第十七話 教官は竜の騎士
「某が、教官を務めるベルク ディーテイ ガーモッドと申す」
「よ、よろしくお願いします! 自分はカイト クサカと申します!」
ここに来て一番驚いたかも知れない。
訓練を担当してくれる教官は、見たままをそのままに言うと“黒鋼の重装騎士”。
三メートルはある身長に、全身黒鋼のフルプレートアーマーと、威圧感だけなら第一防護壁にも引けを取らない。だけど、驚くのはそこじゃない……これは鎧じゃなくて、自前の甲殻……こう言う種族だ……!
「ぬぅっ!?」
ひいっ!?
教官は、その竜にも似た黒鋼の頭部で驚愕の表情を作り、石畳に重い足音を響かせてリシィの前に歩み出る。そして、威風堂々と直立するや否や、ゴウッと風を巻き上げるほどの勢いで跪いた。
「テレイーズの龍血の姫君とお見受けした! まさか、このようなところでお目にかかれるとは……恐悦至極!」
龍血の姫君……だ……と? いや、リシィが高貴な家の出だとは察していたし、王族もあり得るとは思っていたけど、本当に“姫”だったのか……。
「や、やめて、ガーモッド卿! 今の私は、敬われるような存在では……」
「否! 如何ような理由があろうと、姫君は我ら竜種にとって他ならぬ者! 拝謁することをお許し願いたい!」
「あ、あの……」
教官に圧倒され、リシィが姫だと知り、どうにも挙動不審になっている僕を慮ってか、サクラが説明してくれた。
「カイトさん、あちらのベルクさんは“鎧竜種”と呼ばれる竜種の方です。リシィさんは、その竜種の中でも“テレイーズ高等龍血種”と呼ばれる、王族に値する一族の方なので、あのように……」
「そ、そうか……やはりお姫さまなんだ……」
突然サラッと重要情報が出て来たけど、良かったのかな……。
テュルケは主を敬われて嬉しいのか、ドヤ顔で満面の笑顔が可愛い。
狼狽えるリシィは初めて見る。慌てる姿は年頃の少女そのもので、きっとその感情の全てを押し殺して今の彼女は在るんだ。
時折、こちらに懇願するような視線を送ってくるけど、流石にこれはどうにも出来ない……。
―――
「すまん。このような巡り合わせ、柄にもなく興奮してしまった」
「いえ……身に余る光栄だと言うことは良くわかりました」
「ここで私はただの探索者なの、せめて一礼だけで良かったわ」
僕たちは教官の後に続き、実技訓練場に連れて行かれた。
教練所は第一防護壁に隣接する大きな建造物で、先ほど教官と挨拶した建物を抜けると、サッカー場くらいはある広い訓練場があった。
石畳の練武場が六面、その上に墓守の実寸大模型が六つ、周囲は観客席になっていて観覧が出来るようだ。辺りでは、他の見習い探索者が、教官一人につき四、五人の割合で今も訓練に励んでいる。
「カイトウクサカ殿と言ったか」
「カイトでお願いします……」
怪盗違う。この世界の人は、何故か良く名前を聞き間違える。
「これはかたじけない。ではカイト殿、まずは手合わせ願おう」
「え……死にます」
思わず本音が出た。いや、だって体格差から既に……。
「カカッ! 某もわかっている、まずは慣らしだ。得物はそこにある、手に馴染むものを持たれよ」
「は……はい!」
教官が指差す訓練場の壁には、様々な種類の武器があった。
普通の剣から鈍器、長柄、弓……おっ、刀もあるしパイルバンカーもある。
とりあえず、僕は昔剣道をやっていたので、最初はオーソドックスなショートソードを取ってみたけど、色々試して最終的に“棒”になった。
僕の身長くらいの長さの木の棒。生半可な筋肉や技術だと、刃がある得物は自刃しそうで怖かったから、これだ。
訓練場の得物は当然刃がついていないけど、スキルもシステムアシストもなしで振るには、あまりに僕は経験がなさ過ぎる。
「教官、これに決めました」
「うむ、悪くない。どこでも良い、某を思い切り打ってみよ」
教官に正対する。棒の構え方なんてわからないから、ゲームで見た両手で持って中段に構える持ち方で挑む。あのガタイなら、多分僕が本気で振り切ってもビクともしないだろう。なら胸を借りるつもりで、全力で行く。
腰を落とし……溜めを作る……。
これは特に意味ないな……と思った瞬間に軸足から踏み込んだ。
剣道の胴打ちの要領で、無防備に腹を晒す黒鋼の胴へと勢い良く打――
――とうとしたら、天地が引っ繰り返った。
「カイトさーーーーーーん!?」
「カイトーーーーーーーーっ!?」
「あわわわわわわ……救急箱ーっ!!」
―――
「……ぐ」
「カイトさん? 大丈夫ですか?」
……何だ……何が?
目を開けると、視界一杯に見えたのは心配そうなサクラだ。
まただ……どう言うわけか、また僕はサクラに膝枕をされている。
「痛っ……何が……?」
不意に額に痛みが走った。
痛む額に当てられているのは、サクラの手だろうか……足の時と同じく何かが流れ込んでいて、ほんのり暖かな心地良さを感じる。
これ、治療をされているんだろうけど、と言うことは……?
「カイトさん、もう少しこのままでいてください」
「えっと……どうしてこんなことに?」
「はい、ベルクさんが癖で反撃してしまって、カイトさんは頭から地面に叩きつけられてしまったんです」
……やばい。
見ると、部屋の隅で正座させられた教官が、リシィに説教されている。
正座して尚彼女より背が高いので、パッと見はかなりシュールな光景だ。
そうか、カウンターか……教官は見た目通りのメイン盾だったか……。
場所は教練所の建物内かな……無骨な印象の室内は武器防具が所狭しと並んでいて、今僕は長椅子の上で横にされている。
添えられたサクラの手と、膝枕をされる後頭部が柔らかくて気持ち良い……今回は不可抗力なので、もう少しだけ堪能しても良いよな……。
うん、今ぐらいは……。
「救急箱ーっ! 持って来ましたですーっ!!」
慌てて部屋に飛び込んで来たテュルケの手から、どうしてか振り上げた救急箱がすっぽ抜けた。宙を優雅に舞う、大きさが人の頭ほどもある木の箱。弧を描き、行き先が初めから決められていたかのように、こちらに近づいてくる。
ふぅ……これはあれだ。どんなに避けても、二段オチに収束する奴。
わかっている。世の中はままならないからな……ならば、僕に任せろだ。
――ゴシャァアアアアァァアアァァァァァァッ!!
「カイトさーーーーーーん!?」
「カイトーーーーーーーーっ!?」
「あわわわわわわ……ごめんなさいですーっ!!」
―――
「すまん、カイト殿……身体に染みついた動作故、迂闊であった」
「ごめんなさいです! カイトさん、本当にごめんなさいですですっ!」
「……う、うん、大丈夫だよ。生きてたから、はは」
あの状況から僕は何とか生還を果たした。
頭が包帯でグルグル巻きにされて、酷い有様だけど。
「お二人とも、本当に気を付けてください! 私も油断していましたが、今度からはカイトさんを守るために全力で反撃しますから!」
サクラはご立腹で、犬耳や尻尾が逆立ってしまっている。
守ってもらえるのはありがたいけど、男なら守る方になりたいのが本音だ。
「そうよ、カイトはか弱いのだから、もっと気を付けてもらわないと困るわ」
……あの、それは流石に精神ダメージが。
正座させられたテュルケと教官の前で、リシィとサクラが仁王立ちになっている。
このままだと、説教だけで丸一日が吹き飛んでしまいそうだ。
「リシィ、サクラ、僕はこの通り大丈夫だから。二人も悪気があったわけじゃないし、その辺で……」
「わ、わかったわ。カイトがそう言うのなら、ここまでにしてあげるわ」
「そうですね……二人とも、ちゃんと反省してください」
「合意、わかった……」
「はいです……」
ふぅ……まあ、丸く収まるのなら、この場はそれで良い。
リシィとサクラの様子を見るに、今日はもう運動させてもらえそうにない。
「この状態じゃ、今日はもう訓練は無理だろうから、墓守について教えてもらえませんか? 座学をひとつお願いしたいです」
「え、ええ、それは私も勉強し直したかったところだわ。それにしましょう」
「はい、では僭越ながら、私がお教えしますね」
あれ……教官に頼んだつもりなんだけど、何故かサクラが了承した。
退場する教官の背中が、過去に見たことがないほどの哀愁に染まっている。
結局、外見が凄い、と言うだけで何も教えてもらえなかった……。
当作における“竜”と“龍”の違いは、創作で良くある解釈と同じです。
“竜”が西洋竜、ドラゴン。“龍”が東洋龍、黄龍。
作中で“龍”と表記されている場合は、“神龍”関連となります。