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第百四十九話 素直になりたいお姫さま

 何だかんだで皆を起こしてしまったようで、僕たちは夜のうちにルコがいた世界に野営地を移すことにした。


 巨大な龍の頭骨の中は確かに人が長年住んだ形跡があり、そこではバランディさんの傷を負った仲間たちが限界を迎えようとしていたんだ。

 治療や投薬、出来る限りのことはしたけど直ぐどうにかなるものでもなく、とりあえず最低限の処置を施して後は様子を見るしかなかった。


 そして翌日……もう昼も過ぎているけど、僕たちは龍の頭骨内で、覚醒したばかりのテュルケの固有能力について色々と検証している。



「うーん、理屈がまったくわからない……」

「ふえぇ、諦めないでくださいですぅっ!」



 テュルケの固有能力“金光の柔壁(やわらかクッション)”と名付けたそれは、全く特性の理解出来ないものだった。

 ふざけた名前だけど、今もリシィが“金光の柔壁(やわらかクッション)”を文字通りクッションにしてくつろいでいるから、それ以外にどう命名すれば良いものか。



「とは言っても、特性が“反射”なのは確かだ。ただ物理法則外の働きがあるようだから、これは僕の知識の外にある能力だよ?」


「うにゅぅ……えとえと、姫さまをお守り出来るのはわかりましたです!」



 僕の手の中には、ソフトボール大の丸い“金光の柔壁(やわらかクッション)”がある。


 これの凄いところは、ただでさえ弾力があって飛び道具を防ぐにも関わらず、入射角に関係なくテュルケが意識した任意の場所に跳ね返るということだ。


 いや、意味がわからない……。最適な反射角とするためには対象の観察と膨大な計算が一瞬で必要だから、それを彼女がやっているとは思えない。


 主を想うが故に発現したテュルケの能力……本当に何なんだろうこれ……。



 ――むにゅ



「んっ……」



 ……ん? 今……おや……?


 手元の“金光の柔壁(やわらかクッション)”を良く見る。

 金色に淡く発光していて、丁度人肌くらいで暖かく柔らかい。

 うん、感触だけならテュルケのお胸様もこんな感じなのかも知れないな。



 ――むにゅんっ



「はうっ!」



 ほわっ!? ま、待って、僕はテュルケに指の一本も触れていない!

 彼女は何故か頬を赤らめて視線を泳がせているけど、感触を確かめるために揉んだのはあくまでも“金光の柔壁(やわらかクッション)”のほうだ!



 ――もにゅにゅんっ



「あううっ!!」



 ひえっ!? こ、これはまさか、しょしょしょ触覚が繋がっている!?

 あり得る……でなければ、あんな極めて精密な反射が出来るはずがない!



「テュルケ、こ、これ、触られている感覚があったりするのか……?」

「あっ、はわわっ、そんなことはっ……あ、あぅ……少し、感じますです……」

「え、銃弾とか龍頭の牙とか刺さっていたけど……大丈夫なのか……?」

「は、はいです、痛いとかはないですです! カイトおにぃちゃんに触られるのは、き、気持ち良いです……です……」



 な、何かテュルケは更に頬を赤らめ、恥ずかしそうに俯いてしまった。


 何ということだ……こんな罠が身近に用意されているなんて、場合によっては誤解されてしまうじゃないか……僕の世間体がマッハでピンチ!


 気を付けないと……!



 ――ぐにゅもにゅんっ



「きゃううぅぅっ!!」



 あわわ、思わず力を込めてしまった……とりあえずこれはお返しして……。



「カ~イ~ト~、な~に~を~し~て~い~る~の~?」



 あがが……いつの間にか、僕の背後に仁王立ちで見下ろすリシィがいた。

 その瞳は寒々しい紫色で、僕の額に伸びて来た尻尾の先端がコツンと当たる。


 これは、終わっ……た……。




 ◇◇◇




 もうっ、もうっ、もうっ! カイトったらっ!

 テュルケに変なことをしてっ、当分はご褒美なしなんだからっ!



「あのあの、姫さま……カイトさんは悪くないですです!」

「ん、わ、わかっているわ、テュルケの能力の検証は必要だもの。けれど……けれどっ、何か私が納得出来ないのっ!」

「ふえぇぇ~?」



 私だって、怪我までして頑張ったのに……ノウェムだけが頭を撫でてもらえるなんて……ずるい……違う! そうじゃないのっ! ちーがーうーのーっ!


 ……


 …………


 ………………


 ううぅ、違わないわ……わっ、私だってカイトに……むうぅ、素直になれない私も悪いわね……本当に面倒な性格をしているわ……。


 カイトの間も悪いし……ううぅーーーーっ!



「姫さま、ここどこですぅ?」


「こ、ここは恐らく墓地よ。ルコはあまり話そうとしなかったけれど、彼女と一緒にこの世界に来た人々を埋葬した場所ね。せめて、花を手向けようと思うの」



 龍の頭骨を見下ろす丘の上には、あまりにも数の多い不揃いの石が規則正しく並べられていた。


 私たちは午前中のうちに周囲の状況を確認し、カイトが“ひこぉき”と呼ぶ空を飛ぶ乗り物の残骸を発見したわ。翼だけでもちょっとした船よりも大きくて、彼の話によると数百人は乗れるそうなの。

 信じ難い話だけれど、大型の墓守を見た後なら納得も出来てしまう。


 そして、その途中で見つけたのがこの場所。



「いっぱいありますです……」


「ええ、来訪者の多くは迷宮内で命を落としてしまうと聞くけれど、一度にこれほどの人が亡くなったと思うとやり切れない気持ちになるわね……」



 私は一番手前の墓石に集めてきた花束を添え、跪いて祈りを捧げる。


 地球での祈り方は知らないけれど、貴方たちの無念はこの迷宮を進むことで晴らしてみせるわ。だからここで、どうか安らかに……。

 まるで彼らが応えるかのように、丘を風とともに駆け上がった草木の濃い香りが私を包み込んだ。





 そうして、しばらくの黙祷が終わって立ち上がると、カイトがいつの間にか傍にいるわ。



「カイトも来ていたのね」


「ああ、同胞の墓になるだろうし、リシィとテュルケだけにも出来ないよ。その、さっきはごめん、あんな特性とは想像も出来なかった」


「わっ、わかっているわ。カイトはいつも不可抗力で何かをしでかすもの、そういう運命なのよねっ」

「流石に運命だと困るけど、見舞われるという意味では確かにそうだ」


「あのあの、でもでも私は嫌じゃありませんでした!」

「それでも、あまり人には触らせないようにな」

「はいですですっ!」



 強敵だわ……テュルケの素直さは、ノウェムどころではない強敵だわ……。


 最近、二人の距離が急に縮まっているようで、少し疎外感があるのだけれど……カイトもテュルケも人を除け者にはしないだろうし、これはきっと素直になれない私の心の問題なのね……。



「カイト、お礼を言いそびれていたけれど……私が倒れた時に、私もテュルケも守ってくれたわよね。ありがとう、感謝するわ。貴方が私の騎士で良かった」


「えっ、どうしたの急に?」

「恩に報いるのは人として当然よっ! べっ、別に他に理由なんてないんだからっ! 何か文句でもあるの!?」

「い、いえ! 流石は姫さまです!」



 んんっ!? 素直にお礼を言ったつもりなのに、どうしてその後で愛想がなくなってしまったの……私は本当に何をやっているのかしら……。


 もっと心から……素直な気持ちをさらけ出せるような覚悟をしないと……!



「あ、ノウェムさん、カイトさんはあちらにいましたよ」

「サクラ、良くぞ見つけた! 主様~、いくつかそれらしきものを発見したぞ~!」


「お? ありがとう二人とも。それで、どのくらいあった?」



 サクラとノウェムも丘の下から上がって来たわ。


 少し前に、サクラは地上からノウェムは上空から、範囲を広げて周囲の状況を確認してもらっていたみたいね。

 この世界は草原と丘以外は樹木が生い茂っていて、龍の頭骨から離れるほどに深く険しく進めなくなってしまうの。



「はい、私が発見したのは日の丸の描かれた小さなひこぉきや、他にも小さな戦車クアドリガのような乗り物ばかりが十三機ですね」

「我は遠くに山ほどの大きさの船を三隻も見つけた。良くやったと褒めてくれても構わぬのだぞ! くふふ!」


「零戦かな……? 山のような船はタンカーか豪華客船か……。何にしても、サクラ、ノウェム、本当にありがとう、助かった」


「カイト、乗り物が沢山あるということは……」


「ああ、僕の世界から乗り物ごとの集団転移、その行き着く先のひとつがこの世界なのは確定だ。そして、犠牲者の数は……」



 カイトは目の前の数百もの立ち並んだ墓石を見ている。

 その表情は静かなようでいて、けれど無理をしている時の目。


 ずっと見て来たんだもの、わかるわ。今、カイトは怒っているの……。


 私は彼の左手を取り、固く握り締めた掌を解き解すように広げて自分の手を重ねた。



「リ、リシィ!?」


「カイトの気持ちはわかるわ。だからお願い、私は……ううん、私たちは貴方とともに歩くから、振り向かないで【重積層迷宮都市ラトレイア】の秘密を解き明かして」


「はい、私たちがどこまでもお支えします」

「勿論、我も異論なしだ」

「ですですっ」



 これは誓い、カイトと一緒にいたい意地っ張りな私の精一杯の誓い。

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