EX5 アサギ
――迷宮探索拠点都市ルテリア。
「おいアケノ、うちは厄介事の集積場じゃないんだがな」
「そこを何とかぁ、親方のおぢさまぁ」
「その呼び方をやめろ、墓守の油抜きをやらせるぞ」
「ひぃっ!? ごめんなさいっ!」
場所は親方の工房、用事があって訪れたアケノを親方が出迎えていた。
その用事とは、彼らのいる二階の事務所から見下ろす、工房内に運び込まれたとある“人型”に関連する。
「始めて見るな、ありゃ何だ? 安全は確認済みなんだろうな?」
「大丈夫ですよ~、墓守じゃありませんから。あ、出て来ますよ」
事務所からは死角になって見えないが、開いた“人型”の背面から一人の細身の人間が姿を現した。
SFアニメに出て来るようなパイロットスーツは青と黒の配色で、胸、肩、肘に膝と急所や関節部は装甲で保護されている。ヘルメットも青と黒、バイザーが下りたまま脱ごうともしないので何者なのかはわからない。
「あれは? 検討くらいはついてないと追い出すぞ?」
「そんなご無体な~。あれは“強化外骨格”、パワードスーツってやつですね。私も初めて見た時はビックリですよ~」
「ぱわ……何だ?」
「機械駆動式の甲冑の認識で良いと思います」
アケノは創作物などで触れていたため、まだそれが何かとの認識はあったが、親方が地球にいたのは昭和の時代、“強化外骨格”と言われたところで戦闘用の忌人にしか見えていなかった。
その大きさは大柄な地球人男性ほど、パイロットと同じ青と黒の外形は無骨ながらも洗練された軍用の印象で、跳弾の後や塗装剥げは実戦を潜り抜けて来たものと思われる。
更には驚いたことに、装甲の隙間から青光が漏れていることから、親方は墓守と同等の技術体系のものだと一目見ただけで判断した。
「なるほどな、機械で動きを補助する仕組みか……騎士の甲冑より余程防御に優れていそうな代物だな」
「詳しくは知らないですけど、百二十ミリの戦車砲くらいなら耐えるそうですよ」
「地球ではそこまで技術が進歩してるのか? たまげたな……」
「いえいえ、これは内密ですけど……あの子、未来から来たんですよ~」
「……時間の歪みか、どのくらいだ?」
「中の子によると西暦ニ○四五年。今の地球側の正確な年はわからないですけど、少なく見積もっても二十年以上も未来からです。信じられます~?」
アケノはあの人物と強化外骨格が未来から転移して来たと言う。
親方は頭を抱えたくなったが、異世界間転移は時に数百年の時間のズレを引き起こし、アケノの戯言にしては目の前に現物があって信じるしかなかった。
「それは……まあそういうこともあるだろう。あいつは?」
「殆ど喋ってくれないのと外見が日本人離れしてたので、しばらくは行政府で保護してましたが、本人の口から日本人だと証言が取れて連れて来ました。しかも、自衛隊機甲部隊の所属らしいですよ! パワードスーツの!」
親方は眉間を指で揉み、必死に情報を整理しようとしている。
「矢継ぎ早に言われてもな、俺はもう地球の現状がどうなってるかも知らん。自衛隊なら国旗や部隊章があるだろう、証言に頼ったのか? 要点だけ話してくれ」
「も~、親方もすっかりお爺ちゃんですね~」
アケノは親方にギロリと睨まれた。これでも一応は彼女なりの敬意があるらしいのだが、元が異常に軽いので伝わることはない。
彼女は「おほんっ」とわざとらしく咳払いをしてから答える。
「それについては推測ですけど、中の子が何と言うか~人間離れもした印象なので、秘匿組織や実験部隊じゃないかと思ってます。話してくれないんですよね」
「なら尚更に守秘義務があるだろう。それで、うちに連れて来た用件は?」
「まあ要するに、彼?彼女?いまいちわかりませんけど、日本人らしいので日本コミュニティで保護することになって、あのパワードスーツも親方の工房で保管することに決まりました」
「待て、未来から来たあんな物騒なものをここでか?」
「それはご心配なく。パワードスーツは個人認証で他人が乗れないのと、そう簡単に壊せるものでもないので、意思疎通が出来るようになるまでの厄介払いですね~」
「厄介なもん持ち込みやがって……」
その時、事務所の扉を叩く音とともに、工房職人の青年に連れられて話題の中心の強化外骨格のパイロットが入って来た。
「親方、一応連れて来ました。大丈夫なんですかこいつ?」
「知らん。何かあったらアケノが全部責任を取る。そうだな?」
「え、え~と~、請求は行政府にお願いしますっ!」
事務所に案内されたパイロットは、近く見たところで性別がわからない。
ヘルメットを被ったまま、黒塗りのバイザーの向こうは表情も見えず、華奢な体は装甲も邪魔になって細身の男性にも女性にも見える。
「未来の日本人は礼を忘れたのか? ヘルメットを被ったままでまかり通るなら、この世界のならず者のほうが幾分かマシだ。これじゃ自己紹介も出来ん」
パイロットは直ぐに頷くような素振りをしたが、親方に応答したというよりはヘルメットを脱ぐために首を下げただけのようだ。
そして両手でヘルメットを支えると、パシュと空気の抜ける音を漏らしながら、その下から灰褐色の髪の切れ長な印象の美人が姿を見せた。
サラリと頭部を撫でる髪は首元までのショートカットで、真っ白な細面は不気味なほどに整って作られたような認識を見るものに与える。瞳は暗褐色、切れ長な目は鋭いもののどこか覇気がない様は生気を感じられない。
「美しいとは思う、だがこれは人形だ」、殆どの人は初対面でこう思うだろう。
結局、素顔が明らかになってもまだ男性か女性かはわからなかった。
「この人が、今日から君がお世話になる親方おぢさま。目が怖いけど、一応は日本人だから安心してね」
「一応とは何だ、れっきとした日本人だ。俺は兵藤 勝衛、まあ皆は“親方”と呼ぶ」
……
…………
………………
「……アサギ」
「……」
「……」
事務所にしばらく沈黙の時間が流れる。
親方とアケノはそれ以上の自己紹介があるのかと待ったものの、だがそれ以上は何もなく、ただ無意味な沈黙が続くだけだった。
つまり、この者は最初からこの状態で出身も母国語も判明しなかったことが、一時的に行政府預かりとなっていた理由だ。
「行政府が匙を投げた理由はわかった。ユキコに預けるのはどうだ?」
「私もそれしかないと思って、住居は鳳翔で申請してありますね。パワードスーツだけはここですけど~」
「……言いたいことも聞きたいこともあるが、まあ良い」
この時、親方の興味は既に目の前の人造めいた美人ではなく、工房に置かれている強化外骨格に向いていた。
もし解析が出来ればあれが完成し、また今以上に強固な探索者の装備を構築出来るのではと考える。
「アサギ、もう聞いてるかも知れんが、元の地球に帰る方法は今のところ発見されてない。来訪者がただ生きるにこのルテリアで不自由はないが、何かをなしたいなら協力してもらう。わかったか?」
アサギは、関心どころか感情すらないような表情でただ茫洋としている。
目を開けたまま眠っているのではと思うほど、身動ぎのひとつもしない。
視線の先は中空、その瞳にはいったい何を映しているのか。
「おい、聞いてるか?」
「……わかった」
アサギは遅れて小さく頷き、本当に理解したかはわからない。
「そうそう、言ってませんでした」
「何だ? アケノがそう言う時は大抵厄介事だが」
「ふっふ~、この子は一応“信奉者”になるので、充分に気を付けてくださいね~。私たちも出来るだけ周辺警護をしますけどっ!」
何とものん気に言うアケノに対し、親方は今度こそ本当に頭を抱えた。
“信奉者”のことは、久坂 灰人が関わる異常事態のひとつと認識はある。
これが何を意味するのか。立場上、防衛準備態勢に入っているルテリアの裏事情を知る親方も、得も知れぬ不快感に胸の内をざわつかせてしまった。
何かが起こる前触れ、既に半生近くを生きたこのルテリアが今まさに裏返ろうとしている、そんな不快感。
この時、親方は全身全霊を懸けると人知れず覚悟を胸に秘めた。
ゆるりと、これまで茫洋としていたアサギが視線を巡らせる。
向いた先は、工房の壁に遮られて見ることの叶わない遠くそびえる大断崖。
何を感じ取っているのか、ここに来て始めて暗褐色の瞳に感情らしい色が灯る。
「……いる」
世界を超え、最大の異分子がここに紛れ込んだ。