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第百五十三話 予期せぬ危機 魔獣“アラウガレア”

「な、なな、何だこいつ……」



 湯から立ち上がった小島だったもの、降り注ぐ陽光を浴びるその姿はまるで……まるで……何だろう……?


 湯上に露出していた島は甲羅で、亀……は違うな、太く長い岩のような足が四本、甲羅の左右からは半透明白色の触手のようなものが伸びている。

 頭部は、見当たらない……動いているから生物なのは間違いないだろう。



「ぬうっ!? こやつ、絶滅に追いやったはずの魔獣“アラウガレア”!」

「そんな、こんなところに隠れ潜んでいたなんて! カイトさん、今直ぐにきゃっ!?」

「サクラ!?」


「ふわぁっ、助けてくださいですぅーっ!」

「テュルケ!?」

「テュルケまで!?」



 身構える間もなく、サクラとテュルケが長く伸びた触手に捕らえられた。

 どうやらあいつの触手は水中に入ると見えなくなるようで、四本のうち二本が二人を空中で拘束している。体高が五メートルはあり、持ち上げられた二人はそれ以上の高さだ。


 魔獣“アラウガレア”、魔物の一種か……まずは触手を断ち切るしかない!



「リシィ、触手を!」

「ええ! 金光よ刃となり切り裂け!」



 リシィは岩場に立てかけてあった黒杖を抜いて光刃を飛ばす。


 だけど光刃は確実にアラウガレアの触手を捉えたにも関わらず、通り抜けただけで切断することが出来なかった。



「なっ、どうなったんだ……!?」


「カイト殿、あの触手は群体にして切り離すは困難! 水分を多く含む故に燃え難いが、燃やすか凍らすか一度に殲滅するよりない!」

「何だって!? サクラ!」


「はっ……うんっ、んっ……」

「はうぅっ……あぅっ……」


「サッ、サクラ!? テュルケまでどうした!?」



 サクラは全身を触手に絡み取られ、息も荒く身悶えている。

 それはテュルケも同じ、妙に艶のある声を出して表情も虚ろだ。



「ど、どうなっているんだ……!?」

「神経毒! 触手に捕らえられたが最後、全身を貫く快楽の中で身悶え続ける!」

「そんな!? まさかそれで自由を奪って捕食を!? サクラ、テュルケ!」


「否! 彼奴はふくよかなおなごが好み! 更には身悶えるおなごの姿を観察するのが堪らないらしい!!」


「はあっ!? あれは魔物ですよね!?」



 捕らえて見るだけ!? 男心にわからんでもないけど、魔物が、見るだけ!?



「魔物の一種だが、その快楽をもたらす分泌物は麻薬の代わりとなる。人の業とは深きもの、闇取引が横行し中毒者を大量に出したがため、国を挙げ絶滅に追いやった生物だ!」



 そういえば、湯が妙にゾクゾクする刺激があって温泉の効能かと思っていたけど……浸かったままなのはまずくないだろうか……。

 ふとアラウガレアの足元を見ると、アディーテがうつ伏せで湯上に浮いてビクンビクンと体を跳ねさせている。


 ……っ!?



「ベルク師匠! 湯から上がっががががががアーーーーーーッ!!」



 一時退避しようとしたその瞬間、突然全身に猛烈な快感が電流のように駆け抜け、僕とベルク師匠は湯に飛沫を上げて倒れ込んでしまった。


 まずい、色々とまずい……動けない……気持ち良過ぎて……意識が……。




 ◇◇◇




「のう、リシィ、何故に我らはあの魔獣の標的にならんのか」

「それは、ノウェムはお世辞にもふくよかと言えないもの、文句は言えないわ」

「その論点ならば、おぬしもふくよかでないと言っているのだが」

「わっ、私は細いだけなのっ! 見なさい、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるんだからっ!」


「……」

「……」


「主様を救い出さぬか?」

「ええ……湯には触れられないわ。気を付けて」



 今無事なのは、黒杖を取りに湯から上がっていた私と、直ぐ空に逃れていたノウェムだけ。アディーテは水精種だから平気だとしても、カイトとガーモッド卿は何とか仰向けになって呼吸しているようね。


 けれど、どうすれば良いの……私はあんなものとの戦闘経験なんてない。

 生まれる前に絶滅していた魔獣だもの、弱点も知らないわ……!



「我が新たな力を食らうが良い! 魔獣が如き好きにはさせぬ!」



 ノウェムが人の頭ほどの岩塊を勢いつけて飛ばし始めた。

 けれど、アラウガレアも岩の塊のような胴体を持つ魔獣、効くどころか……。



「ノウェム、やめて! アディーテが足元にいるのよ!」

「おおう!? 功を急いたか……だがどうするのだ、あの岩殻は少しの衝撃では砕けまいぞ!」


「金光よ矢となり穿て!」



 出来るだけ貫通力を高めて放った光矢は、胴体となっている岩殻に命中したものの、アラウガレアは痛がる素振りどころか身動ぎのひとつもしない。

 攻撃を仕掛けたこちらに興味も示さず、触手に捕らえられ身悶えるテュルケとサクラを空中で左右に振っているだけ。



「ダメではないか!」

「そんなことはわかっているわ!」



 本当にどうすれば良いの、カイトならこんな時に……。



「ノウェム、皆を救い出せる?」

「あれは我らに興味を示さぬ。サクラとテュルケ以外なら湯から引き上げるくらいはやってみせるぞ」

「それで良いわ。後は私が何とかするから、お願い」

「どうするのだ?」


「カイトならどうするのか、私はどうしたいのか、答えは見えているわ」



 私はカイトではない、どうにか出来る方法なんてわからない。

 けれど潔い彼なら、こんな時は見つけ出すまで足掻き続けるもの。



「金光よ!」



 私は光矢を放ちながら、岩壁に沿ってノウェムから離れるように走り出した。

 狙いは出鱈目、避けようとも防ごうともしないアラウガレアの胴体に当て続ける。



 ――ヒュンッ! ガッ!



 そうしているとようやく私を邪魔者と認識したようで、横薙ぎにされた触手が岩壁を削った。私は咄嗟に身を屈めて避け更に執拗に光矢を放つ。


 アラウガレアを挟んだ向こう側では、ノウェムが“飛翔”の能力を使ってアディーテを救助している。彼女のことだからカイトからと思っていたけれど、最も危険に晒されるアディーテからなんて、評価を改めなければいけないわね。



「こっちよ! 私はアナタの邪魔者、かかって来なさい!」



 更に触手がもう一本、私の脚を払うように動かされた。

 上体と脚に対する同時攻撃、触手には触れられない、それなら……。



「金光よ盾となり護れ!」



 私は二枚の光盾を、左右から迫る触手の進路を塞ぐように形成する。

 防いだ触手は勢いがあったせいか光盾の縁で断ち切れ、切り離された先端は液体となって地面にこぼれ落ちた。



「これは……まだ動いているけれど、一時的にでも切り離せる……?」



 アラウガレアが鈍重そうな脚を動かしてこちらを向いた。

 正面がどこかはわからないけれど、確かに私を見ているんだわ。


 ノウェムはカイトとガーモッド卿を救助し終えたところ、彼らを湯から引き上げ岩場の端に寝かせている。



「ノウェム! テュルケとサクラを切り離すわ! 受け止めて!」

「任せるが良い、存分にやれ!」



 触手を切り離す……一瞬でなく、長期的に群体を遠ざけるように……。


 ううん、カイトならきっと同時に討滅までやり遂げる……。

 カイトなら……いえ、私ならどうするのか、狙いはひとつしかないわ!



「金光よ爆槍となり穿て!!」



 私は二本の光槍を形成し、触手が遠ざかる隙を突いて放った。


 黒杖の影響圏は狭いけれど、左右同時に急角度で曲がるだけの神力を込め、狙うのは触手が生えている根本、岩殻に空いた唯一の穴……二穴同時攻めよ!



「ごめんなさい、けれど私の大切な皆を離して」



 光槍は左右の岩壁に直進し、黒杖の振りに合わせて急激に弧を描いた後は、アラウガレアの触手が生える穴を寸分違わずに刺し貫いた。


 そうして切り離された触手は液状に崩壊し、宙に投げ出されたテュルケとサクラはノウェムが無事に保護する。




「爆ぜよ!!」



 ――キュバッ!!



 追撃、爆光を仕込んでおいた光槍はアラウガレアの体内で炸裂した。





 何とかなったわ……。


 魔獣アラウガレアは液体を噴き出しながら横倒しになり、今はただの島に戻った。


 カイトが良く言う“より良い固有能力の使い方”……私はここに来て、自分だけの考えでそれをなし、ようやく彼の言いたいことを実感出来たのかも知れない。


 討滅をなせたのかはわからないけれど、手応えを確かに感じたわ。



「ふぅ……けれど、これでは休息にならないわね……」

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