第百六十四話 大黒門を越えて
僕たちは傷の手当てをし、塔内で半日ほど休んだ後は大黒門の前に来ていた。
「ノウェム、カイトは荷物まで持っているのよ。良い加減に下りなさい」
「何を言うか、我はまだ体が辛くて思うように動けぬ。どのみち門の向こうに野営地があるのならば、そこまでくらいは良いではないか」
「うっ……むうぅ……」
ノウェムの反撃を受け、リシィは唸りながら押し黙ってしまった。
今の状態は、ノウェムが僕の首に手を回してお姫さま抱っこをする形だ。
僕も万全な状態じゃないけど、動けるようになったら野営地まで行ってしまったほうが良いだろうと判断して大黒門に来ている。
荷物はリシィとサクラも持ってくれているし、最悪は取りに戻れる距離とのことで、この扉の向こうがいきなり野営地だったりするのかも知れない。
「それで、これはどうやって開けるんだ……?」
大黒門は巨兵よりも大きく、見上げるほどにそびえ立っている。
その高さは五十メートルはあるだろうか、やけに細く見えるけど確実に人力で開けられるものではない。
門があるのは塔の広場を挟んだ対面、五メートルほど窪んだ壁の中央。
ただ一般的に想像する門とは違って下方に末広がりの台形で、中央の分割線が互い違いに入っているのでSF染みた開閉機構なんだとは思う。
「ここまで到達したのは私たちが始めてですから、わかりませんね……」
「最悪は巨兵自体が開閉装置の可能性もあるな……」
「ふえぇっ!? ここまで来て開かないですぅ!?」
「それは困るわ。ノウェ……テュルケを早く休ませてあげたいもの」
「カイト殿、あそこの壁面だけ艶があるように見える」
「え? あ、タッチパネルかな……?」
ベルク師匠が指し示した先は大黒門の袂、黒塗りの壁に一箇所だけ艶光りするやけに目立たないタッチパネルのようなものだ。
僕は左の掌に刻まれた“鍵”を見る。ノウェムが何故か覚悟を決めたような表情をしているけど、別に僕はこの手で彼女をまさぐるつもりはない。
「ものは試しだ、鍵をかざしてみるよ」
「カイト、気を付けて」
「ああ」
アシュリンから移譲された“アルスガル”の起動コード、管理権限があるならそこに至る道程でも有効であっておかしくはない。
僕がタッチパネルに近づいて恐る恐る左手を押しつけると、硬質な電子音が鳴るとともに壁の内側から無数のアンロック音が聞こえ始めた。
ゴンッゴンッゴンッと重い振動が伝わり、大黒門が開き始める。
「お、おお……」
メカニカルなギミック、廃城ラトレイアの正門では叶わなかったSF扉の実物が、今まさに目の前で可動している。
どうなっているのかはわからない、秘密箱のような複雑に絡み合う無数の鋼鉄で出来た開閉機構。僕が待ち望んで止まなかった浪漫だ。
「素晴らしい……感動だ……」
「主様は相変わらず変なお人よな……」
「はは……この手の仕組みが好きでさ……」
そして、完全に開ききった門を見て、巨兵が衝突してもビクともしない理由がわかった。床に残る溝を数えた結果、扉の枚数が十二層にもなっていたからだ。
奥には大黒門と同じ形の巨大な通路が続き、一キロほど進んだ先にまた扉らしきものが見える。相変わらず青光の溝が光源になっているけど、真っ黒な壁のせいでどうにも暗く重苦しい。
僕はそんな薄暗い通路に真っ先に踏み入った。
「みんな、行こう」
―――
二つ目の大黒門を抜け、緩やかな傾斜で下る通路を進む。
その先にも更に大黒門。十二層も連なる同じ門が既に三つとは、随分と厳重だけどそれなら他の場所から進入出来たのは何故だろうか。
「サクラ、縦坑は人が開けた進入路なのか?」
「そのような話は聞いたことがありません。もしも探索者によるものなら、界層の復元で内壁だけは修復されてしまいます」
「つまり、復元が機能する前に開けられた穴……このラトレイアにまだ人がいた頃のものだ……。何があったのか……」
「主様よ、確証を得られぬものに思いを馳せたところで、見えるものは何もないぞ」
「そうだよな……少しでもこの迷宮の秘密に迫ることが出来ればと思ったけど、結局は謎が増えただけだ」
「しかし、カイト殿の思いもわからんでもない。このような厳重な門と巨兵で封鎖しなければならないほどの理由が、この奥地にある。“三位一体の偽神”、いったい如何ような存在か」
話して良いものか迷うな……竜種であるリシィやベルク師匠にとって“神龍”とは祖龍でもある。
「“三位一体の偽神”は“神龍”だ」なんて、どう告げたら良いのか……。確信があるだけで確証がない以上は断定も出来ないし……野営地で情報を収集して、グランディータのいる場所に目星をつけたいところだけど……。
そもそもがこの迷宮に彼女はいるのか……。
「カイト、また考えごとをしているわね。着いたわよ?」
「え、あっ、ああ、ごめん。偽神の正体について考察していた」
「カイトさん、何かわかりましたか?」
「うーん……確信に近いものはあるけど、もう少し情報収集をしたい」
「主様、慌てることはない。まずは野営地で英気を養おうではないか」
「うん、そうだな。門を開ける」
三つ目の大黒門が開く、正確にはこれで三十六枚の扉。
だけど、開いた先の光景はこれまでと明らかに様相が異なっていた。
「アウーッ、おいしいの匂いーっ!」
「アディーテ、まずは説明をしてからね……」
「アウー」
開いた最後の大黒門の先に見えたのは、燃える松明やランタンの炎。
門の周囲で円陣を組み、武器を構えて様子を伺う探索者たちの防御陣地だ。
恐らくは、巨兵が門に激突する音がここまで伝わっていて、襲撃される可能性を想定して戦闘の準備を整えていたんだろう。
「警戒されていますね」
「大黒門側から来れば警戒もされるよな」
「誰かこっちに来ますですです!」
十二枚の分厚い扉のせいで表まではまだ数十メートルあり、それでもこちらの姿を認識した探索者たちが確認として人を寄越したんだ。
三人の探索者が通路に踏み入り走って来るけど、まあ焦ることはない。
その三人は如何にも機動力のありそうな獣種で、ピンと立った犬耳の男性、垂れ耳の女の子、そしてティチリカと同じ兎獣種の三人だ。
「おまえら、どっから来たンダ!」
走り寄って目の前まで到達したところで、男性は僕たちに質問した。
「僕たちは行政府からの依頼を受け、大黒門の開放を目的として来ました」
「ま、待て! 巨兵はどうしたンダ!? この先には……」
「勿論、巨兵は討滅して動かなくなったことを念入りに確認しています。実際に見てもらうか、ここに僕たちがいることが何よりの証明です」
三人は唖然とした表情で僕たちを観察している。
反応としては当然だ、巨兵討滅をなすとしたら大部隊編成になるだろうから、わずか単一パーティしかいない僕たちにいまいち確信がないんだろう。
「面倒だ、我は直ぐにでも休みたい、これで納得するが良い」
ノウェムが僕にお姫さま抱っこをされたまま光翼を展開した。
三人の探索者たちの唖然とした表情が、今度は色濃い驚愕に変わる。
「セッ!? セーラム高等光翼種!? エルトゥナンの!?」
「一応、元“姫”の立場ではあった。ついでにそこに“龍血の姫”もおるぞ」
「『ついで』は気にかかる言い方だけれど……安心しても良いわ、私はリシィティアレルナ ルン テレイーズ、孤立した貴方たちの救援に来たの」
“権威”はここでも有効なんだろう、ノウェムにわかり易く目に見える事実を畳みかけられ、三人は更に驚愕を通り越して血の気まで引いてしまっている。
そして唐突に思い出したように、その場で跪いて頭を下げた。
「ごっ! ご無礼をお許しくださいンダ! オレ、いえワタシはハムモン ペリューと言いますンダ。こんなことサ、始めてでどうしたら良いか……」
「三人とも頭を上げて。今の私は貴方たちと変わらない一介の探索者なの、普通の礼で構わないわ」
「ああ……ありがたや~。オレ、故郷に帰ったら光翼の姫様と龍血の姫様にお会いしたって自慢するンダ。ありがたや~」
改めて目の前にした“光翼”と“龍血”の権威に僕まで驚いた。
三人は揃いも揃って、跪いたまま涙を流してまで拝んでいるから。
このままでは埒が明かないと思ったのか、サクラが前に歩み出て来る。
「私たちは巨兵との戦闘の後で休息を必要としています。野営地まで案内してもらっても構いませんか?」
「はっ!? これは申し訳ありませンダ! ティッポ、外の連中に知らせて宿泊の手配を。オレたち帰れるンダってなっ!!」
「ふぇっ!? ふぁいっ! 行って来るノンッ!」
ティッポと呼ばれた兎獣種が、ペリューさんの指示を受けて野営地に走り出した。
そうか、ティチリカのあの語尾は兎獣種に共通する話し方だったのか……。
僕たちはこうして、【重積層迷宮都市ラトレイア】の第十深界層に到達した。