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第百五十六話 道を違え 迷宮の深奥へ

 龍の頭骨に戻ると、既にギルドの職員が一人と、彼の護衛をして来たと思われる探索者六人のパーティが腰を下ろして待っていた。


 僕たちの他にはセオリムさんとレッテ、後はヤエロさんだ。


 彼らは直ぐに立ち上がり、僕たちに対して恭しく礼をする。

 僕たちと言うよりはリシィとノウェムに対してか、流石に全ての人が二人を一目で王族だとはわからないため、躊躇うことのなかった彼らの目的が僕たちである可能性は高い。


 まずはギルドからの言伝を聞こう。



「我輩はヌコッラ アウァラクと申しますニャ。ノウェム メル エルトゥナン殿下とリシィティアレルナ ルン テレイーズ殿下とお見受けしましニャ。貴方様がカイト クサカ殿でよろしいですニャ?」



 来た……語尾が『ニャ』の人がついに来た……!



「はい、僕がカイト クサカです」



 一際丁寧な礼で自己紹介とともに尋ねてきたのは、ギルド職員の礼服に身を包んだ猫……いや、黒豹の頭部を持つ男性だ。


 僕は何とか平静を装って返答するも、内心で興奮してしまうのは仕方がない。



「今回は第四拠点からもっとも近くニャ……コホンッ、失礼。第四拠点からもっとも近くにいて、実績のある“軍師”のパーティニャ依頼があり派遣されて参りましニャ」



 所々が『ニャ』になってしまう彼に思わず笑みがこぼれるけど、真剣な表情はそんな笑っていられる状況でないことを暗に告げている。


 また予断の許されない事態が起きていることは想像に難くない。



「依頼……とは?」


「第九深界層、大黒門を守護する“巨兵ガルガンチュア”の討滅ですニャ」



 ザワ……と、龍の頭骨内に動揺が広がる。


 特にヌコッラさんを護衛して来たパーティが動揺しているのは、僕たちへの依頼の内容を聞いていなかったということで、そしてこれが困難を意味しているからだ。


 “巨兵ガルガンチュア”……これまで未討滅のまま第九深界層に鎮座し続けた特大墓守。


 それが何故、このタイミングで依頼となったのか……。



「ふむ、私たちとカイトくんたちが合同でなら討滅も可能と判断されたか。大黒門をに橋頭堡を築き、深部探索を本格化させようとする腹積もりなのかい?」



 確かに、セオリムさんたちと協力して対するなら、如何に巨体といえども陸上母艦パンジャンドラム以下の巨兵討滅も現実味を帯びてくる。


 いや、確実にこなせると断言も出来るくらい、英雄の力は頼もしいんだ。



「アーデライン殿ニャパーティは、地上ニャ戻るようニャとサークロウス卿直々ニャ言伝を預かっておりますニャ」


「それは聞き捨てならない。真っ当な理由が当然あるんだろうね?」


「かつてニャい大侵攻ニャ兆しがありますニャ。ルテリアニャ危機……“樹塔ニャ英雄”ニャ力が必要ですニャ」


「そう言うことか……断り辛くなってしまったようだ……」



 も、もう言い直すことを諦めたのか……『ニャ』が増えた……。



「話はわかりました。つまり、この依頼は僕たちだけで巨兵を討滅しろとの無理難題……。そしてサークロウスさんが関わっているとなると、僕たちが受けるだろうと判断した理由がある……そうですね?」


「そうですニャ、流石は噂ニャニャ高い軍師。はニャしが早いですニャ」



 精悍な豹の頭部で、渋く低い声での『ニャ』はまるで幻惑されているようだ……。

 かなり緊迫した表情にも関わらず、口を開くといまいち緊迫感がない……。



「ならば、先にその理由を話しなさい。その理由の如何によっては、私は従者と仲間たちを安々と危険に晒す選択なんてしないわ。まずはそれを聞いてからよ」



 これまで僕の隣で大人しく話を聞いていたリシィが声を上げた。


 それについては僕も同じ意見だけど、用意されている(・・・・・・・)のは間違いない。

 僕たちが首を縦に振らざるを得ない事態が、今もどこかで起きている。



「今から二ヶ月ほど前ニャことですニャ。第十深界層ニャ入口とニャる縦坑が崩落、完全ニャ分断されましニャ。確ニャんした者が帰還ニャ手間取り、擦れ違いニャニャりお詫びいたしますニャ」


「分断……?」

「なるほど、それで都合良く深層にいるカイトくんたちに頼ろうとするわけだね」

「セオリムさん、どう言うことですか?」


「カイトくん、大黒門の裏には深部探索拠点となる、探索者たちが設営した大規模野営地があるんだよ。そして、唯一の進入路となる縦坑は“界層の再生”の影響圏外……つまりこのまま手をこまねいていては、数百人が迷宮に飲まれることとなる」


「え……それでは、僕たちが進むにも、取り残された探索者を帰すにも、大黒門を開放する必要がある……?」


「そうなるね。探索者は孤立したところで生き延びる術を持つ。だが、カイトくんたちの目的が迷宮の深奥なら決して避けては通れない道……シュティーラはそんな君たちにつけ込んで利用しようとしているんだ。褒められたものではない」



 あの人のことだから、『これくらいは乗り越えてみせろ』と言うんだろう。


 リシィもサクラも皆押し黙り、何を思うのか中空に厳しい視線を向けている。

 皆もこれが偽神の策略によるものだと気が付いているのかも知れない。


 単一パーティで、未討滅の巨兵に対するのは危険が過ぎるけど、その危険を冒さなければこれ以上は進めない……。最悪だ……。


 どう足掻いても、僕たちは奴らの掌の上で弄ばれているんだ。



「ヌコッラさん、増援の期待は?」


「申し訳ニャいですニャ。各地でニャ異常事態ニャ人員を割かれ、人手が足りませんニャ。居合わせた探索者が他ニャいれば……」



 それを聞いてヌコッラさんの護衛の探索者たちに視線を向けたところ、彼らはあからさまに目を逸らした。

 ここまで来る実力はあるんだろうけど、死地に飛び込んでまで何かをなそうとする英雄は、全ての探索者がなれるわけでもない。



「カイト、行きましょう。私たちだけでも」

「リシィ……」


「はい、“三位一体の偽神”に対峙するのなら、ここで怖じ気づくわけにも行きませんから。カイトさん、私とこの鉄鎚は何処までもともにあります」

「サクラ……良いのか?」


「ヌッコとやら、ルテリアに戻りシュティーラに伝えるが良い。『貴様にはもう恐れはせぬ、このツケは然と覚えておけよ』、と。狭間でしばらくは肝を冷やしてやろう」

「ノウェム、穏便に!? それと“ヌコッラ”さんだよ!?」


「巨兵なんてっ、私の“金光の柔壁(やわらかクッション)”でポーイッですです!」

「カカッ! 確か『タンカー』と申したか、前衛の防備は某に任せられよ!」

「アウー! テュルケやわやわー、やわわー」

「アディーテさんっ、やめてくださいですーっ! くすぐったいですですーっ!」



 うらや……違う、アディーテはやわわの味を占めたのか、何故かこのタイミングで奮起するテュルケに抱き着いて『フンスフンス』としている。


 皆、危険なことはわかっているはずだけど、それでもいつも通りなのは既に数え切れない覚悟をしているからなんだろう。


 きっと、僕がバカ正直に進む選択をすることもわかってくれていて……。



「カイト、貴方が伝えないと締まらないわ」



 リシィが僕に向けて手を伸ばしてきた。

 僕は左手で、自分のままの左手で、彼女の手を取る。



「わかった、進もう。巨兵を討滅し、深層への道を貫き通す!」




 ―――




 翌日、僕たちはリヴィルザルの世界を後にし、これまで少しの間だったけど共に旅をした仲間との別れを惜しんでいた。



「カイトくん、すまない。共に行きたいところだが、役割は全うしなければならない。ルテリアを守ることが、英雄とまで期待される私たちの役割……難儀なものだよ」


「いえ、帰る場所を守ってくれているのがセオリムさんたちなら、僕たちは安心して進めます。次に会えるのは平穏が訪れた後だと、ご期待ください」


「はははっ! 流石だよ、カイトくん! 君の豪胆さに敬意を表そう!」



 そう言って、セオリムさんは僕に短剣を渡してきた。

 良く見かけるものではなく、どこかSF染みたデザインの……。



「これは、【神代遺物】じゃ……!?」

「私からの敬意と餞別だ、カイトくんの役に立ててくれないかい」

「くしし! セオっちはカイっちのことがお気に入りなのナ! 受け取ると良いナ!」

「……わかりました。セオリムさん、ありがとうございます」


「クサカくん、俺から餞別に渡せるようなものは何もないが、ルテリアに戻ったら一度我が家で歓迎させてくれないか。子どもたちも喜ぶ」

「はい、ヤエロさん。ヨエルとムイタにも必ず戻るとお伝えください」

「わかった。本当に助かった、この恩は絶対に忘れない」



 ヨエルとムイタから直接依頼を受けた手前、ヤエロさんたちをルテリアまで送り届けたいけど、彼らには最高の英雄の護衛がついている。心配はない。


 僕たちは進み、セオリムさんたちは帰還する、行く先は違えどなすべきことは“人々を守る”、それだけのために。


 行こう、振り返らずに【重積層迷宮都市ラトレイア】の深奥へ。

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