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第百四十七話 世界を覆す力

 アシュリンの瞳から光が消え、と同時にこれまで赤色灯が回るだけだった艦内に警報が鳴り始める。



「な、なんだ……?」

「カイトさん、この警報は……」

「ふえぇ、ビリビリしますですっ」



 警報に紛れて艦内放送も流れているようだけど、この状況は大抵自爆シークエンスが始まった時じゃないか……?



「まずい……あ、あれだ! 神器で空けた穴から脱出する!」



 陸上母艦パンジャンドラムの艦内は“肉”に侵蝕され、更には僕たちが火をつけ穴を空け動力炉まで破壊してと散々な状態だ。

 放送が何を言っているかはわからないけど、こんなものが鹵獲されるわけにいかない以上は自壊手段も当然あるだろう。



「サクラ、レッテを僕の背に!」

「いえ、私が! カイトさんは出血したままです!」

「あっ……助かる、頼んだ!」



 既に感覚もなくなっていたけど、左肩は早く止血しないとまずい。


 サクラが意識を失ったままのレッテを担ぎ、僕たちは隔壁に空いた穴に向かう。

 人が通れるほどの穴の先には赤い空が見え、ここなら最短で抜けられそうだ。



「アディーテ、先行して邪魔になるものは排除してくれ!」

「アウー! まっかせろー!」


「ぐっ……まずい、目眩が……」

「カイト、肩を貸すわ! テュルケ、反対側を!」

「はいですです!」



 血を流し過ぎた、足取りは覚束ずに視界も激しく回り続ける。

 そんな僕をリシィとテュルケが左右から支えてくれて、穴を潜り抜けいくつもの部屋を越え赤い空が覗く先を目指す。


 遠くから爆発音が聞こえる……陸上母艦の最後、内部に侵入してしまえば思った以上に脆いものだ……。


 振り返ったわけじゃないけど、回る視界の中で床に倒れたままのアシュリンが目蓋に焼きついて離れない。

 いつかまた会える……彼女の言葉はその場凌ぎの優しい嘘でも何でもなく、ただ論理的に導き出されたこれから訪れる真実だ。


 だから、きっとまた必ず会える……。




 ―――




 ……


 …………


 ………………



「う……」

「カイト、目が覚めた?」



 何だ……? 一瞬の間を置いて、何故かその一瞬で警報音が消えた。

 目の前には心配そうに僕を覗き込むリシィがいて、緑色の鋼鉄の隔壁はいつの間にか朽ちかけた灰色の石材に変わっている。



「早く……脱出しないと……」


「カイト、大丈夫よ。もう脱出して、今は野営地まで戻って来ているの。カイトは直ぐに意識を失って運ぶのも大変だったけれど、心配したんだから」


「え、陸上母艦はどうなったんだ……? みんなは……?」


「陸上母艦は原型を留めているけれど、内部が爆発したことでまだ黒煙を上げているわ。サクラもテュルケもアディーテも、セオリムもガーモッド卿も皆無事よ。レッテも直ぐに目を覚ましたから、意識を失っていたのはカイトだけなんだから」


「え、あ、ごめん……消耗が激し過ぎたんだろうな……」

「良いの。今だけなんだから、頑張ったカイトに今だけのご褒美なんだからね」



 ご褒美……何だろう……?


 暗い室内はランタンの明かりが灯り、僕とリシィの他には誰もいない。

 野営地と言っていたから、ここはあのコンビニもどきなんだろう。


 僕は横になっていて、頭の直ぐ真上にリシィの……顔が……。



「おわっ!?」

「急に動かないで!」

「ぐっ、目が眩む……ごめん……」

「血が足りないんだから、しばらくは大人しくして」



 起き上がろうとしたら、目の前が真っ暗になってどうすることも出来なかった。

 再び押しつけられた後頭部の感触は、暖かくて柔らかいリシィのふとももだ。


 膝枕……ご褒美は膝枕……ここは天国だったのか……。



「リシィ、ありがとう……おかげでかなり楽だ」

「ん、当然よ、そうでないと困るものっ」



 リシィはそう言って、何故か頬を膨らませそっぽを向いてしまった。

 彼女を見上げると右腕は三角巾で吊るされ、銃弾が抜けた肩を固定する処置が施されている。


 ……まだ足りない、僕は誰も傷つかないで済む圧倒的な思考力が欲しい。


 神器でも青炎でもない、人が人として人であるための力、“思考”。

 本当に欲しいと思える“世界を覆す力”は初めから僕の内にあったんだ。


 それがいつの間にか、目に見えるわかり易い力に頼るようになってしまっていた。



「リシィ、聞いて欲しい」

「え、ええ?」


「この神器の右腕と右脚、そしてルコから受け継いだ青光、これに頼り過ぎるのを止めようかと思う」

「えっ!? どっ、どうしたのカイト!?」


「腕を振るうだけで何かをなしてしまう力は、安易で強力なあまりに人から考える力を奪う。それは、この世界に力を持たずに訪れた僕が何よりもわかっていたはずだった」



 固有能力や身体能力にばかり頼るこの世界の人々を見て、僕は疑問を呈した。

 それではダメだと作戦を立案し、あらゆる力を集約するために思考し行動した。


 目に見える強大な力、わかり易い絶対能力を持った世界を覆す力、これは神々の掌の上で人を溺れさせる凶悪な麻薬だ。


 僕はそのことに、リシィを傷つけアシュリンを失ったことでようやく気が付いた。



「僕は溺れていたんだ。リシィを守れると思い上がった、この仮初の力で」


「そ、そんなことはないわ! いつもいつも、カイトはずっと私のことも皆のことも守ってくれていたじゃない! 溺れてなんか……!」


「僕はわがままなんだ。大切な人には傷ひとつ負って欲しくない」

「んっ……!?」



 リシィは、僕の視線が自分の肩傷を見ていることに気が付いて口を噤んだ。

 僕は神器の右腕を天井に伸ばし、見上げる古ぼけた灰色を握り締める。


 僕に相応しい、その灰色・・を。



「絶対に頼らないわけじゃない。例え仮初の力でも、この右腕はリシィがくれたリシィと同じくらいに大切なものだから。ただ、何も考えずに力のまま振り回すことだけはしない、その決意表明みたいなものを主に告げたかったんだ」


「ん……わっ、わかったわ。貴方はいつもそう、少しくらい与えられたものを素直に享受すれば良いのに、本当に……本当に……生真面目なんだから……」



 何度目だろうか……今再び、リシィが笑った……。


 静かに、触れてしまえば掻き消える水面の月のように、ただ静かな微笑。

 僕を見下ろして何を想うのか、そうして彼女は僕の髪を優しく撫でる。


 もうひとつ、ご褒美をもらってしまったな……。





「うっ、うっ……あうじしゃまがっ、我の知らないっところでっ、いなくなったらっ」


「ノウェムさん、大丈夫ですよ。カイトさんは疲れて眠っているだけですから、直ぐに目を覚まされます。傷ももう塞ぎましたから、ご安心ください」



 室内に泣きじゃくるノウェムとそれをなだめるサクラが入って来た。


 離れていたことで余計に心配をかけてしまったんだろう、意識のない僕を目にしてどれほどの不安に襲われたことか。


 ノウェムはコンビニもどきの隅にいる僕たちに視線を向ける。



「やあ、おはよう」


「あうっ! あうじしゃまーっ!」

「おわっ! げふっ!?」

「カ、カイトッ!? ノウェム、勢いをつけ過ぎよ!」



 ノウェムはほんのわずかな距離を光翼まで展開して加速し、見事に僕のお腹に頭突きをかましてくれた。

 だけど、泣きじゃくるばかりのノウェムは本当に不安だったんだろう、リシィと離れた時の心境を思い起こすと、まずは彼女の帰りを待つべきだったんだ。


 僕はまだまだ足りないな。



「ノウェム、少し疲れて眠っていただけだから、そんなに泣かなくても大丈夫だよ。それとごめんな、もうこれからは離れないで済むような作戦を考える」


「うぐぅーっ! 絶対の絶対に絶対だからなっ! あうじしゃまが傷つくのは我も嫌なんだからっ! ううぅーっ!」

「ああ、約束だ」



 膝枕が中断してしまったけど、こればかりは仕方がない。


 そういえばひとつ約束していたな。僕はノウェムの銀髪を優しく梳くように撫で、彼女は一撫でごとに震える声を静め落ち着いていく。


 直ぐ隣ではリシィが何か言いたそうだけど……何だろう、何かお預けを食らった子犬のような雰囲気を醸し出している……。本当に何だろう……。



「カイトさん、傷の具合はどうですか?」

「ああ、サクラが治療してくれたんだろう? いつもありがとう、もう痛みはないよ」


「はい。ですが、いくら神脈炉を持つからと、失った血が戻るにはそれ相応の時間が必要です。絶対に垂れ流しにはしないでください。私も迂闊でした」


「ご、ごめんなさい……」



 これは、ヤエロさんの捜索に行きたいと言ったら怒られそうだな……。

 動くのは翌朝からになるだろうけど、流石にそれまでの完全回復は無理か……。


 とりあえず陸上母艦は討滅し、しばらくは大規模な部隊展開もないだろう。



 今回わかったことは、“三位一体の偽神”の正体が“邪龍”、恐らくは“神龍”だということだ。


 それもエウロヴェとザナルオン……もう一体がテレイーズでないことを願う。


 そして、“鉄棺種を遣う者”……これはまだわからない。

 “アシュリーン”とは何者か、“アルスガル”の起動コードとは何か。


 考えるんだ、神々から人々を守るために。


 何より、リシィを守るために。

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