第百六十一話 対巨兵前哨戦
巨兵の踏み込みが地響きとともに衝撃を生み出し、僕たちは巻き上げられた土埃を吸い込まないように口を覆って耐える。
頭部と左腕のない巨人、三十……いや、四十メートルに近い鋼鉄の重装騎士が、一歩一歩その威容を見せつけるかのように迫って来る。
威容……最早異様か、隻腕無頭の大巨人、こうなってしまったからには仕方がない、神器に頼らず討滅法を確立させるしかない。
「テュルケ、まずは……」
「“様子見”ですです!」
僕たちは巨兵の剛拳の範囲を見極め、適切な距離を空けて散開する。
最前衛はテュルケ。臆することもなく巨兵の眼前に対峙し、剛腕が振り上がるタイミングを見計らう。
そして、薙ぎ払われた剛腕は押し潰そうと迫る戦車に等しい大きさと質量で、だけど僕たちに到達する前に“金光の柔壁”が阻んだ。
ただでさえバランスを失っている巨兵は体勢を崩されて一歩後退る。
「うー、跳ね返せましたです……。でもでも……」
「後ろにいたら一緒に吹き飛ばされるな」
“金光の柔壁”の問題点は固定されていないこと。
銃砲の攻撃ならともかく、圧潰しようと迫る大質量に対しては反射するまでのわずかな瞬間で吹き飛ばされてしまう。
“金光の柔壁”は殴られ壁に打ちつけられ、それでも“反射”の特性は相殺出来ないらしく剛腕を跳ね返すことが出来たんだ。
なら、もし巨兵の大質量を余すことなく返せれば、テュルケの固有能力だけで自壊させることが出来るかも知れない。
「サクラ、ベルク師匠、予定通りに押さえる。リシィ、テュルケ、頼む!」
「はい!」
「心得た!」
「テュルケ、合わせるわよ!」
「はいです! やってやるですです!」
巨兵は再び、仰け反った姿勢から戻る反動で剛腕を振るう。
その拳の先には、前衛を入れ替えてベルク師匠を中心に左右を僕とサクラで挟んだ三人、本来なら薙ぎ払われて終わりだけど……。
「今っ!!」
「はああああっ!!」
「おおおおおおっ!!」
――ゴッゴゴッゴンッゴオオォォォォォォンッ!!
僕たちの眼前に、剛拳を阻むほどの“金光の柔壁”が展開された。
そして、その後ろにはリシィの光盾。インパクトの瞬間に合わせて光盾の裏でベルク師匠が体当たりをし、僕とサクラも銀拳と鉄鎚で打撃を加える。
皆の力を合わせた、剛腕の攻撃を完全に相殺するカウンターだ。
ここまでしても押されたけど、何とか“金光の柔壁”による反射が剛腕を跳ね返し、巨兵は仰け反りながら五歩も後退して膝をついた。
「二人とも、異常は!?」
「私は大丈夫です! まだ余力はあります!」
「然り! 竜種の頑強さと剛力を甘く見られては困る!」
「良し、この調子で壁際まで追い込む!」
自分たちよりも遥かに格上を相手にする時、その相手の力を利用するのはゲームだろうとどんな創作物でも常套手段のひとつだ。
“金光の柔壁”は、受け止めさえすれば押された同等の力で跳ね返す。
こちらもテュルケの神力が枯渇するまでの勝負だけど、いくら頑強だろうと自らの攻撃を返されては、防護フィールドも関係なく構造体そのものに負荷がかかるはず。
更にこれは、壁際にまで追いやることで衝突ダメージも追加する策。
作戦『やわらかクッションは何者も通さない』、我ながら壊滅的なネーミングセンスだとは思うけど、巨兵を討滅する足掛かりとしては上々だ。
「二撃目、来るぞ!」
「はああああああっ!!」
「おおおおおおおおっ!!」
――ゴンッゴッゴオオオオォォォォォォンッ!! ガリッキイィィッ!!
再び剛腕を“金光の柔壁”に阻まれ、押さえられ、巨兵はたたらを踏んで今度は尻餅をつき、装甲と鋼鉄の床が擦れて耳障りな音を立てた。
ここでもし、巨兵が別の武装を展開したなら作戦を移行しなければならないけど、行けるところまではこのまま繰り返し続ける。
相手が機械、プログラムで動いているなら『パターンに入った』となっても別におかしくはないんだ。
そんなに容易くないこともわかっているけど、だからこそ観察し続ける。
「三撃目!」
「はああああああっ!!」
「おおおおおおおおっ!!」
――ゴンッゴッガキイイィィィィィンッ!!
音が変わった、懲りずに跳ね返された剛腕が衝突したのは大黒門。
甲高い金属音は異常に硬いことを示し、遠目に見ても今の衝突で拉げたのは巨兵の装甲のほうで、太陽の光でさえも閉じ込めてしまいそうな黒色の門には少しの傷も見当たらなかった。
「カイト、行けるわ!」
「テュルケ、神力の枯渇は大丈夫か!?」
「まだまだ行けますです! どーんと来いですですっ!」
次いで攻撃手段が変わったけど、踏み込みからの蹴りも“金光の柔壁”で跳ね返すことが出来、拳よりも体重が乗っていたせいか巨兵の股関節部から破断音が聞こえた。
ただ、ダメージを負うのは必ずしも巨兵ばかりではない。
巨体の蹴りによる衝撃は、“金光の柔壁”と光盾を通したところで、僕の全身に少しずつ蓄積する痛みを一気に加速させたんだ。
「ぐっ……」
「カイトさん、後は私たちに任せて……」
「大丈夫……。ノウェムが今まさに小さい体で頑張ろうとしているんだ。その主様がこれしきでへこたれていては、彼女に顔向け出来ないよ」
ノウェムとアディーテは今ここにいない、彼女たちは……。
「カカッ! その意気や良し! 後は某がお引き受けいたす!」
「え、何を言っ……うわっ!?」
「きゃっ!?」
突然ベルク師匠に体を掴まれ、僕とサクラは後ろへと放り投げられた。
別に危機的状況でもこの後の手段がないわけでもなく、何故……!?
「ベルク師匠!?」
「小さきおなごが体を張り、我が友が自らを顧みず拳を振るう、某は武人として感極まりその上で恥ずべきとも感じた!」
「師匠、前っ!!」
巨兵は最前衛に一人となったベルク師匠に対し好機と見たのか、彼目掛けて剛腕を叩きつけるように振り下ろした。
「カカッ! 最早出し惜しみはなしだ巨兵! 紫電迸れ【雷轟竜化】!!」
剛腕を眼前にベルク師匠から帯電する蒸気が噴き出し、その姿を隠してしまうほどの白煙の中で金光と紫光が瞬いた。
だけど“金光の柔壁”は鉄壁ならぬ柔壁、何度打たれようとも再び跳ね返し、それでも拳圧による衝撃が蒸気を吹き飛ばす。
たった一人で巨兵の剛腕を押さえたのは、紫電を纏う黒鋼の竜。
まさか、ベルク師匠なのか……!?
「カカッ! 容易い! それしきで某は打ち倒せんぞ!」
黒鋼の竜が反響する重い声音で告げた。間違いない、ベルク師匠だ!
「“竜化”!? 失われたはずなのに、まさかガーモッド卿が……!?」
「ふえぇっ!? たまに“先祖返り”するってあれですです!?」
“竜化”、ベルク師匠の姿はその言葉の意味そのものに変わっている。
これまであくまでもずんぐりとした重装騎士だった彼は、今はスマートで精悍な印象の黒鋼色の鱗に覆われた竜に姿を変えてしまっているんだ。
全長は長く伸びた首から尻尾の先まで十メートル近く、体高も横幅があった分だけ伸びているようで、竜鎧の合間では塞がってそう時間の経っていない数多くの傷痕が、鱗を切り裂いて縦横無尽に走っていた。
弩級戦車の電磁加速砲砲弾が直近を抜けた傷、巨鷲の三十ミリガトリング砲銃弾を受けた傷、全身に刻まれたそれは彼が皆を守り続けた生き様の証。
「カイト殿、この姿は十分と持たん! だがしかし、ノウェム殿とアディーテ殿ならやり遂げる! そうであろう!」
「……ベルク師匠、その通りです! それまで万が一にも邪魔な腕を排除する、そのために出来るだけのことをやります!」
「カカッ! ならば、このベルク ディーテイ ガーモッド一世一代の大勝負、今ここにお見せいたす!!」
ベルク師匠がこんな隠し玉を持っていたなんて……。
制限時間付きの強化固有能力、レッテと違って自我はあるようだけど、これまで使わなかった理由は武人としての矜持と、恐らく相応の負荷もあるんだ。
「わかりました……! サクラ、この余力は無駄にしない、僕たちは全力で攻撃に回る! リシィとテュルケは作戦通り、ベルク師匠と息を合わせくれ!」
「はいっ! 右腕に攻撃を集中します!」
「任せなさい! 決して砕けない盾を形作るわ!」
「はいですです! 絶対の絶対に負けませんです!」
予期しない可能性、それは僕の及びもつかないところから現れる。
人の人たり得る可能性、それは当然皆の内にも存在する。
なら僕も、可能性の彼方で夢を掴むために腕を伸ばす。
「ルコ、“願い”の力を借りる!」
人の身ではあまりに過ぎた力、“刃槍”は要らない。
僕が握り締めるのは、“正義の味方”が振るうただの“青き槍”だ。
その剛腕、人の願いをもって穿ち貫く!