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幕間十一 “英雄” 前編

 久坂 灰人一行が突入の機会を伺い始めたその頃、陸上母艦パンジャンドラムを挟んだ対面のビルの中層階に身を潜める二つの影があった。


 “樹塔の英雄”のパーティに所属するトゥーチャとダルガン。



「来たナ。こっちは準備出来てるナ」

「キ……ロ」

「くしし! ダルガンこそ巻き込まれるナ!」



 “人間魚雷”、“人間核弾頭”、それはかつてトゥーチャが墓守を殲滅する様を見た来訪者が付けた二つ名で、彼女の着る合羽【凄い爆発反応装甲グレートリアクティブアーマー】の特性をそのまま言い表したものだ。

 それが元々は何のために作られたものかは誰にもわからず、経年により本来の機能が損なわれた結果、過剰なまでに威力が増大した【神代遺物】と推測されていた。


 トゥーチャは身を丸め、ダルガンの腕の中で息を潜めている。



「イ……」

「投擲ナ!!」



 ダルガンは向かいのビルの中層に向けてトゥーチャを放り投げた。

 まさかの身内を放物線も描かない全力での投擲、冗談のようで冗談ではない。


 本来“爆発反応装甲リアクティブアーマー”とは、敵弾が直撃の際に装甲を爆発させ威力を削ぐものだが、これを彼らは強力な攻撃手段として認識してしまっていた。

 しかし、そもそもの威力がおかしく繰り返しの使用も可能と、来訪者の知識でも測れないそれは、極めて謎の【神代遺物】のひとつとしても知られている。


 【凄い爆発反応装甲グレートリアクティブアーマー】の衣の内側に彫り込まれた文様が唸りを上げ、砲弾となったトゥーチャは尾を引く青光を纏う。

 狙うは一際高いビルの中層階の柱。寸分違わず直進した彼女は、陸上母艦が通りがかったタイミングで直撃し大爆発を引き起こした。



 ――ドオオォォンッ!! ゴゴゴ……ドンッガッゴッドドドドドドドドドドドドッ!!



 そして、倒壊するビルがその大質量を余すことなく鉄塊の濁流とし、下にいる全ての墓守を押し潰さんと降り注ぐ。

 もしこの現象を引き起こした現場を久坂 灰人が目撃していたら、彼は間違いなく『意味がわからない』と表情を引き攣らせて呟いただろう。


 更には彼を唖然とさせる、意味のわからない事実がもうひとつ。

 崩壊する瓦礫を飛び移る足場として、トゥーチャが折り返し戻って来たことだ。


 これは、この世界の人々から見ても数えるほどの猛者しかなし得ないこと。

 “樹塔の英雄”とその仲間たち、それは一人一人が英雄たるに相応しい実力を備えているという意味でもあった。




 ―――




 少し離れたビルの袂でセオリムがその爆発を見上げている。



「お見事! 陸上母艦の足を止められたようだ。私たちはこれから墓守の注意を出来るだけ引きつけ、まずはトゥーチャとダルガンとの合流を目指す!」


「おおっ! 英雄との共同戦線、某の心も打ち震えるわ!」

「ホッホッ、そう身構えなさんな。ワシらの目的はあくまでも支援、殺到する有象無象どもから生き延びなければのう。ホッホッ」

「カカッ! 然り!」



 座っていたブレンが木の幹のような体を起こし、これまた葉のような髪を揺らしながら、ベルクが勇み足にならないようにと忠告した。

 だが、『生き延びなければ』と言う割には墓守に対して『有象無象』とも言う辺り、彼からはどこか尋常でない余裕を感じられる。



「疾っ!」



 セオリムが土煙の中で混乱する騎兵キャバルリ二体を疾風となって両断する。

 剣圧が大気ごと土煙を切り裂き、一瞬開けた視界の向こうでは、陸上母艦の無数の砲塔が標的を定められずに明後日の方角を向いていた。


 周囲はビル街の廃墟、陸上母艦は建物を崩さなければ進めない狭路と立ち込める土煙のせいで、まだ彼らの存在を認識していない。



「カカッ! 墓守ども、ここにいるぞ! 奥義【紫電招来】!!」



 万雷稲光り、疾駆する紫電が大気とその先の騎兵の群れを焦がす。


 ビルの倒壊に巻き込まれ数を減らしたとはいえ、陸上母艦の直掩の墓守は未だに数が多い。

 紫電により墓守の群れはようやく彼らの存在を認識したのか、騎兵は取り囲むように行動を開始し、陸上母艦は数十もの砲塔を向け始める。


 砲の指向から間断のない発砲、重なる砲音は数えることも出来ず、弾着する先が塵も残さず消失することは誰の目から見ても明らかだった。



「ホッホッホッ……ヒョウッ!!」



 ――ゴンッゴゴンッ! ドオオオオォォオオォォォォォォッ!!



 樹木が笑いながら揺れた。


 誰もがただそれだけしか認識出来ない状況で、全ての砲弾は弾着することもなく上空で迎撃されてしまった。


 高等樹霊種ブレン ボラ ドゥ、武器も持たない樹木の好々爺、彼もまたセオリム アーデラインに勝るとも劣らない英雄の一人だ。


 衝撃が波紋となり土煙を吹き飛ばし、墓守の群れは予測演算からも遥かに離れたその偉業に、機械といえども空隙が生まれてしまっている。



「アーデラインのとっておき(・・・・・)だ、その巨体を焦がすが良い!」



 セオリムが長剣を水平に構えた右腕を引き、左腕を伸ばして突きの構えを取る。

 狙うは、陸上母艦の遅れて旋回を終えようとしている大型三連装砲塔二基。



「絶技【火守の戴嵐(イクシスグルーテ)】!!」



 右腕の肩から先が消失するほどの神速の突きが放たれた。


 突き抜かれる大気、緑色の閃光が数百メートルも離れた砲塔を貫く。

 それも一突ニ閃、二基同時に貫かれた砲塔はただの一撃で呆気なく沈黙する。


 エリッセの兄であるセオリムもまた、超長距離攻撃絶技【火守の戴嵐(イクシスグルーテ)】の使い手であり、妹と相違があるとすればより近中距離向けに洗練されていることだ。

 装甲の厚い主砲塔を貫通するほどの絶技、それはセオリムだからこそ成し得た。


 轟く砲撃音、ブレンが砲弾を迎撃し、ベルクが騎兵の二体一組の突進をいなし、そしてセオリムが斬り捨てる。



「そろそろ頃合いだ。墓守の布陣を突破し、引きつけながら都市の中に退避する!」



 彼らは包囲殲滅しようとしていた騎兵の一翼をいとも容易く突破し、何ごとでもないかのように一陣の暴風となってビルの谷間を駆け抜けて行く。

 騎兵は当然彼らを追撃するも、振り向きもしないセオリムたちによって一体、二体と続け様に破壊されている。



「ここまでとは、セオリム殿のパーティなら陸上母艦も容易かったのではないか?」



 ベルクが彼らの尋常ならざる様を見て、当然の疑問を口にした。

 廃ビルの合間を駆け抜けながら、この間も背後の騎兵は数を減らしていく。



「それはどうだろうね。ただ私は、“英雄”と呼ばれる存在にただ頼ることを良しとする世の中になって欲しくないだけさ」

「しかし、力あるものに頼るのが人の常ならば、英雄たるが……」


「人は誰もが志次第で“英雄”となり得る」


「……っ!?」


「それを教えてくれたのが、本来は力を持たないはずの来訪者……カイトくんだ。素晴らしいとは思わないかい、臆することもなく突入する彼を! 私は彼より遥かに力を持ち、多くの経験も積んで来たにも関わらず、未知が恐ろしいんだ!」


「何と!? “樹塔の英雄”セオリム アーデラインが恐怖と……!?」


「ははは、情けない話さ。この大迷宮【重積層迷宮都市ラトレイア】は、例え“英雄”と謳われる猛者であろうと、いずれその心を蝕み飲み込んでしまう」

「ホッホッ、ワシらはちと長く浸かり過ぎたんじゃよ。だからこそ、“新たな風”を必要としたんじゃ」



 ――ドオオオオォォオオォォォォォォッ!!



 正面、進む先に数え切れない墓守の群れが雪崩れ込み、セオリムたちは前後を挟まれ行く手を遮られてしまった。

 いつの間にこれだけの大部隊が展開したのか、陸上母艦の地上侵攻を許せばルテリアが焦土に変わることは間違いない。



「ベルクくん、こちらが容易いように言うが、これはこれで苦難ではないかい?」

「然り。某、数の猛威を失念していたようだ。これでは迂闊に雷袋を消耗出来ん」

「ホッホッ、されど所詮は有象無象、ガラクタは路傍を飾るがお似合いじゃわい」



 三人は横一列に並び、進む先を変えず振り向きもせずに歩み始めた。

 諦めず、退きもせず、決して膝を屈さぬ気概を込め、立ち向かうは臆する心。

 先を見据える眼光は鋭く、長剣は緑光を纏い、長槍は神鳴るが如く紫電を放つ。


 男たちは割れたアスファルトを踏み締める、例えその先が絶望であろうとも。



「ベルクくん、答えにはなっていないが、私は見てみたいんだ」

「うむ、それはカイト殿をか?」


「そう、彼の成すことを見てみたい! なればこそ、私は己の弱気を滅し彼の後陣を務め上げよう!」



 セオリムから立ち上った緑光が彼の全身を覆い、力強く振るわれた長剣が触れることもなくアスファルトを引き裂いた。



「いざ参る、恐れを抱いた英雄が真の英雄の守りとならんことを!」

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