表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/440

第十七話 教官は竜の騎士

それがしが、教官を務めるベルク ディーテイ ガーモッドと申す」


「よ、よろしくお願いします! 自分はカイト クサカと申します!」



 ここに来て一番驚いたかも知れない。


 訓練を担当してくれる教官は、見たままをそのままに言うと“黒鋼の重装騎士”。

 三メートルはある身長に、全身黒鋼のフルプレートアーマーと、威圧感だけなら第一防護壁にも引けを取らない。だけど、驚くのはそこじゃない……これは鎧じゃなくて、自前の甲殻……こう言う種族だ……!



「ぬぅっ!?」



 ひいっ!?


 教官は、その竜にも似た黒鋼の頭部で驚愕の表情を作り、石畳に重い足音を響かせてリシィの前に歩み出る。そして、威風堂々と直立するや否や、ゴウッと風を巻き上げるほどの勢いで跪いた。



「テレイーズの龍血の姫君とお見受けした! まさか、このようなところでお目にかかれるとは……恐悦至極!」



 龍血の姫君……だ……と? いや、リシィが高貴な家の出だとは察していたし、王族もあり得るとは思っていたけど、本当に“姫”だったのか……。



「や、やめて、ガーモッド卿! 今の私は、敬われるような存在では……」

「否! 如何ような理由があろうと、姫君は我ら竜種にとって他ならぬ者! 拝謁することをお許し願いたい!」

「あ、あの……」



 教官に圧倒され、リシィが姫だと知り、どうにも挙動不審になっている僕を慮ってか、サクラが説明してくれた。



「カイトさん、あちらのベルクさんは“鎧竜種”と呼ばれる竜種の方です。リシィさんは、その竜種の中でも“テレイーズ高等龍血種”と呼ばれる、王族に値する一族の方なので、あのように……」

「そ、そうか……やはりお姫さまなんだ……」



 突然サラッと重要情報が出て来たけど、良かったのかな……。

 テュルケは主を敬われて嬉しいのか、ドヤ顔で満面の笑顔が可愛い。


 狼狽えるリシィは初めて見る。慌てる姿は年頃の少女そのもので、きっとその感情の全てを押し殺して今の彼女は在るんだ。


 時折、こちらに懇願するような視線を送ってくるけど、流石にこれはどうにも出来ない……。




 ―――




「すまん。このような巡り合わせ、柄にもなく興奮してしまった」

「いえ……身に余る光栄だと言うことは良くわかりました」

「ここで私はただの探索者なの、せめて一礼だけで良かったわ」



 僕たちは教官の後に続き、実技訓練場に連れて行かれた。


 教練所は第一防護壁に隣接する大きな建造物で、先ほど教官と挨拶した建物を抜けると、サッカー場くらいはある広い訓練場があった。

 石畳の練武場が六面、その上に墓守の実寸大模型が六つ、周囲は観客席になっていて観覧が出来るようだ。辺りでは、他の見習い探索者が、教官一人につき四、五人の割合で今も訓練に励んでいる。



「カイトウクサカ殿と言ったか」

「カイトでお願いします……」



 怪盗違う。この世界の人は、何故か良く名前を聞き間違える。



「これはかたじけない。ではカイト殿、まずは手合わせ願おう」

「え……死にます」



 思わず本音が出た。いや、だって体格差から既に……。



「カカッ! 某もわかっている、まずは慣らしだ。得物はそこにある、手に馴染むものを持たれよ」

「は……はい!」



 教官が指差す訓練場の壁には、様々な種類の武器があった。

 普通の剣から鈍器、長柄、弓……おっ、刀もあるしパイルバンカーもある。


 とりあえず、僕は昔剣道をやっていたので、最初はオーソドックスなショートソードを取ってみたけど、色々試して最終的に“棒”になった。

 僕の身長くらいの長さの木の棒。生半可な筋肉や技術だと、刃がある得物は自刃しそうで怖かったから、これだ。

 訓練場の得物は当然刃がついていないけど、スキルもシステムアシストもなしで振るには、あまりに僕は経験がなさ過ぎる。



「教官、これに決めました」

「うむ、悪くない。どこでも良い、某を思い切り打ってみよ」



 教官に正対する。棒の構え方なんてわからないから、ゲームで見た両手で持って中段に構える持ち方で挑む。あのガタイなら、多分僕が本気で振り切ってもビクともしないだろう。なら胸を借りるつもりで、全力で行く。


 腰を落とし……溜めを作る……。

 これは特に意味ないな……と思った瞬間に軸足から踏み込んだ。

 剣道の胴打ちの要領で、無防備に腹を晒す黒鋼の胴へと勢い良く打――



 ――とうとしたら、天地が引っ繰り返った。



「カイトさーーーーーーん!?」

「カイトーーーーーーーーっ!?」

「あわわわわわわ……救急箱ーっ!!」




 ―――




「……ぐ」

「カイトさん? 大丈夫ですか?」



 ……何だ……何が?


 目を開けると、視界一杯に見えたのは心配そうなサクラだ。

 まただ……どう言うわけか、また僕はサクラに膝枕をされている。



「痛っ……何が……?」



 不意に額に痛みが走った。

 痛む額に当てられているのは、サクラの手だろうか……足の時と同じく何かが流れ込んでいて、ほんのり暖かな心地良さを感じる。


 これ、治療をされているんだろうけど、と言うことは……?



「カイトさん、もう少しこのままでいてください」

「えっと……どうしてこんなことに?」


「はい、ベルクさんがで反撃してしまって、カイトさんは頭から地面に叩きつけられてしまったんです」



 ……やばい。


 見ると、部屋の隅で正座させられた教官が、リシィに説教されている。

 正座して尚彼女より背が高いので、パッと見はかなりシュールな光景だ。


 そうか、カウンターか……教官は見た目通りのメイン盾だったか……。


 場所は教練所の建物内かな……無骨な印象の室内は武器防具が所狭しと並んでいて、今僕は長椅子の上で横にされている。

 添えられたサクラの手と、膝枕をされる後頭部が柔らかくて気持ち良い……今回は不可抗力なので、もう少しだけ堪能しても良いよな……。


 うん、今ぐらいは……。



「救急箱ーっ! 持って来ましたですーっ!!」



 慌てて部屋に飛び込んで来たテュルケの手から、どうしてか振り上げた救急箱がすっぽ抜けた。宙を優雅に舞う、大きさが人の頭ほどもある木の箱。弧を描き、行き先が初めから決められていたかのように、こちらに近づいてくる。


 ふぅ……これはあれだ。どんなに避けても、二段オチに収束する奴。

 わかっている。世の中はままならないからな……ならば、僕に任せろだ。



 ――ゴシャァアアアアァァアアァァァァァァッ!!



「カイトさーーーーーーん!?」

「カイトーーーーーーーーっ!?」

「あわわわわわわ……ごめんなさいですーっ!!」




 ―――




「すまん、カイト殿……身体に染みついた動作故、迂闊であった」

「ごめんなさいです! カイトさん、本当にごめんなさいですですっ!」


「……う、うん、大丈夫だよ。生きてたから、はは」



 あの状況から僕は何とか生還を果たした。

 頭が包帯でグルグル巻きにされて、酷い有様だけど。



「お二人とも、本当に気を付けてください! 私も油断していましたが、今度からはカイトさんを守るために全力で反撃しますから!」



 サクラはご立腹で、犬耳や尻尾が逆立ってしまっている。

 守ってもらえるのはありがたいけど、男なら守る方になりたいのが本音だ。



「そうよ、カイトはか弱いのだから、もっと気を付けてもらわないと困るわ」



 ……あの、それは流石に精神ダメージが。


 正座させられたテュルケと教官の前で、リシィとサクラが仁王立ちになっている。

 このままだと、説教だけで丸一日が吹き飛んでしまいそうだ。



「リシィ、サクラ、僕はこの通り大丈夫だから。二人も悪気があったわけじゃないし、その辺で……」

「わ、わかったわ。カイトがそう言うのなら、ここまでにしてあげるわ」

「そうですね……二人とも、ちゃんと反省してください」


「合意、わかった……」

「はいです……」



 ふぅ……まあ、丸く収まるのなら、この場はそれで良い。

 リシィとサクラの様子を見るに、今日はもう運動させてもらえそうにない。



「この状態じゃ、今日はもう訓練は無理だろうから、墓守について教えてもらえませんか? 座学をひとつお願いしたいです」


「え、ええ、それは私も勉強し直したかったところだわ。それにしましょう」

「はい、では僭越ながら、私がお教えしますね」



 あれ……教官に頼んだつもりなんだけど、何故かサクラが了承した。


 退場する教官の背中が、過去に見たことがないほどの哀愁に染まっている。

 結局、外見が凄い、と言うだけで何も教えてもらえなかった……。

当作における“竜”と“龍”の違いは、創作で良くある解釈と同じです。

“竜”が西洋竜、ドラゴン。“龍”が東洋龍、黄龍。


作中で“龍”と表記されている場合は、“神龍”関連となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ