第百四十五話 金光に導かれし少女の矜持
右腕から青き激情の炎が燃え上がる。
この怒りは、偽神にか、それとも不甲斐ない自身に向けてか。
大切なリシィが窮地に陥り、彼女を狙う銃口の先に少女が立ち塞がった。
「姫さまは私がお守りしますです!!」
小柄な体を限界まで広げて己が身を盾とする少女、テュルケ。
気高い? 健気だ? 主を庇って自ら散ることが従者の誉れ?
そんなものは認めない、僕が見たいものは生きていてこそ咲く花だ。
人のこれまで生きたカタチを奪おうとするものを、僕は断じて許さない。
熱く滾る血潮が青く燃える炎と変わり、体の内で世界を覆す力が昇華する。
龍頭と防衛設備による斉射が、容赦のない弾雨となってテュルケに降り注ぐ。
噛み締めた歯はギシリと骨を軋ませ、踏み締めた鋼鉄の床が大きく陥没し、僕は空間を圧縮したかのような速度で少女の前に立ち塞がった。
墓守でも、ましてや偽神でもない、僕はこんな世界の不条理に激怒している!
「何度言わせる、フラグは阻止すると言った!!」
そうして、青い軌跡を残す一閃がひしめく“肉”を空間ごと断ち斬り、赤色灯の赤色を塗り替えてしまうほどの金光が目映いばかりに動力炉を照らした。
「カ……カイトおにぃちゃん……」
「テュルケ……無事か!?」
「だ、大丈夫ですですっ!」
――オオオオォォオオォォォォォォォォォォォォッ!!
無様に慟哭しのたうつのは数多の龍頭。
その身は横一文字の青い炎を残して消し炭と化し、無事だったものも全て無数の銃弾により穴を空けられていた。
「これ……は……?」
眼前に、金光の何かが僕たちを護るように壁を形作っている。
更に僕が持つ青槍は、槍先から柄頭までを繋げる刃のようなものが新たに形成され覆われていた。
ハルバードと呼ぶにはあまりにも刃が長く、ナックルガードも兼ねている。
どこか刃部が日本刀にも似た“刃槍”……これは、一体何だ?
残った防衛設備が再び発砲し、だけど銃弾は金色に輝く何かに阻まれると跳ね返り、逆に機銃を破壊してしまった。
良く見ると、その何かと僕の背後のテュルケが金光の帯で繋がっている。
「これ、テュルケがやっているのか?」
「ふぇ……?」
龍頭の攻撃、防衛設備の攻撃、その全てが金光の壁に阻まれ、攻撃を仕掛けるそのものに返っていく。
動力炉を完全に二分してしまった金光の壁は触れると柔らかく、弾力のある感触は人肌に触れているようでほんのりと暖かい。
リシィの光盾でも光膜でもなく、柔性を持った何らかの防御スキル……。
「固有能力……これはテュルケの能力か……!!」
テュルケ自身が驚いた表情をしているけど、テレイーズの血脈に連なる者ならリシィと類似する能力を持っていてもおかしくはない。
そして、この世界で固有能力を発現するのは大体十二歳から十六歳の間、丁度テュルケの年頃だ。
力が足りない自分に責任を感じ、それでも主のために行動を起こした従者の矜持と、自らの身を呈してでも守りたいという願いが形になったもの。
それがこの“金光の柔壁”。
奇跡なんて信じていなかったけど、諦めない人の心が事象さえ歪めて奇跡を起こすのなら、僕はがむしゃらにでも生きる人のなすことを信じたい。
「サクラ、リシィは!?」
「大丈夫です! 弾は肩を抜けました、止血して意識もあります!」
「良し、サクラは後ろの竜騎兵を頼む!」
「はい!」
「テュルケ、アディーテが壁の向こうで孤立している。まずはこの能力を解除して、大きさを限定してリシィを護るんだ。出来るか?」
「はっ、はいですですっ!!」
テュルケの頭を一撫ですると、固有能力を発現したことで気を取り直したのか、彼女はいつもの可愛らしくとも芯の強さを感じる瞳で僕を見上げた。
金光の柔壁が解除され、取り残されていたアディーテも戻って来る。
「アディーテ、すまない! まずは銃座を咥えている龍頭を蹴散らす!」
「アウーッ! やってるーっ!」
レッテに押さえられていた竜騎兵は、正騎士の装甲を潰され一時停止していたけど、今再び動き始めている。龍頭は勿論のこと二門の白砲もまだ健在だ。
銃弾が飛び交う中心では、テュルケがリシィと意識を落とされたレッテを護る。
彼女は金光の柔壁をドーム状に形成し直し、二人を護るその“かまくら”は、銃弾だけでなく龍頭のアギトをも弾力で跳ね返して通さない。
「それ以上はやらせるか!!」
そして、変わったのはテュルケだけじゃない。
彼女たちを狙う龍頭に青槍を振るうと、軌跡が空間を斬り裂いた。
何が変わったのかはわからない、僕の内であの瞬間に弾けたものが何だったのか、それは自分自身でも正体がわからない。
だけど、僕の内の衝動が優しい声音で『至りました』と告げた。
「グランディータか!?」
――お待ちしておりました――彼方より誘われし時つ人よ。
【虚空薬室】に至り――末裔たる――今こそ――の果てで――。
世界は――います。狭間は――貴方様の行く――。
それは、ここにはいない誰か、優しい声音の神龍グランディータ。
彼女は告げる、『青き星の輝きを振るい、邪龍を滅し、繋がる世界に平穏を』と。
やはり、“三位一体の偽神”は神龍か……!!
僕は新たな“覆す力”となった青刃槍を振るう。
横薙ぎの一閃は間合いも関係なく、龍頭の群れを纏めて斬り裂く。
これなら……!
「サクラ!!」
「はいっ!!」
サクラは言葉を交わさずして僕がやりたいことを理解してくれた。
彼女は真っ先に竜騎兵の龍頭を潰して視界を奪い、僕が振り向いた瞬間にはその場から退避している。
離れた距離からの空間を斬る一閃が、二門の白砲ごと竜騎兵を両断する。
――キュバッ!! ドオオオオォォオオォォォォォォォォォォンッ!!
動力炉に爆音が轟き、竜騎兵と神代の白砲は爆散して木っ端微塵となった。
「はぁっ、はぁっ、くっ……これはきついな……」
「カイトさん!?」
「大丈夫だ、アディーテの援護を頼む」
「は、はい!」
グランディータが言っていた『青き星の輝き』……それはつまり、一振りごとに自らの命をも削る力というわけか……。
人の手には過ぎた力、神器と同じく本来は神々が行使するような力だ。
左肩からは未だ血が流れ、青刃槍を振るうたびに体が沈むほど虚脱する。
「終わらせ……ないと……」
「カイトにばかり、負担をかけさせないわ」
よろめく僕の傍らに、いつの間にかリシィがテュルケに支えられ立っていた。
「リ、リシィ、傷は!?」
「私は竜種なの、カイトよりも余程頑丈なんだから、心配されるのは貴方よ」
「ですです! 私たちも、お役に立ちたいんですですっ!」
「は、ははっ、ごめん。調子に乗り過ぎた」
そうして右腕の青炎が揺らぎ、青刃槍は呆気なく粒子と消えてしまった。
僕は倒れそうになるも、リシィとテュルケが左右から体を支えてくれる。テュルケの金光の柔壁の内で気が抜けてしまったのか、情けない。
それでも後一撃……後一撃だけ、陸上母艦の動力炉を貫く力を僕に。
「リシィ、【銀恢の槍皇】を最大顕現」
「それで、良いの……?」
「ああ、穿ち貫くのはいつだって槍だ」
「わかったわ。テュルケ、貴女の力に頼らせてもらうわね」
「はいですです! 今なら弩級戦車の突撃だって止めてみせますですっ!」
常に課題だった神器顕現の隙は、テュルケの固有能力によって埋められた。
僕たちは詠唱をなくすことでそれを埋めようとしていたけど、既に用意されていたこの駒は果たして誰のものか。
出来過ぎた偶然は必然にしかならない、僕たちは未だに神々の掌の上で踊らされているんだ。
それが例え善神のものだろうと悪神のものだろうと、人を操り人形にするのなら僕はその全てを覆す。
初めから、そして今もこの思いは変わらない。
「助けてなのよーっ! 捕まっちゃったのよーっ、カイトしゃんーっ!!」
「え、あ、アシュリン……!?」
この世界はどこまでも最悪に最悪を重ね続けて止まず。
それもまた、初めから今も何ひとつ変わらない。