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第百四十六話 “アシュリーン”

 アシュリンが触手に四肢を拘束され心臓の盾とされている。


 彼女は本来なら外に置いてくるべきだったけど、管制に介入するため仕方なく連れて来たことが仇となってしまった。



「アシュリン、拘束部位を切り離せないのか!?」

「無理なのよ! 制御に介入されて体も動かないのよー!」



 見ると、アシュリンの装甲の隙間から“肉”が入り込んでいる。

 墓守を操ることの出来る“肉”……共存なんて生易しいものじゃないんだ。


 僕はアシュリンをどうするべきかと悩む。

 機械人形に人と同じだけの情が湧くのか、何をもって愛着とするのか。

 僕をいつの間にか『カイトしゃん』と呼び始め、言動だけなら人以上に人らしい彼女をこのまま見捨てても心は傷まないのか。


 これは戯言だ、わかっている。

 所詮は物を言うだけの機械、だとしても僕は……僕は……。



「カイト、どうするの!?」

「おにぃちゃん、私の能力でどうにか出来ないです!?」


「……装甲の内側にまで潜り込んだ生体組織はどうにもならない」



 人ではないから、墓守と同じ機械だから、そう思って甘く見た。


 誰にとっての味方で、誰にとっての敵なのかわからない存在は、未だ信頼して良いものかもわからない。


 それでも……それでもだ……!



「僕はアシュリンを助ける。リシィ、援護を頼みたい。テュルケも皆を護りながら手伝ってもらえるか?」


「ええ、そう言うと思ったわ。存分にカイトがなすべきことをなしなさい」

「勿論ですですっ、私も精一杯お手伝いしますですっ!」



 僕は彼女たちに頭を下げると、金光の柔壁から外に出て騎士剣を構える。


 消耗が激し過ぎたのか、既に右腕の青炎は燻るように火の粉を散らし、ただの槍ですら形成出来なくなっていた。

 だけどそんなことは関係ない、神器がなかったあの日、脆い生身の体でリシィの元に駆け出したあの日、僕は思考ひとつで何もかもを覆そうとしたんだ。


 龍頭が棒立ちの僕を噛み殺そうと眼前に迫り、よろけるように避けた僕は龍の口腔の奥を狙って剣で横薙ぎにした。



 ――ギョオオオオォォオオォォォォォォォォッ!!



 龍頭は口角を首まで切り裂かれて喚き散らしながら通り過ぎ、僕はそれを横目に動力炉の中心に向かって歩き出す。


 行く手を阻むのは、いくら滅ぼそうとも一向に数を減らさない龍頭の群れ。



「みんな、力を貸してくれ! アシュリンを救出し、龍頭諸共陸上母艦(パンジャンドラム)を殲滅する!!」


「はい、カイトさん! 道を切り開きます!!」

「アウー! まっかせろーっ!!」



 今ならその手段が見える(・・・)


 僕は間違っていた、世界を本当に覆すのは神器でもましてや青炎でもない。

 安易に強力な力に頼るよりも、人として、弱者として、世界の裏側までも思考する。


 弱者が故に強者、強者が故に弱者、それが人だ、それで良い。


 神々の操り糸を断ち切る、いつだって人のままの人の意志で。



「サクラ、壁と天井を燃やせ!!」

「はいっ!!」



 サクラの持つ【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】が紅蓮と燃えた。


 叩きつけた床から爆炎が四方に広がり、床を伝い、壁を伝い、天井に達し、赤く揺らめく動力炉を消し炭に変えていく。


 そして、燃えた“肉”の下から現れたのは、塞がれていた“消火装置”。

 消火装置は火災を検知し、直ぐに水を放出して焦げた大気を洗い流す。



「アディーテ、手加減無用だ!!」

「アウーッ!! おっみずーっ!!」



 その瞬間、動力炉の内部が僕たちだけを避けるシュレッダーに変わった。


 空間が歪んでしまったかのような光景が広がり、余すことなく水に濡れた龍頭はその全てを捩じ切られ水流の中に塵と沈む。


 炎と水の連携、ひとつだけでは辿り着かないものも二つ重ねれば道となる。

 動力炉を駆け巡った業火と活水の螺旋は邪魔なものを全て排除し、中央で脈打つ心臓の“肉”さえも削り取ってしまった。


 濡れる体、流れ出る血、急激に低下する体温、そして痛み。

 僕は一歩を踏み締めるごとに自由を失い、それでも力強く床を蹴った。


 アシュリンに向かい、その背後の“白金の龍鱗”を狙って跳躍する。



「カイト、受け取りなさい!! 【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】!!」



 騎士剣を手放し、掲げた右腕の中に飛び込んで来たのは銀槍。



「うおああああああっ!! 曲がれええええええええええええええっ!!」



 アシュリンに当たらないよう、龍鱗だけを貫くよう、残されたありったけを尽くす。

 最後の最後まで、増殖する龍頭の群れが阻まんとそのアギトを開いた。


 だけど、もう遅い……!!



 ――キィンッ!!



 そうして、銀槍は紙一重でアシュリンの胴を擦って背後に抜け、“白金の龍鱗”の中心を貫き、陸上母艦の艦体にまで大穴を空けて飛んで行った。



 ……


 …………


 ………………


 ……雨が降る。


 あらゆるものを押し流してしまう雨が降る。


 龍頭も肉壁も塵と変わって流され、動力炉は本来の姿を取り戻していく。

 戦闘による被害で本来の動力炉と思われる円柱は、片方が土台から脱落して傾き、もう片方は内部機構を露わにして火花を散らしている。


 疲れた……。主に青刃槍の尋常じゃない力のせいなんだろうけど、神器と同じ……それ以上に容易く使って良い力ではない。そもそも、わずか数回振っただけでこの疲労では、決戦最後の一撃必殺奥義でしか使えないじゃないか。



「あの、カイトしゃん……抱き締められるのは嬉しいけど、下ろして欲しいのよ」

「あ、ああ、ごめん。アシュリンは大丈夫か? どこか壊れていないか?」



 銀槍を投擲した勢いのままに抱え込んだアシュリンを床に下ろす。

 素人目に損傷はなく、恥ずかしげに俯いている姿は本当に人間のようだ。


 だけどそれも直ぐ、気を取り直したように顔を上げたことでただの機械人形のものとなった。



「壊れては……ううん、壊して欲しいのよ。アシュリンは自壊出来ないのよ」


「はっ……? 何を言って……」



 火が消えたことで消火装置も止まり、皆もアシュリンの元に集まって来る。



「カイトしゃん、アシュリンの基盤を侵蝕した生体組織はまだ生きてるのよ。さっきからハッキングされていて、このままではいずれ機能障害を起こすのよ」


「なん……で……どうにかならないのか……?」


「今のアシュリンでは出力が足りないのよ。このままではカイトしゃんたちを襲ってしまうかも知れない、お願いなのよ」



 折角、救い出したのに、機械人形であろうと僕はアシュリンにそれなりの愛着が芽生え始めていたのに。


 どうにもならない? そんなものは……そんなものは……。



「ジィィ……カチッ……照合、カイト クサカヲ確認」

「ア、アシュリン……!?」


「ワタシハ、アシュリーン(・・・・・・)。アナタニ接触スルタメ起動シマシタ」


「はっ!?」



 アシュリンから何か作動音のようなものが聞こえ、次の瞬間には彼女の外見そのままの乾いた電子音声に変わってしまった。


 誰も皆その様子に驚き、固唾を飲んで見守ることしか出来ないでいる。



「裁定ノ結果、“カイト クサカ”ヲ管理者ニ認定、“アルスガル”起動コードヲ移譲シマス」


「ま、待て、“アルスガル”だって!? 君は誰だ!?」

「当機ノ出力低下ニヨリ、質問ノ回答ハ不可、接続ヲ解除シマス」



 そして、アシュリンは水に濡れた床に崩れ落ちた。

 光が消えた瞳は直ぐに点灯し、彼女はよろけながらも体を起こす。



「思い出したのよ……」

「アシュリン、今のは……?」


「アシュリンは会いに来ただけ……。カイトしゃんを監視し、マザーシステムに裁定を委ねるための、ただのカメラの役割だったのよ」


「“アルスガル”の起動コードを移譲するための……?」

「もうその左手のコードに登録されてるのよ。大切にするのよ」


「マザーシステムとは、一体何者だ……?」



 ――ゴシャンッ!!



 アシュリンは僕の問いに答えることなく再び倒れた。



「アシュリン!?」

「キキキ、キノウフゼゼゼン……ジィィ、早く、壊して」


「くっ……!!」



 リシィは悔いるような眼差しでアシュリンを見詰め、サクラは口元を手で覆い、テュルケは今にも泣きそう、アディーテまで深刻な顔をしている。


 やらなければならない。


 僕が、僕自身の手で、やらなけらばならないんだ。



「どうすれば……良い?」

「口内、剣刺し、動力接続断て」



 僕は転がったままになっていた騎士剣を拾い、アシュリンの口に差し込む。


 人を殺すわけじゃないのに心を蝕む罪悪感が消えない。

 この状態でも、僕はどうにかならないのかと思考を巡らせ続けている。



「ジィィ……カイトしゃん、大丈夫なのよ」

「アシュ……リン……?」


「アシュリンは忌人イビト、ただの汎用機兵なのよ。記憶データはアップロードしたから、いつかまた再起動した別のアシュリンが、きっとカイトしゃんを訪ねるのよ」


「それでも、今の君は君しかいないじゃないか」

「確かにそうなのよ。アップロードしたのは陸上母艦に突入する前なのよ。だからまた、『カイトしゃん』って呼べるように優しくしてあげてなのよ」


「僕は優しくなんて……」

「機械人形を護ろうとする人なんて、普通はいないのよ」


「……」



 複雑な感情が胸を過ぎる。

 人ではない機械人形、だけど人らしい機械人形。

 ただ悲しめば良いのか、それとも悔いれば良いのか、僕には良くわからない。


 頬を濡らすのは消火装置の水だ、涙は流れていない。



「もう、限界、カイトしゃん、またなのよ……ジィィ……」


「ああ……」



 僕は剣を握る手に力を込め動力ケーブルを断ち切った。

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