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第百四十八話 龍の守る揺り籠

 夜、あれから僕はレッテにたっぷりと謝罪され、どうにも眠れずにいた。


 コンビニもどきの室内は、元からある壁の金具に縄を通して布をかけ男女で分かれている。だけど、何故か男性側には僕一人で妙に落ち着かない……というよりは何かに呼ばれている気がするんだ。



「ベルク師匠たちは外かな……」



 体を起こしてふらつきながら外に出ると、そこではベルク師匠たちが男だけで焚火を囲んで何やら昔話に花を咲かせていた。



「む、カイト殿、もう体を起こして平気なのか?」

「寝ているよりも、体を動かしたほうが早く直らないかなと思いまして……」


「はは、確かに寝たきりは気が滅入る。だが無理も良くないよ、カイトくん」

「はい、リシィやサクラにも怒られますし……。セオリムさん、今回は本当にありがとうございました。僕たちだけでの討滅は厳しかったと思います」


「ソ……タ」

「ホッホッ、『それは他ならぬクサカ殿の功績。それよりもレッテが迷惑をかけた』と言うておるわい。ダルガンがここまで饒舌になるとは珍しいのう、ホッホッ」



 じょ、饒舌……?



「ありがとうございます。ある意味ではレッテの牙が切っ掛けになったとも言えるので、やはり感謝はします」

「フ……リ」

「ホッホッ、『ふむ、お見事なり』と言うておるわい。ダルガンにも気に入られるとは、ぬしの評価は滝登りと言うやつじゃのう、ホッホッ」

「滝登りだと困難がありますが……」



 それよりも……何だろう、やはり妙な気配を感じる。


 ベルク師匠もセオリムさんたちもそれに気が付いた様子はない、彼らをおいて僕だけ気が付くなんてことがあるのか?


 周囲を見回す、岩盤の隙間にあるここは一帯が森で野生動物はいる。

 近くには小川も流れ澄んだ空気は気持ち良く、悪い気配でもない。



「カイトくん、どうしたんだい?」

「いえ、何か気配を感じるんですが……」

「私には何も感じ取れないが……」

「うむ、某もそれらしきものは……」



 皆がその気配を感じ取れないと言った時、僕は奇妙な光景を目撃する。


 何もない空間から脚が生えた(・・・)。続いてもう片脚、腰、胴、左右の腕、髪とただの“線”から女性が姿を現したんだ。


 あまりにも美しいその女性に僕は息を飲む。

 一糸纏わぬ肢体は光と見紛う白色で、だけど地面まで引き摺る長い銀髪によって全身を覆われ目を背ける必要はない。

 澄んだ眼差しもやはり銀色、大人の女性の色香が漂うその姿はそれでも清廉に満ち溢れ、彼女の周囲だけが神々しいまでに白銀色の世界となる。


 そして、彼女の周囲を漂うのは輝く銀の灰。



「グ、グランディータ……?」


「カイトくん、グランディータとは神龍のことかい?」

「ぬう、ここに神龍がおられるのか!?」



 白銀色の女性が腕を上げる。

 指し示した先は森の奥、確か滝のある方角だ。



「この先に何が……あっ!?」



 視線を戻すと、既に女性の姿はどこにもなかった。


 幻覚……? いや、今のは確かにグランディータだ……。心のうちで聞こえる彼女の声音と一致する面持ちはやはり優しげで、ただ僕たちをどこかに誘おうとしているのかも知れない。


 とすると、この先には……。



「ベルク師匠、セオリムさん、この奥にバランディさんがいる可能性があります。一緒に来てもらっても構いませんか?」

「ふむ、訳を聞いても良いかい? それ次第となる」


「神龍グランディータの導きがありました。この右腕の神器、【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】を持つ僕にしか見えなかったことが証明です」


「うむ、それが真なら眷属たる竜種である某に異論はない」

「わかった、私も同道しよう。ただし、君に何かあっては私が殿下に怒られてしまう、カイトくんの身の安全を第一とさせてもらうよ」

「はい、ありがとうございます」


「ダルガンとブレンはここで警戒を、まずは私たち三人で様子を見て来よう」

「リョ……」

「ホッホッ、『了解した』と言うておるわい」




 ―――




 森の奥、小川の上流には岩盤の裂け目から流れ出る滝がある。

 その滝は大したものじゃないけど、裏に洞窟があるのは周知の事実だ。



「神龍グランディータが指し示したのはここかい? 来た時に確認したが、人がいたような痕跡はなかったはずだ」



 それは今も同じだ、明かりが漏れるどころか焚火の跡すらない。



「何かあるとしたら裏の洞窟でしょうか、流石に左右の切り立った崖を登れるとは思えません」

「では、某が先頭で参る。カイト殿はまだ万全でない故、背後に」

「ベルク師匠、お願いします」



 浅瀬を通り、流れ落ちる水を避けて滝の裏側に回って行く。

 神龍が何を目的とするのか、それも見極めていかなければならない。


 だけど、洞窟の入口に辿り着いたところでやはり何もなく、ベルク師匠が擦ってしまうほどに狭い内部は、聞くところによると十メートルで行き止まりらしい。

 洞窟の奥は光が届かずに真っ暗で、水の滴る音しかしない。



「これは……奥に空間の歪みがあるね。ここにはなかったはずだが……」

「空間の歪み……どこかに続く転移門ですか……」

「危険ではあるが、神龍グランディータの導きとなれば行くしかあるまい」

「はい、グランディータの信を確かめるためにも、進まなければ何も始まりません」

「はははっ、それでこそカイトくんだ!」



 洞窟に踏み入ろうとして、僕よりも早くベルク師匠が内部に体を滑り込ませた。

 こうなってしまってはベルク師匠の巨体で擦れ違うことも出来ず、有無も言わなかった様は武人の心意気か……本当に頭が下がるばかりだ。


 僕の右腕から漏れる青光が、洞窟の壁に肩を擦るベルク師匠の背を照らす。

 そして彼は最奥部まで進み、足を止めたところで身動ぎひとつしなくなった。



「ベルク師匠、何かありましたか……?」

「カイト殿、草原と丘と森、それと巨大な骨がある」

「えっ!?」



 そう言ってベルク師匠は暗闇に溶け入るよう姿を消し、慌てて後を追うと洞窟の中だったはずの視界が唐突に開けた。


 明るい、広い、空がある、少なくとも洞窟の奥にあって良い場所じゃない。



「な、何だここ……?」

「空間の歪みの先に存在する“世界”。私もそのものを見るのは始めてだが、大迷宮の界層に比類する世界があるとは……」



 ベルク師匠の伝えた通り、僕たちが出た場所は太陽が燦々と照りつける緑の生い茂る草原で、見上げると抜けるような青々とした空が広がっていた。

 長閑に浮かぶ白い雲と、その下で草原をぐるりと囲うのは丘と森だ。


 そしてもうひとつ、巨大な龍の頭骨が森に飲まれるよう横たわっている。



「この特徴的な風景は聞いたことがあります。過去にルコが住んでいた場所です」

「なるほど、迷宮の深奥に住まう不思議な来訪者の住まう世界。ここがそうか」


「一応警戒を。ルコが言っていた正体不明の存在がいるかも知れません」

「うむ、しかしどうやらここにいるのは同類のようだ、カイト殿」

「あれは……人?」



 ベルク師匠の視線の先、森から姿を現したのはどう見ても人だ。

 それも金属鎧と、野太刀のような身長ほどもある長い曲刀を背負っている。


 明らかな探索者、その特徴はヨエルから聞いていたままの“父ちゃん”、ヤエロ バランディその人だ。



「あの曲刀は、バランディさん!」

「間違いない、向こうも気が付いたようだ」



 バランディさんは森から出て手を振りながら丘を下りて来る。

 その足取りは確かなもので、怪我や衰弱をしている様子はなかった。



「おーい! アーデラインじゃないか! 救援に来てくれたのか!」

「久しぶりだねバランディ、正確には私はお供だ。君のご子息の依頼を受けたのは、こちらのカイト クサカくんだよ」

「依頼? ヨエルの? そうだったのか、救援に感謝するクサカくん」


「はい、ご無事で何よりです。他の方は?」

「皆はこの先の龍の頭骨で休ませてる。食料は何とかなってるが、怪我をして酷い状態だ。治療しようにも薬が底を突いてしまってな……」


「カイト殿、某が戻り物資を運んで参ろう」

「起こすのは忍びないですが、サクラも連れて来てもらえますか」

「心得た。バランディ殿、しばしお待ちを」

「助かる」



 良かった……。グランディータの導きでもあったんだろうか、この世界に入れたことで窮地をやり過ごせたのかも知れない……。


 ヨエル、ムイタ、兄妹に悲しい思いを背負わせなくて済んだ。



 そうして、僕は今一度“世界”を見渡す。


 果てがないように見える緑豊かな大地には小川が流れ、風に揺れる花からは甘い香りが漂い、動物が駆け小鳥は楽しそうにさえずっている。

 巨大な龍の頭骨……僕はかつて見た神器の夢の中で、一人の少年が告げた言葉を思い出した。



『この身が朽ち果てようとも、例え大地が滅びようとも、我が骸を苗床に草花を芽吹かせようぞ』



 神龍リヴィルザル――。


 彼は長い時を越え“世界”となり、今も人を守り続けているんだ。

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