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第百五十一話 清流に揺蕩う乙女心

 ――リヴィルザルの頭骨内。



「カイト、昨晩はうなされていたみたいだけれど……」

「ああ、また神器の夢を見たんだ。大した情報はなかったよ」

「そ、そう、それなら良かったわっ! すっ、少し出て来るわねっ!」



 朝、目が覚めてぼんやり考えごとをしていると、リシィが覗き込んできた。

 だけど直ぐに彼女は頬を赤く染め、慌ただしく頭骨内から出て行ってしまう。


 この反応は昨晩のことが原因で、僕はここぞとばかりにリシィの頭を撫でたけど、滑らかな髪は触り心地が良過ぎて途中から無心になってしまったんだ。

 それでしばらくして我に返ると、彼女は目尻に涙を溜めて震えていたから、抵抗もなかったとはいえやり過ぎたと反省している。



「あれあれ? カイトおにぃちゃん、姫さまどこでしょうかぁ?」

「リシィなら表に出て行ったよ。近くにはいると思うけど」

「お外です? 探してみますです! もう直ぐ朝ごはん出来るので、少しお待ちくださいですです~!」

「ありがとう、テュルケ」



 そう告げると、テュルケもテテテテ~と頭骨から表に出て行く。


 墓守が存在しないだけで、ここ数日間は驚くほど安全で拍子抜けだ。

 この世界には凶暴な野生動物もいるけど、どういうわけかこの龍の頭骨の周囲には近づいて来ない。恐らくは“存在の格”のようなものが、朽ち果てた亡骸になってもまだあるんじゃはないかと僕は推測している。


 リヴィルザル、結局彼は何を伝えようとしていたのか……いや、『妹を救ってやって欲しい』と伝えるためだけに出て来たのか……。


 神龍テレイーズ……彼女は今どこに……。



「……あの、気が付いているから、頬をツンツンしないでくれる?」

「くふふ、折角主様の柔肌を我のものに出来る機会と思うたのに、気が付かれてはそれも出来ぬ。残念だ」

「全く、ノウェムは油断も隙もないな……」

「くふふ」



 考えごとをする僕の頬をノウェムが指で突付いてきたけど、流石に忠告されたばかりで周囲にも意識を向けていたから、接近には気が付いていた。


 今は龍の頭骨内でルコが作っただろう木の椅子に座り、昨晩の夢について考えごとをしながら消耗品の確認をしている。

 ここに来て一週間は経過しているけど、狩りや採集で食材が手に入るから保存食なんかは特に減っていなかった。少なくなったとしたら調味料と救急用品か。



「ところで、我らはこれからどうするつもりなのだ?」


「うーん、怪我人を動かせるようになったら第四拠点まで護衛して、その後はルテリアに戻るパーティに預けるなり何なりで、僕たちは迷宮を進もうと思う」


「行ったり来たりで面倒よ……こんな迷宮はなくなってしまえば良いのだっ」

「それはそれで、ルテリアの人々の生活が困窮するかも知れないよ……」

「むうぅ……」



 ノウェムは定位置と言わんばかりにちゃっかりと僕の膝の上に座る。


 彼女は基本的にやりたい放題だけど、リシィがいる時はそれなりに気を使っているようでもあり、仲は良い……のだろうか?


 それにしても、本当にリヴィルザルと似ているな……。

 僕を嬉しそうに見上げるノウェムは、髪が引き摺るほどに長いのと光翼の枚数以外は彼の面影そのままで、入れ替わっても気が付かないまであるんだ。



「主様、我の顔に何かついておるのか?」

「いや、夢の中でノウェムとそっくりな人が出て来て……」

「くふふ、夢で見るほどに我が恋しいか。存分に愛でるが良いぞ!」



 ノウェムじゃないけどね!



「アウー! カトー、おさかないっぱい釣れたー!」

「カカッ、アディーテ殿がいると魚が可哀想になる!」


「二人とも、お帰り。魚は生け簀に入れておいて、お昼に食べよう」

「アウー! わかったー!」



 早朝から川で釣りをしていたベルク師匠とアディーテが戻って来た。


 釣りというか、アディーテがいると無理矢理入れ食い状態にされるので、ベルク師匠の言う通り魚が可哀想だ。

 とは言え人数が多いので、大量でも直ぐに皆のお腹に収まってしまう。


 本当に【重積層迷宮都市ラトレイア】の中とは思えないくらいに長閑だ。

 問題は入口が空間の歪みだけだから、少しの空間変動で戻れなくなること。


 果たして、グランディータを信じて良いものか……。



「カイトさん、朝食が出来ました」

「お、ありがとう、サクラ。手伝うよ」

「はい、ありがとうございます。ふふっ」



 サクラがお盆に乗せて持って来たのは、主にこの世界で取れる食材で作ったスープや乾パン等々、持参した干し肉と缶詰には手をつけない献立だ。


 それにしても、肉があるのは本当にありがたい。

 墓守の“肉”に手をつけなくなってからは持ち込んだ干し肉ばかりだったから、新鮮な食材が手に入るのは迷宮内にあって奇跡のような僥倖だ。


 界層によっては全く野生動物がいないこともあるから、常に手持ちの残量に気を付けて進まなければならない。



「それに……ケモミミ大正メイドさん、最高です」

「はい? カイトさん、どうかしましたか?」

「ほわっ!? なななんでもないです」



 危ない、口に出ていた。


 サクラは迷宮内ではエプロンを外していて、食事の準備中だけ大正メイドさんになる。だから、ここぞとばかりに視線を向けてしまうのは仕方がないんだ!


 はっ、まずい……ノウェムにはしっかりと聞こえていたようで、意味はわかっていないはずだけど意味深な笑みで僕を見ている。


 僕はそそくさと、木の机に食器を並べて配膳を済ませた。




 ◇◇◇




 うぅ……思わずカイトの前から逃げ出してしまったけれど、嫌な思いはしていないかしら……。私、昨晩はどうにかしていたわ……。

 だって、ここに来てから彼は遠くを眺めてずっと難しい顔をしているんだもの、少し気を休めてもらおうとしただけなのに、なな何故あんなことを……。



『カイトは私の騎士なんだからっ、主の私が一番最初でないとダメなんだからっ! あっ、あっ、あ……頭を撫でなさいっ!』



 ……


 …………


 ………………


 ああーっ! 思い返すだけでも顔から金光が吹き出しそうだわっ!

 思わず口を衝いた言葉がよりによって! よりによって! うぅーーーーっ!


 本当に私のバカ……。



 今、私は川岸に腰を下ろしてとても澄んだ水面を眺めている。

 苔生した大きな岩に囲まれ、緩やかに、時に勢い良く流れる清流は煩悩で澱んだ心を洗い流してくれるようだわ。

 樹木に囲まれる濃い緑の豊かな大地、小鳥のさえずりと穏やかな風が気持ちの良い空間……ずっとここにいられたら良いのに……。



「自然の香りは落ち着くわね……」

「ですです!」

「きゃあっ!?」

「ふぇっ!?」


「テュテュテュテュルケッ!? いつからそこに……」

「驚かせてごめんなさいです! 今来たばかりですです!」

「そ、そう……良いのよ。私こそ驚かせたわね、ごめんなさい」

「えへへ、大丈夫ですぅ~」



 驚いたわ……少しだけ、カイトじゃなくて良かったと思ってしまった……。


 まだ心の準備が必要だわ……一度顔を合わせたけれど、変に表情を引き攣らせてしまったから……おかしく思われていないかしら……うぅ……。



「カイトの様子は……何か変わりはなかった……?」

「カイトおにぃちゃんならいつも通りでした! 姫さまが外に出て行ったことを教えてもらえましたですっ!」

「そう、それなら良かったわ」



 こんな時はカイトの傍にいて支えるべきなのよね……。


 彼は陸上母艦パンジャンドラムの中で異常な力を振るって意識を失った。

 普段はサクラの治療の甲斐もあって傷の治りは早いのだけれど、今回はまだ体の疲労も出血した右肩の痛みも残っているようなの。


 カイトは痩せ我慢をして何も言わないけれど、神器の夢と良い背負い過ぎだわ。


 本当に……何とか……支えてあげたい……。



「そうね……テュルケ、戻りましょう。朝食で呼びに来てくれたのよね」

「ですです! 日向ぼっこが気持ち良かったので忘れてましたぁ。えへへ~」

「ええ、気持ち良いわよね。後で皆も連れてピクニックでもしましょう」

「わーいですですぅっ♪」



 まだぎこちないけれど、それでも少しは素直になれたのかしら……。

 出来ればもっと自然に振る舞いたい、少しずつでも歩み寄りたい……。


 だって彼は私のことを……そして、私は……私も……。


 あっ、ああーっ! 思い出したらまた顔が火照ってきてしまったわっ!

 これじゃ戻れないじゃないっ! 本当に私のバカァッ!!

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