界の人種基準の話で、地球人となると一筋縄ではいかないんだと思う。探索者をしている日本人、それも名前の印象からして女性は、一体どうやって墓守を相手にしているんだろう……。
「はい。墓守には、魔物が持つ甲殻よりも遥かに硬い装甲が備わっていますから、核に至る手段が必要となります」
だからこそリシィの光矢は有用で、それに頼らなければならないのか。
「貫通力のある攻撃ね……わかってはいたけれど、それでも敵わなかったわ」
「墓守ごとに見合った攻撃手段がありますから。リシィさんは、重点的にその辺りを学んだ方が良いのと、経験豊富な仲間を集めることでしょうか」
「最初は様子見だけのつもりだったから、ここまで思い知ることになるとは思わなかったの。助言は素直に聞き入れるわ」
「最初からお嬢さまの【銀恢の槍皇】を使うのはダメです?」
「それだと、詠唱中のテュルケの負担が大きいから、私は了承出来ないわ」
「それにリシィさんの神器と同じく、墓守も神代由来ですから、それだけは忘れないでください」
「そうね……」
ジル……何? “神器”と言うのは、【神代遺物】と同じものかな……。
「カイトさんは、間近で見るのは初めてでしょうか?」
サクラはそう言って、漫画単行本大の墓守の装甲を取り出して置いた。
迷宮で見た労働者と同じ、緑色の塗装に赤茶けた露出がある装甲。明かりの下で見ると良くわかる、その赤茶けた部分は錆と、そして“肉”だ。この“肉”は今も蠢き、独自に活動していることがわかる。
「まさか、この生体組織は装甲そのものにも食い込んでいる?」
「はい、仰っしゃる通りです。この赤茶色になった部分が、“侵蝕装甲”となります」
「これは、何度見ても気持ちの良いものじゃないわね……」
「うえぇ……気持ち悪いですぅ……」
リシィとテュルケの言いたいことは良くわかる。
装甲板の鋼鉄が、ボロボロのグズグズにされてしまっているんだ。
普通これは、バイオセーフティレベル四だ。間違いなく深刻な収容違反だよ。
「本当に気持ち悪いね。この手のは大抵人も侵蝕するけど、こんな無造作にあっても大丈夫なのか?」
「人に害はないので、触っても大丈夫ですよ」
ない……のか……。
サクラは『どうぞ』と言うように装甲板を向けてくるけど、絶対に嫌だ。
「ゼッタイサワリタクナイ」
「同意するわ……」
「ふえぇ、私も嫌ですぅ……」
そりゃ片言にもなってしまう……。
満場一致で可決されたことによりSC……じゃなかった、装甲は仕舞われた。
「新鮮ですのに……」
食べないよね? 食べないよね!?
「ご覧になられた通り、侵蝕装甲はその構成を破壊されています」
「なるほど……要するに、そこを狙えば良いと言うことか」
「はい。とは言っても、必ず核に届く範囲に侵蝕装甲があるとは限りません」
僕たちが遭遇した砲兵は、脚を中心に“肉”が侵蝕していた。
円盤状の胴体は綺麗だったから、余計に苦戦してしまったんだ。
だけど、だとしたら尚更、侵蝕装甲を頼りにした戦術は期待出来ない。恐らくこの世界の人々は、その辺りを固有能力で補ってしまっている。
どうしたものか……サクラのアドバイス通り、仲間を、様々な攻撃手段を用意するしかないのか。
それにしても、この“肉”は何だろうな……ここまで来たら、ナノマシンと言うこともあり得そうだけど……うーん……。
……講義は続く。
と言っても、この後は各墓守の核の位置やそれぞれに有効な手段など、僕が学びたかったものとはかなりずれていた。
“詳細不明”が多いことから、僕が求めるものの解がないことは察していたけど、これはもう実際に自分の目で確かめるしかないのかも知れない。
探索者か……折を見て相談してみようか……。
【重積層迷宮都市ラトレイア】、それに挑むことの重みは理解している。
―――
一通りの講義が終わり、教練所を後にする頃には夕暮れ時になっていた。
「変な空の色だな」
「そう? 私は綺麗だと思うわ」
「ですですっ、美味しそうですっ!」
「このルテリアでは、あまり珍しくない空の色ですね」
テュルケの言う『美味しそう』は良くわからないけど、何かの先触れのように、夕焼けの空は紫色に染まっていた。
澄んだ空気が今まで以上に冷たく感じて、悪寒だと錯覚しそうなほどにチクチクと肌を刺す。
「兄ちゃんたち、俺の父ちゃん知らない?」
大通りに向かって歩いていると、唐突に見知らぬ少年が声をかけてきた。
少年の背後には、隠れるように小さな女の子もいる。二人は明るい茶髪で、うさぎのような耳が生えた恐らくは兄妹だ。
「いや? 君たちのことも知らないし……サクラは?」
「ごめんなさい、私もどなたかは……」
僕のことを、驚いたように目を丸くしてまじまじと見る少年。
何だろう、僕は流石に父ちゃんじゃないと思うけど……。
少年はひとしきり僕のことを見た後で、途端に表情を輝かせた。
「兄ちゃん来訪者か!? すっげえはじめて見た!」
「お、おお? そうだよ、最近来たばかりなんだ。名前はカイト、君は?」
「カイト兄ちゃんか! 俺はヨエル、こっちは妹のムイタ。よろしくな!」
ヨエルとムイタ。ムイタは人見知りなのか、ヨエルの背に隠れたまま、それでも興味津々で僕……ではなくリシィを見ている。
「私はリシィティ……リシィで良いわ。よろしくね、ヨエル、ムイタ」
リシィに続いて、サクラとテュルケも思い思いに自己紹介をした。
その間、ヨエルはあからさまに照れくさそうにしていたけど、その気持ちは男の僕には良くわかる。皆、美人さんだよね。
「それでヨエル、父ちゃんがどうしたんだ?」
「うん、俺の父ちゃん探索者でさ、月の初めにいつも届く手紙が来ないんだ。もう一ヶ月も……だから、探してるんだ!」
「それは……」
リシィが何かを言おうとして口を噤んだ。
サクラもテュルケも、どこか困ったような笑顔を向けている。
探索者で、いつも届く手紙が来ないか……まだ歳は十にも満たないだろうムイタは兎も角、ヨエルはその辺りはわかっていて然るべき年頃だ。
父親がどうなったのか想像は出来ても、やはり簡単に認められるものではないから、こうして探しているんだろう。
きっと、彼ら自身が確信を得るまでは、いつまでも、ずっと……。
「ヨエル、父ちゃんのことを教えてくれないか。しばらく探索区に来るからさ、僕も見かけたら知らせるよ」
ヨエルは一瞬不安な表情を見せ、それでも精一杯に笑って返事をする。
「ああ! ありがとうカイト兄ちゃん!」
ここは、僕が思う以上に死が隣り合わせにある世界だ。
それは恐らく、現代地球以上に誰の身にも訪れる、不幸。
ならせめて、手が届く範囲だけでも、その負担をどうにかしたい。
無力は、本当に嫌なんだ。