第百六十話 まずは一穿ち
巨兵が座す塔の中心は、観客席こそないもののまるで円形闘技場だ。
天井はなく吹き抜けとなっていて、陽光が白い壁面を反射して鋼鉄の巨人を照らす様は幻想風景として申し分ない。例えそこが死地であろうとも。
塔の中心から出るには人用の入口があるだけで、巨兵が外に出るとした塔の上に登るしかなく、本当に門を守るためだけに存在するのかも知れない。
「みんな、準備は良いか?」
「ええ、打ち合わせ通りに抜かりはないわ」
「はい、この身も心もカイトさんとともに、どこまでもお支えします」
「主様、遠慮は要らぬ。我は何より家族の役に立ちたいのだ」
「はいですです! 作戦の要は怖いですけど、がんばりますです!」
「うむ、如何な剛腕の一撃も、テュルケ殿とともに凌いで見せようぞ!」
「アウー! がんばるー!」
「良し、巨兵を討滅する!」
僕たちは勢いをつけ扉から内部に雪崩込んだ。
下から見上げる巨兵は正騎士と比べものにならない威容で、憤怒に形作られた頭部のデザインが、それだけで気圧されてしまうほど僕たちを睨みつけている。
そして、血でも被ったかのように赤黒く汚れた装甲は見るからに分厚く、巨体に相応しい長く太い剛腕が敵対者を容易く微塵にしてしまうことを連想させた。
恐らく、あの剛腕は普通にやっては捌ききれない。
「サクラ、テュルケ、牽制を頼む。安全第一で」
「はい!」
「がんばりますです!」
僕の指示でサクラとテュルケは身を屈めて走り出した。
内部の広間は完全に円形で直径がおよそ二百メートル、剛腕を振るわれても充分に避ける余裕はあるけど、攻撃範囲を考えたら壁際に追いやられるわけにはいかない。
困難を承知だからこそ、出来れば動くことすら許さずに討滅したいところだ。
ヨーさんの助言では、巨兵の核の位置は首の付け根にあるとのこと。
それを成すため唯一の“肉”による侵蝕装甲も頭部、しかも脳天。
本来なら弱点には届かないけど、僕たちにはその手段がある。
「ノウェム、転移陣。相対位置を固定、巨兵の脳天から貫く」
「くふふふふっ、承った我が主様よ!」
ノウェムは嬉しそうに四枚の光翼を展開して腕を振るった。
翠光が舞い、小さくとも確かな光の円陣が彼女の前方の空間に穴を開ける。
転移陣の向こうに見えるのは、間違いなく巨兵の頭頂部だ。
「リシィ、頼む」
「ええ、カイトに神器を託すわ。一撃で仕留めなさい!」
「ああ、外しはしない。一撃で終わらせる!」
リシィは僕に寄り添い黒杖を掲げて歌い始める。
神器を顕現する神々の歌――“神唱”。
「月輪を統べし者 天愁孤月を掲げる者 銀灰を抱く者――」
彼女の全身から立ち上る金光が銀光に変わり、それと同時に巨兵から鉄を擦る音が聞こえ始めた。
目を覚ます。大黒門の鋼鉄の守護者が、侵入者を撃退するために動き出した。
「ベルク師匠、アディーテ、リシィを守りながらまずは観察する!」
「然と心得た。あの剛腕は見事、慢心せず受け凌ぐことに尽力するのみ」
「アウー、あいつも硬そー」
だからこそ、予断を許さずに一撃でだ!
「白金龍の血の砌 打ちて 焼きて また打たん――」
リシィと視線が交差する、その瞳の色は何者をも穿つ銀色。
僕は彼女の力強い意志の色に応え、黒杖に右腕を交差させる。
そして、神威瞬く銀光は僕の右手の内に槍を形作った。
「万界に仇する祖神 銀槍を以て穿て 葬神五槍――」
「カイト!」
「ああ!」
ノウェムが振り向いて笑う、『我の力を役立ててくれ』と嬉しそうに笑う。
ならば躊躇はしない、皆の助力と献身に見合うだけの結末、穿ちの銀槍の投擲をもって報いとなす。
「「【銀恢の槍皇】!!」」
僕は全身を侵蝕する神器の膂力をただの一度に込め、転移陣の向こうに見える巨兵の脳天を目掛けて全力で銀槍を放つ。
そして、転移陣を抜けた一筋の銀光は巨兵をいとも容易く貫いた。
頭部は呆気なく爆散して戦いの終わりを告げ、巨体は傾いて右腕が地面についたところで左腕まで肩口から吹き飛んで見るも無残な姿となる。
「……え? ……終わったのか?」
予知されていたとはいえ、これではあまりに……。
「え、ええ、終わったんだわ……。弱点を突ければこんなものよ」
「何たることか、見かけ倒しとはまさにこのこと。これでは、かつて散った英霊の手向けにもならん」
「アウッ? アウー?」
「カイトさん!」
「おにぃちゃ~ん!」
サクラとテュルケも直ぐに戻って来た。交戦もなく無駄な一走りになってしまったけど、掠り傷のひとつもないのはかえって良かった。
「驚きました。困難を予想していましたから、困惑しています」
「ですです! でもでも、苦労しなかったのは良かったですです!」
「うん、僕もビックリだ。攻撃が脳天から核にさえ届けば、実際は誰でも容易く討滅出来た墓守だったのかも知れないね」
それでも僕は警戒を緩めず、巨兵を視界に捉えたまま状況を確認している。
変異墓守でもなさそうだし、一応バラバラに破壊しておきたいところだけど、あの巨体では数日がかりの大作業になることは間違いない。
まずは大黒門を開き、野営地の探索者に協力を仰いだほうが良いだろうな。
「みんな、大黒門を開放しよう。安全第一、『いのちをだいじに』で進もう」
僕たちはまず、荷物を回収するために塔の内部へと足を向けた。
巨兵の脇を通るのは嫌だけど、塔内からは大黒門に入れないのでどうしたところで横切るしかないんだ。
「ノウェム、大丈夫か?」
「あうじしゃまあぁ、ふらふらぐるぐるするぞ。抱っこしておくれえぇ……」
「仕方ないな……。本当にありがとう、ノウェムのおかげだ」
「えへ~」
――ギギイイィィィィィィ……
ノウェムを抱き上げようと身を屈めた時、鋼鉄の軋む音が辺りに響いた。
「カイトさん!」
「みんな、警戒!」
――ゴッ、ズズズズズズズ……
「そんな、また動き出したの!?」
「ふええぇっ! 起き上がってますです!」
「やはりか! そんな都合の良い世界じゃないことはわかっていたさ!」
巨兵は頭部と左腕が吹き飛び、更には核を破壊されたにも関わらず、重い巨体を揺すりながら立ち上がろうとしている。
これまで誰も立った姿を見たことがない。それが今まさに、拳を突き、膝を立て、ついには僕たちの前でその本来の威容を晒した。
「ぬう!? 核を潰したはずでは!?」
「ヨーさんが言っていた、『不確定事象の濃い霧の向こう側』。マルチコア……こいつには間違いなく核が複数ある! 全ての核を破壊しない限り、それこそバラバラにでもしない限り、巨兵は何度でも立ち上がるんだ!!」
「そんな……!」
「アウー! こっち来るー!」
巨兵は地響きを立て一歩を踏み出した。
だけど、焦る必要なんてない、これも初めから想定の内。
そのための事前の打ち合わせ、そのための幾重にも連なる作戦立案だ。
油断なんてするものか、この世界が最悪に最悪を重ねるのなら、人が人のまま思考の限界を超越し、どんな最悪だろうと最高に最善の一手で王手をかける!
世界の不条理如きが、僕たちの行く手を阻めると思うな!
「作戦移行! 『やわらかクッションは何者も通さない』!」
「テュルケ、お願いね!」
「テュルケさん、お願いします!」
「ぐぬぬ、我の抱っこを邪魔しよってからに……」
「おおっ! 全身全霊をもって助太刀いたす!」
「アウー! やわわーっ!」
「やってやるですですっ!!」
“神の思惑”が明らかに絡み合うこの世界。
行く手を遮るものがあれば、切り開く手段が用意されているのも必然。
だけど僕は、僕たちにそんなものは必要ない、あるのはこの身ひとつで良い。
観察し、想定する、三十六通りの最悪を予測し、九通りの基幹作戦から無限に湧き出す可能性事象に臨機応変で対応する。その策も実質は無限!
わかっている、本当のところはハッタリだ。
人が人のまま神を超える、なら大言壮語、大法螺吹きくらいが丁度良い。
「何度でも言う、神々よ! ならば僕たちは世界もろとも覆す!!」