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第十五話 テュルケの願い “笑わない少女”

 夜、自室のベッドで横になって言語の教科書を見ていると、扉が小さく叩かれた。



「はい」



 僕はベッドから起き上がり、板張りの床を静かに歩いて扉を開ける。

 廊下には、一瞬視界に入らなかったほどの小さな人影……テュルケだ。


 就寝の間際か、乳白色のワンピースを着て髪は下ろされている。

 しかも、ツインテールの根本を巻くようにしてあった角が、今はリシィと同じようにピンと真っ直ぐに上を向いていた。ひょっとして、自由に動かせるのか……。



「あのあの……カイトさん、お話を聞いてくださいです」



 テュルケは俗に言う“トランジスタグラマー”で、身長は低いのにスタイルが良い。

 メイド服でも大概だけど、今のワンピースも胸の下でリボンで絞られている上に生地が薄いので、不釣り合いな胸がより強調されてしまっていた。


 真面目な話、夜半に男の部屋に来るような格好ではない。

 一応、変態ではない紳士を標榜したい身としては、しっかりと言い聞かせたいところだけど、今は彼女の真剣な表情に免じて部屋に招き入れた。


 僕の部屋は六畳ほどの板張りに、一面がクローゼット、家具はベット、机、椅子がひとつずつと簡素な作りだ。

 夜は給電自体が止まるらしく、今はランタンの火だけが室内を照らしている。

 テュルケを椅子に座らせて、僕は奥のベットに腰を下ろした。



「それで、こんな夜更けにどうしたんだ?」

「えとえと……お嬢さまのことです」



 深刻と言うほどではないけど、どこか不安そうに何かを慮っている様子だ。



「……あの……あの、お嬢さまは笑いません」



 それは当然気になっていた。リシィは常に無表情、常にポーカーフェイス。



「初めて会った時に笑っていたから、そんな印象はなかったんだけど、それ以降がずっと無表情だったから気にはなっていたんだ」

「……ぐすっ……二年振りに、笑っているのを見ましたですっ」

「そうか……」



 初めて会った時に、笑うリシィを見てテュルケが驚いていたのは、久しぶりに彼女の笑顔を見たからだったのか。

 ……それは辛い。笑えない、笑わないのは、本人もそれを見ている周りも報われない。


 僕は、涙を滲ませるテュルケの頭を撫でながら、ゆっくりと話すように促した。



「ぐすっ……でもでも、昔はもっといっぱい笑っていましたです! いつもいつも、良く笑ってて、私にも笑いかけてくれて、そんなお嬢さまが大好きでしたっ」



 今のタイミングで、テュルケがそれを話しに来たってことは、やはり“竜角”が関わっているのか。



「何故、笑わなくなったのか、聞いても良いか?」

「ごめんなさい……ぐすっ……それは、私の口からは言えませんっ。でもでも……カイトさんに会ってから、お嬢さまは少し変わったんです」

「……僕に?」



 僕が何かしたとすれば、やはり不意でも笑わせた(・・・・)ことなんだろうな。

 二年越しか……僕にも“笑えない”と言うことについて覚えはあるけど、それでもリシィの精神状態を慮るには遠く及ばない。


 “テレイーズの当主”、“神龍の名代”、そして“龍角”……少し考えただけでも、とてつもない重責が彼女の細い肩に伸しかかっていそうだ。



「ですです。一緒に旅に出てから二年経ちました。その間もずっとお辛そうにしてたのに、カイトさんに会ってからは、別のことも考えるようになったみたいなんです」



 テュルケは突然勢い良く立ち上がり、後頭部が見えるほどに深く頭を下げた。



「お願いします! お嬢さまを笑わせてください! もっと気が楽になるように、笑わせてあげてくださいです! カイトさん、お願いしますですです!」


「答えなくても良いから、ひとつ聞いても良い?」

「……は、はい?」

「リシィが笑わなくなった原因は、“竜角”が関わっている?」

「……です」



 やはりそうか、考えるまでもなかった。

 なら答えも、考えるまでもないか。



「わかった」

「……え?」


「僕に出来るかわからないし、直ぐには無理だと思うけど、頑張ってみるよ」

「あ……あのあのっ、ありがとうございますですっ!」



 ランタンに照らされているテュルケの表情が、ほんわりと暖かいものになる。

 本当にこの娘はリシィのことが好きなんだ。笑わなくなった今も、思い出の中の昔も、きっと何ひとつ変わらずに。



「まあ、美人さんの笑顔を見てみたいなんて、不純な動機もあるけどね。はは」

「えへへっ、見惚れちゃっても知りませんですっ!」



 具体的な方策なんてまるでないけど、美少女の笑顔を見てみたいと言うのは、動機としてはこれ以上ないほどに充分過ぎる。

 最初に出会った時も、折角笑ったのに体の陰になって見逃してしまったし。


 ならば今一度、舌でも何でも噛もうじゃないか。



「これで、『ぽむぽむうさぎも雲の上で胡座をかく』ですです!」



 決意を新たにしているのに、またおまえか。

 格言みたいに言われているけど、意味がわからないよ……。




 ◇◇◇




 ……眠れないわ。


 ベッドに入ってから半時、テュルケも戻って来ないし、何より昼間に見た光景を思い出して私は眠れないでいた。

 額に手を当てて、窓から差し込む月明かりを遮ってもまだ眠れない。


 昼間に見た光景――カイトが、サクラの頭を撫でていた。


 探索ギルドからの帰り道の橋で、テュルケが見つけた土手の上には、カイトとサクラがいたの。

 遠かったから、何をしているかまではわからなかったけれど、それを見た私は足早に立ち去ってしまった……。どうしてそんな行動を取ってしまったのか……居ても立っても居られなかっただけだもの……良くわからないわ……。



「私、一体どうしてしまったの……」



 それからは一日中ルテリアを歩いた。

 情報収集の名目もあったけれど、気持ちを落ち着けるのに必要だったの。

 砲兵アーティラリーの件から、カイトに助けを請おうと覚悟を決める頃には、もう夜になってしまっていた。付き合わせたテュルケには悪いことをしたわ……。


 それにしてもカイトね……私たちの知らない、異世界の知識を知る人。

 “竜角”を奪われたことで、力の大半を失っている私の能力の使い方を、彼は一緒になって考えてくれたの。

 『まだ良くわからない』とは言っていたけれど、それでも私にとっては太陽よりも眩しい兆しに見えたわ。


 私は、この地に逃げ込んだ盗人を探して、“竜角”を取り戻さなければならない。


 盗人――神代原種にして至高の一翼。

 テレイーズの、龍血の神器をもってしても、抗うことすら出来なかった存在。

 力を失う前の私でも敵わなかったのに、今の状態で挑まないといけないなんて。


 勝てるとは到底思えない、他に道もない。けれど大丈夫。

 私にはテュルケがいる、サクラも力を貸してくれる。


 それにカイト……私の、わわ私の……私の――



「お嬢さま、ただいま戻りましたですっ」

「きゃっ!?」

「お、お嬢さま!?」



 ビックリしたわ……いつの間にかテュルケが部屋に戻って来ていた。

 共に旅をするようになってから、『ノックはいらない』と伝えていたことが、今になってこんなに動揺を誘うなんて……。


 身体を起こして、いつも傍にいてくれるテュルケの顔を見たら、ザワザワしていた胸の内が落ち着いていく。


 動揺も直ぐに収まったけれど、本当に私はどうしてしまったのかしら……。



「ふぅ……テュルケ、遅かったのね」

「……えとえと、カイトさんに会ったので、少しお話していましたです」

「カ、カイトに? そう……」



 一瞬だけ心臓が跳ねたけれど、直ぐに落ち着きを取り戻せたわ。


 テュルケが雨戸を閉めると、室内は暖かいランタンの明かりだけになって、ここは安心出来る場所なのだと感じられるようになった。

 そう、雨戸を閉めることさえもテュルケ頼りだったのね……今になって気が付くなんて、私はどれだけ余裕を失っていたの。



「テュルケ、いつもありがとう」

「え? えとえと……はい、お嬢さまっ!」



 カイトに出会ってから、私の中で何かが変わった。


 この二年間、ただ竜角を取り戻すことだけを考えて旅を続け、初めての感情。

 この感情が何なのか私は知らないけれど、これもカイトなら知っているのかしら……彼を前にするとどうしてか強張ってしまうから、聞くことは出来なさそうね……。


 安心したせいか、急に眠くなった私が再び横になると、テュルケは優しく毛布をかけてくれた。



 そうね、今は考えるよりも行動したい……。



 また明日から……きっと……大変なんだから……。



「おやすみなさいです……姫さま」

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