第百六十五話 最後の深部探索拠点にて
「ふわぁ……姫さま、見てくださいです! 透き通ってますです!」
「ええ、驚いたわ。こんなものは始めて目にするわね……」
「家具はこの界層で取れた木材で作ってますンダ。姫様たちに使ってもらえるよう、最高のものをご用意しましたンダ!」
「ふんすっ」と鼻息を荒げ、垂れ犬耳の少女ラダモ ペリューが教えてくれた。
ハムモンさんと同じ名字だけど、別に家族や婚姻関係はなく同じ村の出身とのことで、雰囲気も似てとてもゆるい印象だ。
頭頂から左右に垂れた茶色の犬耳と、やはり垂れた目尻が特徴で、野営地内での僕たちの案内役を務めてくれている。
ギルド職員や探索者を纏める代表者はいないようで、ここでは滞在するパーティのリーダーたちが様々なことを決定するのが流儀のよう。
「不思議ですね。手触りは木そのものなのに、見た目は硝子細工のようです」
「薄っすら発光もしているな。これが木材なのか……」
僕たちが野営地に入ると同時に、ティッポさんの知らせを受けた探索者たちに熱烈な歓迎を受けた。
巨兵を討滅し、孤立した彼らに帰還の道を開くことが出来たから、今回ばかりは僕自身もやり遂げた実感がある。
野営地、第十深界層の入口となるここはかつての管理施設だろうか、立ち並ぶいくつかの建物を改装し、探索者が休息するための場所としているんだ。
周囲は壁と天井に覆われ、界層の様子を伺い知ることは出来ない。
「アウー、おいしくないー……」
「カカッ! アディーテ殿、これは食物にあらず家具だ!」
そして、先程から皆でしきりに興味を向けているのは、案内された宿泊施設の一室にあった“透明な家具”。
薄っすらと青く発光していてこれだけでは暗いものの、ランタンなしでもそれなりに周囲を照らしてくれている。内部が丸見えのデメリットもあるけど、ラダモさんが言うにはこれがこの界層で取れた木材で作られているらしい。
透明で発光する植物……僕がプレイしたゲームなんかでも、神秘的な世界観を構築するために良く見かけたものだ。
変な方向に進化して、動く敵対種になっていないことだけは願う。
「では、ご用があったら呼んでくださいンダ」
「うん、ありがとう。だけどラダモさんも探索者だよね、畏まらないで良い」
「でも、ワタシ元々こんなンダ、気にしないでくださいンダ。呼び捨てで良いサ~」
「そうか。わかった、何かあったらお願いするよ」
「ありがたや~」
そう言ってラダモは部屋から退出する。
部屋と言っても元が家屋ではなく、窓にガラスも嵌まっていない天井があるだけの殺風景な空間だ。床も壁も材質がコンクリートのような無機質なものだから、気を付けないと翌日は体が痛むかも知れない。
室内に透明な家具は大机がひとつと椅子が四つ、戸棚が二つあるけどベッドはない。奥にもうひとつ部屋があるので、そちらを女性用の寝室に使ってもらおう。
「ノウェムは大丈夫か?」
何度目になるだろうか、今日だけでやたらと「大丈夫?」と声をかけている。
「主様は心配性よな。直ぐサクラに調整してもらえたことで、こうして寝ているぶんに辛い思いはせぬ。主様も枕になるより、我とともに横にならぬか?」
ノウェムは大人しく横になっていると思いきや、床に座っている僕の脚をしっかり膝枕にしている。ベッドがないため、床に布を敷いた上でのゴロ寝だ。
「今は枕でいるよ。神器のおかげで特に何ともない」
「むぅ……絶好の機会と思うたのに……」
「……ノウェム、意外と余裕があったりする?」
「ごほっ! ごほっ! また血が逆流して来おった……」
明らかに三文芝居だ。
「カイト……貴方は本当に大丈夫なのよね? あれだけ吐血したのに」
「ああ、リヴィルザルの“創生”の力は知っているだろう? ここまで急激な回復は初めてだけど、打ちつけられた痛みももうないんだ」
「野営地に入ってから改めてカイトさんの体を確認しましたが、命に関わるような怪我は残っていませんでした。リシィさん、大丈夫ですよ」
「そ、そう、それなら良いの……。カイトは段々と竜種に近くなってきたわね……」
「それは洒落にならないけど、深層へ向かうには頑丈なほうが安心は出来るな」
「カカッ! カイト殿なら、そのうち竜化をやり遂げてもおかしくはない!」
「はは、リシィの竜騎士となれるなら本望ですね」
「んっ!?」
ベルク師匠は冗談のつもりで言っているんだろうけど、この世界は冗談を冗談のままにしてくれないので、あり得るかも知れない……。
皆の視線は僕の右腕に向けられている。“神器”とされるだけで、実際にこれが何なのかまではわからない未知の【神代遺物】。
急激な回復は、恐らく神器の“侵蝕”が進んだ結果なんだ……。
「アウ~、おいしいの匂い~」
「祝宴の準備が進んでいるようですね。アディーテさん、ラダモさんが呼びに来るまでは待っていてくださいね」
「アウ~」
とりあえずは夕食にしよう、今直ぐに休みたいけどお腹は減る。
こんな、食料の補給を常に意識しなければならない迷宮の奥では尚更に。
◇◇◇
疲労から眠気を感じ始めた頃、ラダモが宴の準備が出来たと呼びに来た。
「これは何の肉なんだ?」
「第十深界層にある独立世界に生息する野生動物ですンダ。独自に進化したものらしいンダけど、カタラのような生き物サ~」
「こんな迷宮の奥深くに野生動物が、凄いな……」
今は宿泊施設の前、野営地の広場となっている場所に皆でいるわ。
探索者たちが開いてくれた祝宴、その一角に腰を下ろし料理を前にしている。
並べられている料理は野生動物の肉を焼いたものみたいだけれど、他に発光する透明なサラダや果物もあって、どれもこの界層で採れたもののようね。
見た目が不思議なだけで、普通に食べて良いものよね……?
「うえぇっ!? このサラダ、とってもとっても苦いですぅっ!」
「えっ、に、苦いの……し、仕方がないわ、それでも折角だから頂くわ」
テュルケにサラダを取り分けてもらって恐る恐る透明な葉を口にすると、何とも言い表せない苦味が口いっぱいに広がった。
「ううっ!?」
「姫さま!? お肉! お肉なら美味しいですですっ!」
「むぐっ! んくんくんくんく……ううぅ、これはとてつもない苦味ね……」
「姫様、それは栄養だけはあるから噛まずに飲み込むンダ。絶対に噛んだらダメなンダ」
「ハムモン、そう言うことは先に教えて欲しかったわ……」
「もっ、申し訳ないンダ!」
今この野営地には私たちの他に四パーティ、総勢三十名ほどが滞在している。
孤立したことで脱出路を探しに出た者や、迷宮の奥を目指した者を含めると更に多くなるとのことだけれど、その総数は把握されていないようね。
ここから先は地図がなくなる……不安はあるけれど、浮かれてはしゃぐ探索者たちに混じりカイトが情報収集をしてくれている。大丈夫……。
それでも、先程から放って置かれているのは不満を感じてしまうの……。
「ノウェムばっかり……」
「ふぇ? 姫さま、どうかしましたです?」
「ななっ、何でもないわっ! 苦味がなくならないわね……と」
「ですです! この苦味、料理法で何とかなくしたいですぅ」
「ええ、頼りにしているわ、テュルケ」
「お任せくださいですっ!」
うー……カイトの行動がいつも皆のためなのはわかっているけれど、わっ、私だってノウェムみたいに抱っこ……ち、ちち違うっ、そそんなことをされたら平静を保てなくなってしまうわっ!
傍にいてくれるだけで良いはずなのに、ノウェムを羨ましいと思ってそれ以上も望んでしまって、けれど実際にそれ以上があったら私はきっと恥ずかしくて真っ赤になってどうしようもなくなって……ああーーーーーーっ!!
「ひっ、姫さま!? お顔が真っ赤ですけど大丈夫ですです!?」
ああああ……うぅーーーーーーっ!!
「え、ええ、だいじょう……そうね、テュルケにだけは伝えてしまうけれど、カイトに傍にいて欲しくて色々と考えてしまって、頭が沸騰してどうしようもないの……」
「えへへっ、そうでしたか~♪」
自分だけではどうしようもなくなって伝えたのは良いけれど、何故テュルケは満面の笑みなのかしら……。
「それでしたら、こちらからお傍に行くのはどうですですっ! カイトさんも絶対の絶対に嬉しいはずですですっ!」
「んっ!? そっ、そうよね……頑張っている彼を支えるのも主の務めよね……」
「はいリシィ、果物を貰って来たよ。これなら甘いって」
「きゃああああああっ!?」
「おわっ!?」
突然声をかけられた方を驚いて見ると、いつの間にかカイトが私の隣に座っていて、透明な果物を差し出していた。
……
…………
………………
……もー、もー、もーーっ、もーーーーっ!!
どうしてこの人は、こういうことを自覚もなしに平然とやるのかしらっ!
心の声でも聞こえているのっ!? 私の瞳の色を逐一気にしているのっ!?
本当にカイトったらっ!!
「あ、あれ? リシィ、何か怒ってる?」
「怒ってなんかいないわっ! ふんっ!」
嬉しいだけだものっ!!