第百五十話 頑張りました
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神龍リヴィルザルの亡骸の上にある世界……簡単な調査だけで、ここには地球から転移して来たと見られる多くの乗り物が放置されていることがわかった。
そして、乗っていた人々が少なくとも数千、下手をすると数万に及ぶことも。
この世界には墓守が存在しないことも確認していて、それだけの人が果たしてどこへ行ったのか……という疑問が僕の中で渦巻いている。
小川が流れ食料となる動植物も豊富、この世界にいる限りは生き残りの集落があっても良いと思うけど……。
ルコの言っていた“お婆ちゃん”の手掛かりもない。
「うーん……」
「主様よ、考えるのは良いが、周囲にももっと注意を向けるべきではないか?」
「おわっ!? ノウェム、いつの間に……」
驚いた、ノウェムがいつの間にか座った僕の膝を枕にして見上げていたんだ。
いくら空を飛んで来れば足音もしないとはいえ、声をかけられるまで気が付かないなんて、集中し過ぎて周りが見えなくなるのは僕の悪い癖だ……。
「主様がそんなだから、どこぞの小竜まで小難しそうな顔をしておるのだ」
「小竜って、やっぱりリシィのこと……?」
「くふふ、さて何者かな?」
僕たちは今、龍の頭骨の上にいる。
恐らくはこれが、かつて落とされた“神龍リヴィルザル”。
龍の頭骨と言っても上顎だけで、半分以上が地面に埋まってその全容を把握することは出来ない。中にはルコが建てたと思われるログハウスもあり、物悲しさと同時にどこか居心地の良い避暑地のような雰囲気があった。
この世界に来てから五日、ルコの元住処にも周囲に点在する乗り物の残骸にも特に目ぼしいものは何もなく、狩りをしながら自分たちの休息とヤエロさんの仲間たちの治療を続けているんだ。
野生動物がいるだけの長閑な世界、だけど少し視線を動かすと地球からの転移物の墓場、ここは皮肉が過ぎる。
「リシィたちは? 一緒に水浴びをしていたんじゃ?」
「疾うに終え、主様を独り占めする好機と見ただけのこと」
「本当にノウェムは自分の情動に素直だよね」
「くふふ、褒めてくれても良いのだぞ」
しばらく陽光に当たった後で、ノウェムを連れ立って頭骨から下りて行くと、ヤエロさんが慌てたように内部から駆け出して来た。
僕たちを見ると手を振り、慌てるというよりは嬉しそうな表情だ。
「クサカくん!」
「ヤエロさん、何かありましたか?」
「デリンジが目を覚ました! これで一人も欠けることなく帰れる!」
「本当ですか! 良かった!」
話に聞くところによると、ヤエロさんのパーティはドラグーンと騎兵の群れに囲まれ、命からがら包囲を突破した後は重砲兵の重迫撃砲の砲火に晒され、仕舞いには掃除屋や猟犬の追撃を受けたそうだ。そこに現れたのが陸上母艦。
そうして、一度はルテリアに帰還を諦めて死を待つだけの状況になったようだけど、気が付いたらいつの間にかこの世界にいたとのこと。
グランディータの導きか、それともリヴィルザルの想念がまだ残っているのか。
何にしても、重傷で意識がなかった最後の一人デリンジさんが目を覚ましたのなら、後は回復を待って帰還するだけだ。
本当に良かった。
「無事に帰りましょう。ヨエルとムイタは、一日も欠かさずにヤエロさんの行方を訪ね歩いていたんですから」
「そうだな、俺も早く帰って家族の顔が見たい。しばらくは子供たちの言うことを聞いて一緒に過ごそうかと思う」
「それが良いです」
僕たちが立ち話をしていると、トゥーチャとレッテも近づいて来た。
「くしし! カイっちは特大墓守の討滅に人命救助、もう探索者名鑑に載ってもおかしくない功績を上げたナ!」
「それな! やらかしたアタシを許す寛大な心も持つとか、今直ぐ襲ってものにしたいくらいだぜ!」
「おふっ!? 頼むからそれは勘弁してください……」
「主様、大丈夫だ。そんなことをすれば、我がこの小娘を次元の狭間に……」
「穏便にお願いします!」
「くしし! 色仕掛けに弱いのは相変わらずナ」
「そ、それはそうと、トゥーチャとレッテは見張りの交代か?」
「そうナ! セオっちたちもそろそろお腹ぺこりんナ、行って来るナ」
「ああ、よろしく頼む」
一応、僕たちはコンビニもどきを前哨地として交代で警戒に当たっている。
今はセオリムさんとダルガンさんとブレンさんの三人が外、ベルク師匠とアディーテが森と草原の境目で見張り番だ。
本当に油断のならない世界だから、このまま何事もなく無事に帰還出来れば……はっ、フラグは絶対にダメ! テュルケまで危機に晒され、これ以上に何かあっては皆の消耗が増えるばかりだ。
「僕、この戦いが終わったら、露天風呂に浸かってゆっくりするんだ」
とりあえず、フラグは無理矢理自分に向けた。
―――
「またここにいるのね。隣に座っても構わないかしら?」
「リシィ……ああ、少し滑るから気を付けて」
この世界に来て何度目かの夜、ここ数日で僕の定位置になっている龍の頭骨の上で月を眺めていると、リシィが坂になっている首側から登って来た。
近づく彼女を見て、始めて会った日のことを思い出す。
月光の下のリシィ……時に太陽、時に月、光は彼女にこそ相応しい。
「カイトはいつもここで何をしているの? この頭骨は……神龍なのよね?」
リシィは妙に近く座り、僕に体を寄せて訪ねてきた。
「ここでこうしていると、リヴィルザルと語り合っているみたいな感覚になるんだ。そうして一緒に世界を俯瞰している」
「俯瞰? ここからでは森と、切れ目に草原と丘くらいしか見えないわ」
「いや、ここから見える景色を俯瞰しているわけじゃなくて、観念的に物事を俯瞰で見る訓練……瞑想みたいなものかな」
お……何かリシィの瞳の色が一瞬で色々変わったと思ったら、紫色から緑色に変わるグラデーションで止まった。この色はどういった感情だろう……。
「珍しくのんびりしているのかと思っていたら、呆れたわ……」
「は、はは、その瞳の色は呆れた色なのかな……?」
「な、何色なのかはわからないけれど、そんなことばかりしていると心が擦り減ってしまうわ! カイトはただでさえ、アシュリンのことをまだ気にしているわよね!」
「ご、ご明察です。流石は僕の主様だ……」
「そっ、それくらいはわかるわっ! 笑っていても急に悲しそうな顔をするんだもの……」
それは別にアシュリンのことだけじゃない、僕がここに来てずっと考えていたのは、数千数万の来訪者は遺体すらなくどこへ消えたのかということだ。
いくら考えても、今ある情報では結論がひとつしか出て来なくて、その導き出したことを考えるとつい気持ちが重くなってしまう。
結論……墓守が抱える、棺の中の“遺骸”なんだろうな……。
ただ墓守の燃料にされているのか、それとも墓守自体が“神力の抽出機”で、僕では計り知れないとてつもない何かが裏で進行している可能性も……。
――むにゅ
「ふへっ!? リリリシィ、当たっているけど!?」
「あっ、当てているのっ!」
「何でっ!?」
励まそうとでもしてくれているのか、リシィは急に僕の左腕を胸元で抱き締めた。
柔らかい感触はいつになく凶悪で、これは流石に思考も吹っ飛んでしまう。
「私は決めたわ」
「な、何を……?」
「カイトは私たちやルテリアの……ううん、この世界に住む人々のために、“三位一体の偽神”と話をつけるくらいの覚悟をしているわよね」
「う、うんまあ、ここまで来たら殴ってでも報いを受けてもらうくらいは……」
「だったら私は、そんなカイトのために全身全霊で“三位一体の偽神”と対峙するわ! 貴方の平穏のためだけに! 何と言われようと決めたんだからっ!」
今の僕は唖然とした表情をしているのかも知れない。
僕が自分を追い込み過ぎているから、リシィにそんな覚悟をさせてしまったのか……ノウェムが言っていたのはこのことだ……。
憤慨する彼女の瞳は黄金色。
前にも見たことがあるけど……ただ黄金に輝いているわけじゃなく、その瞳に見詰められているだけで力が湧くような不思議な光を発している。
な、何だ……?
「だっ、だからっ! しっかり私にも報いを受けさせなさいっ!」
「……ん? 何を?」
「テュルケやノウェムばかりはずるいと言っているのっ!」
本当に唖然だ。今の僕はぽかーんとした表情だろう。
うん? つまりは何だ、何かをして欲しいのかな……?
「えーと、僕に出来ることなら何でもやるよ?」
「ううぅ……カイトは私の騎士なんだからっ、主の私が一番最初でないとダメなんだからっ! あっ、あっ、あ……頭を撫でなさいっ!」
「……えっ」
以前は逆のことを言っていたような……うん、だけど僕は龍血の姫の騎士で、最愛の彼女が望むのなら例え世界の理だろうとも覆る。
リシィの瞳は未だ黄金色で呼吸も荒く、僕をきつく見据えている。
だから僕は、彼女の美しい金糸の髪に触れた。
これにて第五章の終了となります。
ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました!
次章から再び単独パーティで迷宮を進み、深層を越え深奥へと至ります。
まだまだ書き足りない部分はありますが、誠心誠意自分もご覧いただける方も楽しんでもらうことを第一とし、引き続き書き綴って参りたいと思います。
以降はいつも通り、陸上母艦の外での戦闘を描いた幕間と人物紹介を挟み、間断なく第六章に入る予定です。
EX小話も用意しているのですが、こちらは今まで何度か投げていた布石の新たな登場人物の物語となるので、タイミングをどこにするか……と少し悩んでおります。
では、引き続きお楽しみいただけたら幸いです。