第百四十一話 対龍種殲滅用人造人間掃滅戦
「テュルケは!?」
「階段に一時退避させた。止血すれば大丈夫だ」
リシィが凌いでいた左翼に、僕は青槍の一突きがてら支援に入る。
変異墓守の武装は右腕が剣状のもので全ての個体が同じ、リーチはこちらに分があり一斉に突撃されたところで青炎を振るって凌げるだろう。
倒れた味方を踏み越えて続々と押し寄せる変異墓守の群れは、確実にその数を減らしているものの総数がどれほどかはまだわからない。
「カイト、やはり私の金光は効き難いけれど、核さえ潰せば倒せる! こいつらは以前遭遇した相手とは違う、再生も増殖もしないの!」
「再生しない!?」
確かに、倒れた変異墓守はそのまま動かなくなっている。
こいつらには恐らく、八岐大蛇にあった“白金の龍鱗”がないんだ。
僕は青槍で突き、そして薙ぐ、決して間合いに踏み込まれないように、ベルク師匠との特訓で教えられ培った技をここで最大限に活用する。
単体ではそう強力でもない変異墓守……いや、ドラグーン。こんなものが大敗の原因になるのか?
「クッソ! 弱い癖に切りがねえ!」
レッテは不満を吐き、もうパイルバンカーを使っていない。装填が間に合わず、常人離れした筋力を活かした打撃で手当たり次第に頭を潰している。
サクラとアディーテも、押せこそしないけど引いてもいない。
サクラが振るう【烙く深焔の鉄鎚】は限られた空間で凄まじい殲滅力を誇り、最もドラグーンの数を減らしていた。彼女の周囲だけ床も天井も焦げつき、だけど荒く息をする様は一人で負担を背負っているんだ。
そして相手が水分の含まれる“生体組織”を持つ以上、アディーテにとっては穿孔の良い的だろうけど、サクラほど対多数に恵まれているわけでもない。
リシィは広間の奥に金光の雨を降らしているけどやはり効果は薄く、核を狙おうにもこの乱戦では同士討ちの危険まである。
「リシィ、【銀恢の槍皇】の顕現を。無詠唱で良いから、合図する」
「ええ、カイトに任せるわ。これ以上に皆が傷つく前に押し通るの!」
僕はドラグーンが重なった瞬間を狙って二体同時に突き刺した。
既に出始めている肩の痛みを気にせず、引き抜いた青槍をその隙を狙った別のドラグーンに叩きつける。
既に足元は生体組織と機械部品の山で、踏み入ると足を取られかねないけど、ドラグーンを阻む要害ともなってきている。
「アディーテ! 残骸を使って包囲を押し上げるぞ!」
「アウー! わかった!」
「リシィも残骸を纏めるのを手伝ってくれ! 」
「ええ! 光盾で押し退けるわ!」
ドラグーンは味方の残骸を乗り越えようと隙を晒し、僕たちの攻撃で破壊され余計に後続を阻む壁となっていく。
僕たちは囲まれた今の状況を打開するため、両翼を押し上げて数で劣るかなり無理矢理な鶴翼の陣を築こうとしているんだ。
リシィが光盾を使い、左翼も右翼も一気に足元の掃除をし始めた。端から残骸を押し、足を取られたドラグーンは僕とアディーテが追加の残骸にする。
往復する光盾、そのたびに一歩前に出る僕とアディーテ。
中央では爆炎と打撃が猛威を振るい、僕たちは確実に戦線を押し返す。
領域勝負は何より死なないこと、これが陣取りゲームの鉄則だ。
青槍の突貫――。
鉄鎚の爆炎――。
鉄拳の打撃――。
つるはしの穿孔――。
そして包囲は逆転する。
「リシィ!!」
「【銀恢の槍皇】!!」
黒杖を振るうと同時に、銀槍がリシィの頭上で滲み出るように顕現する。
勢い良く射出された銀槍は金光の尾を引き、それはセオリムさんに教えられた能力を推進力とする使い方。彼女もまた自分のものとしているんだ。
そして銀槍は、サクラとレッテの合間を抜けてドラグーンの群れを襲った。
無詠唱だからこそ銀槍は貫くたびに形を崩し、だけどその特性は“侵蝕”、崩れようとも粒子のひとつひとつが周囲を広く巻き込む侵蝕領域とまでなる。
――ズンッズシュッ……!
「抜けた! 掃滅する!!」
そうだ、僕たちは不完全さも武器とする。
崩れる【銀恢の槍皇】ですらも、広域のマップ兵器とするんだ。
失敗だとしても成功に変える秘策を練り、そうして劣勢の戦場さえも覆す。
ドラグーンは、辛うじて範囲外にいた者は満身を止めてまだ数は多いけど、現実的に数えられるほどとなった。
最後まで油断はしない、全ての暴虐を止めるまで。
―――
「し、信じられないのよ……龍種殲滅用人造人間の大群を殲滅したのよ……」
「アシュリン、被害はないか?」
「大丈夫なのよ。カイトしゃん、ありがとうなのよ……ポッ」
アシュリンはもじもじと何故か恥ずかしがる素振りをして、音声で『ポッ』と頬を染めているつもりらしい……? 機械人形に懐かれるとかあるのか……?
広間のドラグーンは全て残骸を残すだけになり、念には念を入れて皆で核を潰しているけど、再生しないのならこれ以上は起き上がることもないだろう。
そんな中で袖を引かれる感触に振り向くと、テュルケが眉を八の字にして申しわけなさそうに僕を見上げていた。
「あのあの、カイトさん、助けてくれてありがとうございましたです」
「テュルケ、怪我は大丈夫だった?」
「はいです。それよりも、あの……お役に立てなくてごめんなさいです」
「え?」
テュルケは小さな尻尾が見えるほどに深く深く頭を下げた。
頭部の猫耳が忙しなく動いていて、不安を感じているのと直ぐに退いたことで責任も感じているのかも知れない。
これでは安易に僕から「大丈夫」とも言えないな……。
「ふぇっ? あ、あのあの……カイトさ……ふぇぇっ!?」
だから僕は何も言わず、ただ彼女の頭を撫でた。
正直自分でも何をしているんだろうとは思うけど、かける言葉が見つからない時に人は珍妙な行動を取ることもある。多分そんなところだ。
テュルケの背後ではリシィがどこか困ったように眉根をひそめ、緑と青の心配そうな瞳色でその様子を黙って見詰めている。
「んぅぅ……カイ……ト……おにぃちゃぁん……」
なるほど、猫と同じで耳の後ろが気持ち良いのかも知れない、テュルケは抵抗もせずに目を細めて体も震わせている。
これでは色々と誤魔化すにあまりにあんまりだと思うけど、まずは陸上母艦を攻略出来なければ先もない。
「テュルケ、謝罪も不平不満だって終わったら気の済むまで聞くから、今はもう少しだけ頑張って欲しい。無理を言うけど、出来るか?」
「はふぁあ……はっ、はいですです! テュルケ、がんばりますですっ!」
テュルケは蕩けた表情から一瞬で気を取り直して景気良く答えた。
本当に僕はこんな少女にも無理をさせる……むしろ、引っ叩くくらいはしてもらわないと僕の気が済まないな……。
彼女が一端の戦力となるような【神代遺物】でもあれば良いんだけど……。
「カイトさん、核は全て破壊しました。追撃はないと思いますが……変異墓守ではなく“どらぐうん”とは、一体何なのでしょうか……」
「そうだな、管制室に向かう前に聞いておきたい。アシュリン、“ドラグーン”と“アマルガル”について教えてくれるか?」
「旧時代のデータの殆どは、最初からアシュリンのデータバンクにないのよ。詳細はないけど、それでも構わないのよ?」
「ああ、頼む」
アシュリンは顎に手を当てているけど、当然表情は固定されているので仕草の割に何ともシュールな光景だ。
「んとー、現代で“忌人”と呼ばれるアシュリンたちは“対亜種汎用機兵”、通称“アマルガル”。対亜種用に作られた凄い決戦兵器なのよ!」
「何を指して“亜種”と言っているんだ?」
アシュリンは顎に手を当てたまま首を傾げた。
データがないか……。“亜種”と言うとこの世界では種が多過ぎて定義が難しいけど、この世界の人々にとっては僕たち地球人が亜種、地球人にとってはこの世界の人々こそが亜種になるんだ。
推測は出来るけどまだ確定はしない、価値観の固定は判断を惑わせる。
「ドラグーンは?」
「アシュリンたちを元に、龍の生体組織を組み込まれた半生体半機械の“対龍種殲滅用人造人間”、それが“ドラグーン”なのよ」
「なるほど……大敗の原因とは?」
「こいつらは裏切ったのよ」
そんなところか……裏切ったと言うか、操られたのが正しいんだろう。
自らが生み出した創造物に、敵に対抗するため敵すらも組み込んで利用し、そしてそれは結果として自身の首を絞めることにもなる。
良くある話だ、僕もゲームの中でならその手の存在は散々相手して来た。
「これなら墓守のほうが余程強敵だった。大敗の原因になるのか?」
「これは所詮“核”なのよ。アシュリンが怖いのは対龍種の外部特殊兵装、記録では大戦末期に残存戦力の半分をこいつらに壊滅させられたらしいのよ」
「あ、あの……話の半分は理解出来なかったのだけれど……“竜種”と言うのは私たちのことを指しているの?」
リシィが不安そうに、どこか訝しげな表情で訪ねてきた。
これはまずい……アシュリンが言う“龍種”とは明らかに……
「違うのよ。この時代では“神龍”と呼ばれる存在のことなのよ」




