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プロローグ

 ――夢を見ていた。



 青銀の月の下で戦いの狼煙が上がる。


 押し寄せる数千数万もの異形の群れはどこから現れたのか、地平を黒く染め全てを飲み込まんと荒波の如く押し寄せて来る。

 都市の防衛に当たっているのは、二列横隊で並ぶ数百両の戦車と直掩の強化外骨格パワードエクソスケルトンを着込んだ兵士たち。


 ここは河川防御陣地だ。手前には要害となる河があり、唯一の橋には爆弾が設置され、水上には機雷が浮いている。

 やがて銃声と砲音が轟き始め、河を越えようとする異形の群れを吹き飛ばすけど、黒い荒波は怯むこともなく勢いを増す。


 砲音と地響きはやまず、血の雨が降りしきり、立ち込める濃い硝煙と血の臭いは、夢のはずなのにまるでその只中にいるような錯覚をもたらした。


 これはいつの戦いだろうか……。艦隊はどこに行ったのか、空は月明かりで青白むばかりで一隻の艦も一柱の龍も見当たらない。

 背後の都市には明かりがなく住人は既に避難しているのか、どちらにしてもここが突破されたら帰る場所はなくなってしまうだろう。


 いったい何のための戦いなのか……。



『何故と言いたそうな顔じゃのう』



 いつの間にか、隣に小柄な人らしい翠光が立っていた。



「……っ!? リヴィ!? リヴィルザルか!?」


『我はおぬしが想像するものではなく、あくまで神器にこびりつく残滓じゃ』



 前に見た夢はリヴィの視点だったため、僕は始めて彼の姿を見る。


 最初はぼんやりと徐々にはっきりと姿を現す彼は、翠眼に銀髪、髪の長さこそ胸の辺りで途切れて短いけど、どう見てもノウェムの生き写しだ。

 違うとすれば、彼の後頭部から放出された光翼が六対十二枚だということ。


 セーラム高等光翼種……そうか、ノウェムはリヴィルザルの血脈か……。



『納得したようじゃの。我は我の別の残滓を感じたが故、こうして一人の自我として浮上することが出来た』


「今、僕たちは貴方の亡骸が横たわる世界にいます……」

『そうか、そこは満ち足りておるか?』

「動植物にとっては楽園かも知れません。ですが、異世界から流れ着く来訪者の墓標しかない寂しい場所ではあります」

『くはは、素直な小僧よ』



 ノウェムの面影があるせいか、今まで少年と思っていたリヴィは少女にも見える。

 服は地面まで引き摺る翠光で、ワンピースだと思えばそうかも知れない。



「この戦いは何なんですか?」



 僕はリヴィルザルに向け、いきなり核心を突いた問いを投げかけた。


 彼はゆるりと辺りに視線を巡らす。僕たちがいるのは橋の支柱の上で、異形の群れが辿り着いたら真っ先に爆破され跡形もなくなってしまうだろう。


 今も眼下では火線が間断なく水面を明るく染め、だけど音は一切がなくなっていた。



『ふむ、残念じゃが、これは我自身の記憶ではない。詳細は引き出せぬが、戦争とは常に何かを守ろうとする者と、それを壊そうとする者がおる』



 僕は異形の群れに視線を向ける。

 黒い暴虐は、目を凝らすと巨大な獣たちだ。


 その中でも目立つのは、戦車砲弾を物ともせずに弾く十二体の巨大な獣。


 僕は更に際立って目立つ一体が気になった。

 炎で赤く燃えるたてがみを持ち、十二体の中でも小柄ながらそれでも体高十メートルはある人狼、“焔獣アグニール”。

 見たことはない、その姿を見て僕がそうだと思うだけ。確証があるとすれば、その手の内に大きさは違うけど【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】を持っていることだ。


 僕の視線の先に気が付いたリヴィルザルも視線を向ける。



『ここはのう、世界中で始まった戦端の中で最も激戦区となった場所じゃ』

「焔獣アグニールがいます」

『そうじゃ。十二神獣が全て投入され、この都市でこれから生み出される者を殺そうとしているのじゃ』

「……っ!? いったい何が!?」



 リヴィルザルが今度は背後の都市へと視線を向けた。


 都市は明かりが落ちたまま、人の気配はおろか犬猫の気配すらない。

 高層ビルの立ち並ぶ大都市、これだけの規模を守る守備隊にしては、航空支援もなく強化外骨格と戦車だけとは編成が偏り過ぎている。

 あれだけの群れを相手にするなら、本来は特科に類する部隊の砲撃支援のひとつもあって良いはずだ。


 眼下では獣の群れが河の中程まで到達し、強化外骨格の兵士たちが堤防を滑り降りて上陸阻止のために迎撃を始める。


 群れは橋にも殺到し、ここもまもなく爆破されるだろう。



『見よ、生まれるぞ』

「なんっ……!?」



 河が流れ出る血で赤く染まる頃、都市の中心部から光の柱が立ち上った。

 光は急速に勢いを増し、高層ビルを飲み込んで都市の外縁まで迫る。


 この光は見覚えがある、何度となく見て来た高潔の色、“黄金色の光”。


 生み出される者……それは、間違いなく……。



「リヴィルザル! ここで生み出されるのは……!」



 金光は瞬きをする間もなく都市を飲み込み、守備隊も獣の群れまで飲み込み、僕たちの眼前にまで達する。


 リヴィルザルは金色に染まり、僕もまた彼とともに飲み込まれていく。



『我ら“神龍”とは、星を――し、また――ため――テ――』


「リヴィルザル!? 何だ、聞こえない! もう一度……!」



 叫びにも似た嗚咽が聞こえる……。


 世界そのものが慟哭するような、だけど小さな少女が幼心に世界を憐れむような、そんな悲痛に満ちた人のものではない叫び声が……。


 リヴィルザルの何かを伝えようとする声は所々を掻き消され、迫る金光が僕たちを跡形もなく飲み込んでいく……。



 これはきっと、世界の終わりの始まりだ。


 目は眩み、だけどはっきりと、金光の中心に白金色の龍が見える。


 そうして金光に染まる世界で、リヴィルザルが姿を霧散させながら最後に告げた。



『どうか、我が妹を救ってやって欲しい――我が妹、テレイーズを――』





 ――夢が覚める。


 彼方の世界は消え、痛むほどの悲しみだけが胸に残った。

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