第百五十九話 巨兵 座す
第九深界層に入ってから十日、僕たちは“秋”地帯の渓谷を進み、予定よりも遅れて大黒門に到達する直前で墓守の群れに遭遇した。
「ベルク師匠、アディーテ、右翼を!」
「おおっ!」
「アウーッ!」
「テュルケ、中央にやわらかクッション! サクラ、殲滅を頼む! 足元は枯れ葉の絨毯だ、火には気を付けて!」
「ここは通しませんです! えいやー!」
「はい! お任せください!」
“豆戦車”――小型軽量にも関わらず分厚い装甲を持つ、芋虫型【鉄棺種】。
大きさは針蜘蛛よりも小さく、見かけは芋虫に八本の車輪を無理やり取りつけた外見だけど、そのサスペンションが異様に伸びてあらゆる起伏をものともせずに大群で迫って来るんだ。
武装は正面に装備された小口径機銃で、タイミングさえ合えば布でも叩き落とせるようなものだけど、数が多いため姿を晒すと血達磨にされてしまう。
「リシィ、遠慮は要らない、左翼を薙ぎ払え!」
「ええ! 金光よ驟雨となり穿て!」
赤い紅葉に燃え盛る森の中、木々の合間に打ち上げられた金光の塊が弾け、光矢が小さな墓守の群れに雨となって降り注いだ。
豆戦車は小型の割に装甲が厚いものの、小型が故に防護フィールドはなく、光矢はその悉くを貫けている。
幸いだったのは森から抜ける前に遭遇出来たこと。
豆戦車は数十数百もの大群で押し寄せて来たけど、その武装は木を貫通するほどではなく、幹を盾と使うことで迎撃に専念出来ていた。
例え重武装であったとしても、こちらにはテュルケとベルク師匠がいて、リシィの光盾も同時に五枚制御まで可能となっているんだ、不足はない。
後は山火事を起こさないよう、火が上がってもサクラに鎮めてもらうだけ。
「終わりましたね。掃除屋がいなくて助かりました」
「ああ、こんな燃えやすい場所で火攻めをされたら堪ったもんじゃない」
僕たちは渓流沿いを進んで来たものの、今のところはここで掃除屋や焼夷弾の類を使う墓守には遭遇していない。“秋”地帯を進んだのは暑さを避けるためだったけど、森を通って中型以上の墓守との遭遇を避けるためでもあったんだ。
まあそのせいで、立木の合間から大量に押し寄せる豆戦車に驚きはした。
「それにしてもおかしな形ね。墓守は時折、私の常識外の姿形をしているわ」
「それは僕も気になっていたところだ。理に適った部分と適わない部分が混在していて、これは何かの試行錯誤の後のような気がする。本当に何なのか」
少なくとも神代の夢の中で見た限りでは、まだ地球の兵器体系で説明出来るものだったから、年月の隔たりが墓守にも何らかの設計変更をもたらしたんだ。
動物や昆虫からの形態模写……地球でも行われていることだけど、墓守は時折チグハグな様になっているよな……。
その辺りの知識がありそうなグランディータ、それとアシュリーン……“三位一体の偽神”と対峙する前に会えないだろうか……。
「ぐぬぬ……」
「ノウェム、どうかした?」
ふと隣を見ると、ノウェムが思わせ振りに僕を見上げて唸っていた。
「またしても我は何もしていない。不服だ」
「それは、流石にこの辺りには倒木くらいしか飛ばせるものがないし、もっと良い力の使い方も考えるから、今は我慢して欲しい」
「ぐんぬぬ……」
ノウェムはなだめたところでまだ膨れっ面だ。
“飛翔”能力の攻撃転用が見えた今、彼女は何が何でも僕たちの役に立ちたいらしく、一人の時も熱心に能力の使い方を考え練習もしている。
ひょっとしたら銃弾砲弾を止められるのでは……とも考えたけど、どの程度のエネルギー量まで干渉出来るか測れない以上は試すのも危険と判断し、伝えながらも僕が良いと言うまではやらないようにしている。
「それに、巨兵を討滅するためにはノウェムの転移能力が必要になるかも知れない。そうなると大きな負担をかけるから、今は休んでいて欲しいんだ」
「むぅ……主様はずるい! 普段は鈍感な癖に、こんな時ばかり口が上手いのだから、我は心より頷くしかないではないか!」
「はは、ノウェムの力は掛け替えのないものだ、頼りにしてるよ」
「むむぅぅ……」
ノウェムは赤くなった頬を膨らませ、照れたように視線を逸らした。
自分でもずるい言い方をしている自覚はあるけど、その場凌ぎで誤魔化してでも転移能力だけは使わせたくないんだよな。
転移能力についても色々と試してはいるけど、やはり自分以外を陣に通すと、体内の神力が乱れて多かれ少なかれ出血と意識の混濁がある。
巨兵討滅のために転移能力が必要だと伝えたのは本当だけど、出来れば使わせたくないもまた本音だ。
「ノウェム、テュルケ、進行方向の確認と周辺に墓守の存在がないか、上からの偵察を頼む」
「はいですです!」
「任せておくが良い」
二人に出した指示は、上空哨戒が出来るノウェムだけで本来は充分なんだけど、谷合のここでは不意の対空攻撃があるかも知れないため、一応テュルケを木の上まで行かせることで保険とした。
それでも懸念は、今のところは懸念のままで済んでいる。
一度目の上空哨戒の時、“夏”地帯の平原に砲狼三体を確認出来たくらいで、今は僕たちの周辺に豆戦車の残骸以外は特に何も見当たらなかった。
それにしても、砲狼が三体とか考えただけでも相手にしたくないな……。
―――
「本当に門の前で座っているんだな……」
「陸上母艦より小さいはずなのに、余程大きく見えるわ」
「ですです! 私なんか虫さんくらい小さいですです!」
渓谷を抜け、背の高い植物が生い茂る草原の先にあったものは、その様を言い表すなら“バベルの塔”だ。
高さが数百メートルはある白亜の塔で、幅も数百メートルあることからずんぐりとした印象を受け、僕はここが第九深界層の管理塔なのではと推測している。
塔の内部、中心は底から上端まで円柱状に刳り抜かれて一番奥の壁に目的の大黒門、そして門を塞ぐように胡座をかいて鎮座する“巨兵”の姿があった。
“巨兵”――大黒門を守るように座す、特大騎士型【鉄棺種】。
全長は三十メートルを超え、赤黒い騎士の様だけど正騎士のような洗練されたものではなく、無骨な重装騎士を思わせる只々威圧感のある姿形だ。
武装は不明、太過ぎる剛腕の一振りであらゆる探索者は吹き飛ばされ、巨兵を立たせた者すらいないと聞く“未討滅”墓守の中でも最強の一体。
僕たちは巨兵を見下ろす塔の内周にある二階外廊下で、柱の影に身を潜めながら様子を伺っている。
相手は機械、動体検知でもう位置が把握されていてもおかしくはないけど、あくまでも門を守ることが主任務なのか動く気配はまだない。
「崩れた縦坑も確認しておきたいけど、距離は遠いよな?」
「はい、“秋”地帯を通り過ぎた“冬”との境界にあり、二週間はかかります」
「相当な遠回りだな……」
つまり、戦略的な観点から考えても、この大黒門を開放することは探索者にとってもルテリア行政府にとっても、迷宮深層探索のためには悲願となるわけだ。
「カイト、いつものように、この塔を崩せば押し潰せるのではないかしら?」
「うん、それが最適解だとは思うけど……アディーテ、穴を空けられるか?」
僕の問いに、アディーテは真白な鋼鉄の床に手をついて唸り始めた。
首を傾げながら、撫でるように這い回る姿はもう答えているようなものだ。
「アウー? むりー、水も足りないー」
「ダメか……。スプリンクラーも見当たらないし、討滅の可能性があるとすれば後はヨーさんの助言に従うくらいしかないな……」
第三拠点ギルド長ヨーハイム ホイホイ、道中で立ち寄った時に彼がくれた助言に、巨兵の核の位置と攻撃するために必要な手段があった。
助言は、僕たちがまだ巨兵討滅の依頼を受ける前にも関わらずだ。
流石に怪しいとヨーさんを問い質してみたところ、どうやら彼の固有能力は“遠視”ではなく“予知”に近いものらしい。道理で曖昧なことしか言わないと思った。
ただ、“予知”といっても完璧なものではなく、巨兵に攻撃を仕掛けた後の結果までは不確定事象の濃い霧の向こう側で見えなかったとのこと。
その先の未来は僕たちの行動次第というわけだ。
「ノウェム、辛い思いをさせるけど、今こそ君の全力に頼らせて欲しい」
ノウェムは翠玉色の真摯な眼差しで僕を見上げている。
不安や辛さを微塵も感じさせない表情は“信頼”、そして“嬉しい”だ。
「くふふ、我は主様の妻であるぞ、如何ようにもするが良い。だが、終わった後は主様が抱き上げて運んでおくれ」
本当に抜け目もない……だけど、その信頼には精一杯応えるつもりだ。