第百四十三話 対変異墓守“竜騎兵”前哨戦
僕たちは先に突入したサクラやアディーテを追い、管制室に飛び込んだ。
内部は横に長く、横幅が前室と同じ二十メートルほどで縦幅はその半分、前面に巨大なモニターが設置され部屋の半分が二層の段差になっている。
既に戦闘は始まっていて、その最前部の操作卓に一体の墓守がいた。
それは正騎士の上半身と両腕が唯一の墓守だと確認出来る箇所で、下半身は操作卓に潜り込む“肉”の触手、そして首が長く伸びる龍となった異形。
ある意味、こいつこそが“竜騎兵”に見えないこともない姿だ。
「カイト、あの砲が二つもあるわ!」
「厄介な……!」
あの砲……EXACTO、位置追跡システムによる追従する弾丸を撃つ砲。
それが竜騎兵の左右に二門も浮かび、今もサクラとレッテが弧を描いて迫る弾丸を弾いていた。
伸びる龍頭と追従する弾丸、両手に武器こそ持っていないけど、近中遠の全ての距離に対応可能な姿は見ただけで堅実で厄介だと思える。
核となる“白金の龍鱗”があるとしたら正騎士の装甲の内か、それとも……。
「あわわわわ、なな何なのよあいつ……」
「アシュリン、外で待っているんだ!」
「わわっ、わかったのよー!」
アシュリンが入口に戻り始めたのと同時に、砲が二門ともこちらを向いた。
当然、狙われるのはリシィだ。間髪入れずに発射された弾丸は真っ直ぐに迫り、光盾の展開と合わせて射線を曲げ始める。
――ガィンッ!
僕は一歩前に出て、曲がり始めたばかりの弾丸を青槍で叩き落とした。
もうひとつの弾丸も、一緒に前に出たテュルケが弾いているけど、彼女の細腕では重過ぎるのか顔を歪め握り締めた包丁を震わせている。
確かリシィは避けられると言っていたけど、実際に見たその弾丸は想定以上に急激に曲がる。安全を考えたら、“避ける”ではなく“防ぐ”で対処するべきだ。
「リシィ、光盾と光膜の二重展開、防御に徹してくれ! 突破口を見いだす!」
「ええ、わかったわ! お願い!」
「テュルケ、光膜を抜ける弾丸だけ弾くんだ。無理はしなくても良い!」
「はっ、はいですです!」
僕たちは三人一緒に間合いを詰め、例えどんな乱戦でも互いが直ぐ支援に入れる位置取りをする。
ただ、この墓守のものとは違う白い砲は、明らかに神代で作られたもの。
砲を構成する素材と完璧な内部防御機構は、現在持ち得る手段で破壊出来るとしたら神器だけなんだ。そして神器を顕現しようとすれば、竜騎兵は何が何でも阻止しようとするだろう。
通常戦力で状況を打破するには、まず動きを止めることから。
「サクラ、アディーテ、本体に全力攻撃! 龍鱗を探すんだ!」
「はい! 生体組織には炎が良く効きます。頭部は私が押さえるので、アディーテさんは胴体を!」
「アウーッ! まっかせろーっ!」
「僕とレッテは出来るだけ弾丸を弾く! 出来るなら破壊しても良い!」」
「クッソ、かてえっ! だけどおもしれえ、無理矢理貫いてやる!」
僕とレッテは率先してそれぞれが二つの砲の射線上に立ち、弾丸が曲がり始める前に弾き、射撃の合間に攻撃を始めた。
だけどやはりこの砲は、青槍をもってしても貫くどころか少しの傷もつけることが出来ない。それはパイルバンカーで攻撃するレッテも同じ、むしろ彼女自身が打ちつける反動で態勢を崩してしまっている。
最悪はこのまま、弾丸を凌ぎながら本体を攻撃するしかないのか。
「アディーテさん!!」
「アウーーーーッ!!」
そして、アディーテの穿孔が竜騎兵の装甲に穴を空けた。
この結果から、正騎士が持つ防護フィールドは機能していないと判断する。
これで白金の龍鱗か、砲を制御している中枢さえ発見出来れば……。
――ゴォンッ! ゴォオオォォォォッ!!
アディーテと入れ替わりに今度はサクラが鉄鎚を叩きつけ、噴き上がる爆炎が竜騎兵の首から上を塵も残さずに消し飛ばした。
だけど頭部はひとつ。炎が効くとはいえ、これでは再生の飽和も見込めない。
一見は僕たちが押しているようにも思えるけど……突破口を見いだせないのなら、このまま僕たちばかりが一方的に消耗し続けることになる。
――キュドッ! キュドッ! キュドッ!
――ギィンッ! ガガンッ!!
既に何度目か、良く見える目と神器の右腕のおかげで、砲の射線上に立つ僕はこれまで全ての弾丸を叩き落としていた。
だけど、腕を振るうたびに裂けた肩からは血が流れ、時間とともに拮抗しているにも関わらず圧倒的不利という焦りが僕の中で渦巻き始める。
焦りはダメだけど……状況を覆す動きは必要だ……!
「サクラ、操作卓ごと下半身を吹き飛ばせ!!」
「はい!!」
僕の指示で、直ぐにサクラが【烙く深焔の鉄鎚】を振るった。
操作卓は彼女の一撃で粉微塵に燻る残骸となり、それでも無数の触手が形作る下半身は半分が焼失しただけで態勢を崩すこともなかった。
これは……僕の悪足掻きだったけど、おかげでひとつわかったことがある。
竜騎兵の下半身は、操作卓だけじゃなく床の下にまで潜り込んでいるんだ。
この下は……確か何層か下に陸上母艦の動力炉がある……。
一か八か、このままジリ貧になるくらいなら……!
「リシィ、爆光陣展開! 攻撃力の全てを真下に指向、床を崩せ!!」
「え、ええっ!? それでは皆も崩壊に巻き込まれるわ!!」
「みんな構えろ!! やるんだ!!」
「わっ、わかったわっ!!」
サクラがアディーテがレッテが、そして僕が爆光陣展開の隙を作るため竜騎兵に一斉攻撃を仕掛ける。首を消し飛ばし、弾丸を弾き、押し切れるだけ押す。
その隙に、リシィは管制室の中心に走り出て黒杖を振り上げた。
「金光よ光陣をなし逆巻く爆光となれ!!」
金光がリシィの眼前の床に円陣を形成し、一息で言葉を紡いだ彼女に従って目映い光の全てが床面に注がれる。
上部はただ眩しいだけで影響がなくとも、光陣の真下は凄まじい熱量を発する金光の嵐となっているんだ。
金属が融けて拉げ、だけど思うほどには崩壊しない。
神代の艦船が設計の元なら、穴が空いたくらいじゃ崩れないだろう。
「みんな、飛び込め!!」
僕たちは竜騎兵の再生と射撃の隙を突き、管制室の床に大きく口を空けた穴へと飛び込んだ。
―――
融けた穴の淵や残骸で勢いを殺しながら縦穴を下りて行く。
そして四、五層を下りたところで、目的の場所に辿り着くことが出来た。
「やはりここか……!」
陸上母艦の赤色灯に照らされた動力炉。
ただ、赤く熟れた肉壁に囲まれ、水音をさせながら脈動する動力炉なんてあって堪るか。本来の動力炉は当然機械式で、内部にひしめく“肉”の合間に見える二つの巨大な円柱がそうだろう。
動力炉内部は管制室と前室を丁度合わせたほどの広さで、その半分以上が動力炉本体と生体組織で埋められている。
そして目的の“白金の龍鱗”は、二つの円柱に挟まれた蠢く心臓のような肉塊の中にあるとしか思えない。
例えなかったとしても、あの心臓が何らかの弱点……そうと信じるしかない。
これはもう予見でも想定ですらない、ただの願望だ。
「竜騎兵が下りて来る前にあの心臓を潰す!」
「ええ、一網打尽よ!」
「はい、塵にまで変えましょう!」
「わ、私は、あの……がんばりますです!」
「アウー、くさいぃ、くさいいぃぃ、アウゥー!」
「ハハッ、カイトといると退屈しねえな! やるぜ!」
当然ここでも迎撃はされる、肉の触手……いや、龍頭か。
それも今回は八本どころじゃない。動力炉を埋め尽くすほどの充分な質量があるためか、龍頭の数は二桁にまで及び全てが人を噛み殺すアギトを備えている。
だけど臆さず退かずにやるしかない。ここで僕たちが逃げ出したら、この陸上母艦の侵攻で多くの犠牲者が出てしまうほどの驚異なんだから。
僕は右腕で握る青槍に力を込め、青く輝く炎を燃やす。
人とは強欲なもので、不条理に抗う力を得てもなお、この場を薙ぎ払ってしまえるほどの力が更に欲しいと願ってしまう。
もっと……もっと……これでは足りない……と。
そして、それはきっと僕だけじゃない。




