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第百四十四話 雅獣 その牙は諸刃

「チッ、もう来やがった! 後ろの奴はアタシがやる! サクラ、終わった後は頼んだぜ!」


「レッテ!?」

「レッテさん、それは!!」



 管制室の竜騎兵が触手を伸ばしてもう動力炉まで下りて来た。

 前方に龍頭の群れ、後方には竜騎兵、この状況は当然想定済み。だけど焦ったとしても僕はもう冷静さを見失わない、彼女が一人で相手する必要はないんだ。


 そんな僕の気持ちとは裏腹に、レッテはパイルバンカーを投げ捨てた。



「ハッ、ハッ、ハッ……ハアアアアアアッ! 【雅獣狂化】!!」


「なっ!?」



 レッテが呼吸を荒くした次の瞬間、彼女の体は一瞬で膨張した。


 革鎧が弾け飛んで残ったのは薄衣だけ、あくまで人の姿をしていた彼女はより獣に近づき、美しい銀色の毛皮を纏う獣人に変貌する。


 その様はまるで狼男ならぬ“狼女”。筋肉が盛り上がる褐色の肉体は靭やかに、それでも女性らしさを残した丸みはあくまでも艶やかに、長く伸びた銀髪を振りかざし、“雅獣種”レッテ マリュードが竜騎兵に襲いかかった。



「グルルルル……ガアアアアァァァァァァァァッ!!」


「ど、どうなって……!?」

「カイトさん、レッテさんなら大丈夫です。あちらは彼女に任せて終わらせましょう」

「あ、ああ、恐らく中核はあの巨大な心臓、全力で叩き潰すんだ」



 既に大量の龍頭との戦闘は始まっている。


 レッテを制することも出来なければ、僕自身がいつまでも状況把握に努めているわけにもいかない。

 再生の飽和を狙える状況にもなった、中核らしき部位も見つけた、後は押し通るだけだ。



「リシィ、流れ弾には気を付けて。防御を優先、神器顕現の隙まで凌いで欲しい」

「ええ、それでも余力があるのなら攻撃しても良い。そうよね?」



 リシィは返事をしながら“光刃”を飛ばし、龍頭の一本を断ち切った。


 光矢の貫通ではなく切断に特化した形状の光の刃、光剣からの派生スキル。

 “肉”に対してリシィの能力は効果が薄いにも関わらず、同じ箇所に連続で命中させて無理矢理に効果を及ぼしているんだ。



「ああ、我が君の思うままに」



 その間にも、サクラが動力炉に駆け寄りながら五つの龍頭を消し炭に変えた。


 本当にあれ(・・)から彼女の調子は良い。我慢しなくても良いと伝えたことがサクラにどう影響を及ぼしたのかはわからないけど、間違いなくプラスとなっているんだ。


 そのまま心臓に迫り、一撃を入れようとしたところで多数の龍頭に阻まれてしまうものの、彼女は龍の鼻頭を蹴って回転しながら離れた僕たちの元に戻って来る。



「もう少しでした」

「サクラ、無理はしなくても良い。まずは龍頭を潰し、機会を見るんだ」

「はいっ、カイトさん!」



 アディーテはサクラの爆炎よりも更にエグい。


 “穿孔”は装甲に阻まれる墓守に対して効果が左右されるものの、水気を帯びた“肉”に対しては特攻となり、龍頭は触れられただけで風船のように弾け飛んでいる。



「アディーテ、その調子だ。首を切断するだけでも良い」

「アウー! こうか!? らっくしょうっ!」



 僕の助言で、アディーテは直ぐに限定的な能力の使い方に変えた。

 壁や床から生える首の根本を狙い、切り離された龍頭は炭化して消える。

 龍頭の数が多い分、継戦を意識しなければ消耗が増えるだけだ。


 だけど、今一番の問題はテュルケ。



「あうぅっ!」


「テュルケ!?」

「させるか!!」



 テュルケは一本の龍頭に苦戦し、横合いから加勢した別の龍頭を間一髪で避けたものの、そのまま首を横薙ぎにされたことで尻餅をついてしまった。


 更に龍頭は止めを刺そうと迫り、僕は青槍を突き入れてその追撃を阻む。

 そしてリシィも光膜でテュルケを囲い、ひとまずの危機は何とか凌いだ。



「だ、大丈夫です……でもでも、私……」

「テュルケの役割はリシィを守ることだ、気にしなくても良い」

「そうよ、お願いねテュルケ」

「は、はいです……!」



 テュルケは固有能力を持たない、武器も今は包丁のみ。

 あの包丁の硬さは尋常じゃないけど、細い触手ならともかく太い龍頭は切断するほど刃が通らず、それ故にどうしたところで対多数で苦戦してしまうんだ。


 こんなことは言いたくないけど、やはり小さな彼女じゃこれ以上……。



「ガアアアアァァァァァァァァァッ!!」



 ――バギンッ!!



 背後では獣化したレッテが竜騎士の腕を引き千切っていた。


 二門の砲は優先攻撃目標を更新したのかともに彼女を狙っていて、だけど弾丸の全ては分厚い筋肉に阻まれて叩き落されるだけだった。

 同時に龍頭も伸ばして襲いかかるものの、レッテの丸太ほどに太くなった脚の回し蹴り一発で弾け跳んでしまっている。



「良し、レッテが押さえている間にこいつの再生と増殖を飽和させる!」



 龍頭の群れはまるで押し寄せる大波だ。

 僕たちは大海に揺れる小船で、飲み込まれたらひとたまりもないだろう。


 恐れはしない、自分を見失いもしない、針の穴よりも細い突破口だろうと冷静に見極め、この青槍を確実に突き入れる。



 ――ゴォオォォォォンッ!!



 そして、サクラの爆炎による狼煙が上がった。

 僕とアディーテも突撃に加わり、リシィは光刃で支援する。


 この青炎に対しても、いずれ金光のような耐性を持ってしまうのではと懸念があったけど、今はまだ特攻となったままだ。

 青槍で龍頭を貫くたびに、青炎は“肉”を驚くほどに燃やしている。


 神力による青い輝きの炎、これが何なのかを知ることが出来れば、更に“三位一体の偽神”に対しても優位となれるのかも知れない。



「サクラ、右翼! アディーテ、左翼! 薙ぎ払え!!」

「はいっ!!」

「アウーッ!!」


「リシィ、中央を押さえ込め!!」

「ええ、任せて!!」



 光盾や光膜は何も防御のためだけじゃなく、敵の多勢をも押さえ込む。

 全員の連携により龍頭の群れは左右に分かたれ、僕の前に陸上母艦の心臓に繋がる一筋の道が切り開かれた。


 行ける、この青槍は必ず届かせ……。



「グッ……!?」



 最後の突貫のため右脚に力を込めた瞬間だった、不意に左肩に走った激痛により踏み出すこともなく勢いを殺されてしまったんだ。


 背に伸し掛かった頑強な力は振り払うことも出来ず、見ると肩に深く食い込む“狼の牙”がそこにはあった。



「レッ、レッテ……!?」



 赤く血走った彼女の目に意思の光は見当たらない。


 【雅獣狂化】……『サクラ、終わった後は頼んだぜ』……とは要するに、文字通り敵味方の区別もつかなくなることを示していたんだ。



「カイト!?」

「カイトさん!?」



 リシィとテュルケが慌てふためき、敵に対しての警戒が緩む。

 僕は右腕でレッテの頭を押さえ、噛み千切られることだけはないように牙をより深く食い込ませた。



「ぐぎぎ……サクラァッ!! レッテの意識を……!!」

「カイトさん!? は、はい!!」



 気が付いたサクラは一瞬で僕の傍に詰め寄り、鉄鎚の柄を牙の合間に差し入れてレッテの頭部を撫でるように触れた。そして次の瞬間、ズシンッと響く軸足の踏み込みにより、“肉”に覆われた床が波紋を広げて消し炭となる。


 サクラが行使したのは発勁の一種か何かか、直ぐ左肩に食い込んだ牙は離れたものの、穴の空いた肩からは血が噴き出して僕はよろめいてしまう。


 リシィが駆け寄ろうとするけど……今は、ダメだ……!



 ――バンッ!



 発砲音が響き、そしてリシィが右半身を後ろに捻じりながら倒れた。


 僕には見えていた、彼女の肩を貫いた銃弾がはっきりと見えていたんだ。


 その射線の先には、機銃を吐き出すように口腔から覗かせた龍頭の群れ。

 銃口の数は数え切れず、防衛設備まで今更になって姿を現している。


 これを凌ぐ手立て、リシィは倒れている、ベルク師匠はいない、ノウェムもいない、僕を支えたことでサクラも遅れた。終わる、何もかもが終わってしまう。


 諦観が心の奥底から滲み出し、それでも打開する手段を探す思考の加速が止まらない。




 護る――どうやって――。




 護らなければ――リシィが――。




 ここで――こんなところで――彼女を失うなんてことは――。




 諦めるな――諦めるな――諦めるな――。





 諦めるな……!





 そして、一人の少女が最愛の女性ひとの前に立ち塞がった。



「姫さまは私がお守りしますです!!」

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