第百三十八話 陸上艦載機母艦“パンジャンドラム”
第八深界層は広く、最短の行程を進んでも最低一ヶ月はかかるそうだ。
他の探索者のパーティは最も近くて徒歩で一週間は離れた距離と、現実的に共同戦線を張るのは難しいだろう。
「ノウェム、これだけは良く聞いて。頼まれても戦闘には参加しなくて良いから、バランディさんがいるかどうかだけを確認して来て欲しい」
「くふふ、我の力をもってすればその程度は数時間とかからぬ。主様の言うことは然と聞くが、せめて帰ったら頭を撫でておくれ」
「ああ、約束する。気を付けてな」
「約束だぞー!」
僕の頼みを聞き、ノウェムは赤い空に飛び立って行った。
彼女の役割は、転移能力でヤエロさんの捜索と他のパーティに言伝だ。
距離が離れているから巻き込まれることはないだろうけど、大型の墓守との戦闘はどんな被害をもたらすかわからない。その戦闘に入ることを伝達する。
余計なお節介とも思うけど、これは僕たちの保険でもあるんだ。
「様子はどうだ?」
「動きはないですね。あれも阻塞気球と同じく、内部に墓守を格納しているのでしょうか」
「あの図体で攻撃兵器なのも悪夢だけど、部隊を展開出来る量を考えたら母艦として運用するべきだろう。間違いなく指揮統制機、陸上艦載機母艦だろうな」
僕たちは野営地を後にし、廃墟の屋上からそれを観察している。
日が落ちる前に何とかしたかったけど、一目で迂闊に近づくのも危険だと思えた。
形状は、地球の大戦でイギリス軍が開発していた自走爆雷“パンジャンドラム”。
一般的にはミシンで使用する“ボビン”と言ったほうがわかり易いだろうか、面の全てが装甲化されているようで、遠目では付け入る隙も見つけられない。
何より問題はその大きさ。高層ビル群の合間に見えるダークイエローの巨体は、周囲の構造物と比較して阻塞気球以上に見える。
使用目的は違うだろうけど、もうそうとしか見えないから仕方がない……。
「良し、あれを“陸上母艦”と呼称。変異墓守とも想定して動く」
「ええ、これ以上の侵攻を許す前に止めましょう」
「はい、ルテリアに辿り着かせるわけにはいきませんから」
「ですです! おっきくてもえいやーってやっつけますです!」
「然り、如何な巨体といえど、某に臆する心なし!」
「アウー! おっきなパンケーキーッ!」
あるとしても、ケーキじゃなく“肉”だろうけど……。
「私も異論はない。だがカイトくん、あんな巨大なものをどうするんだい?」
セオリムさんの問いかけに、僕はふと近場のビルを見上げた。
「なるほど、阻塞気球でやったと聞く“岩山崩し”。それを今度は廃墟でやるんだね」
「いえ、出来るかどうかを確認しただけなんですが……陸上母艦は機動力もありそうに見えませんか?」
「ふむ……転がると見るなら、間違いなく」
誘い込んだところで、あの巨体を止められる人材も手段もない。
ビルにしても岩盤にしても、アディーテの他に崩す手段はあるけど……。
「トゥーチャの【神代遺物】でも討滅は無理なのか?」
「大き過ぎるナ。あんなん倒せたら、正騎士も巨兵も未討滅にはなってないナ」
「それもそうだ……」
「多分入れるのよ」
「は?」
屋上の端で陸上母艦を眺めていたアシュリンが、突然振り向いて告げた。
「あれ、比較的近年の設計だから、今データをダウンロードしてるのよ」
「うん? 今、入れると言った? 陸上母艦の中に?」
どこからダウンロードしているのかはとりあえず後回しだ。
阻塞気球討滅後の調査で、内部の殆どが針蜘蛛の格納空間と判明したから思いもしなかったけど、それが可能なら活路が見い出せるかも知れない。
「解析の結果、設計の元は神代の艦船の応用なのよ。必然的に無人運用されながら人が乗ることも想定されていて、アシュリンから言わせたら無駄なのよ」
「アシュリンの意見はともかく、その情報は光明だ。内部通路と核の位置、詳細を教えて欲しい」
「ふふふり、精々褒め称えるのよー!」
これは多分、表情があったら確実にドヤ顔だな……。
―――
僕たちは、まず廃墟を伝って岩盤の最も大きな隙間にある市街地に下りた。
ここに本来はどれだけ巨大な都市があったのか、今はオービタルリングの対地攻撃で鋼鉄もコンクリートも溶かされ、瓦礫が山となって積み重なるのみ。
第三界層の都市と同じく、朽ちていても原型を止めている建物が地球の都市を連想させる。だけど、ここはあくまでもこの世界の滅びた文明の痕跡なんだ。
そんな神代文明の跡地で、僕たちは廃墟の中を縫うように隠れて進んでいる。
足場こそ脆いけど、哨戒する騎兵から身を隠す瓦礫には事欠かない。
「動いて止まってを繰り返して、何をしているのかしら……」
「建物が邪魔で良くわからないな……アシュリン、地図で確認は出来るか? ひょっとしたら、墓守を降ろしているんじゃないか?」
「ご明察なのよ。止まる度に墓守が最低四機は増えてるのよ」
「まるでこちらの動きを読んでいるようですね……。アシュリンさん、貴女は本当に敵ではありませんよね?」
「そそその凶悪な鉄鎚をアシュリンに向けるのは止めるのよ! 違うのよー!」
とは言われても、アシュリンが如何に人間らしい振る舞いをしていても、墓守と由来を同じくする機械である事実は変わらない。
本人に自覚がなくとも、僕たちの情報を送信している可能性だってあるし、他にも情報を餌に僕たちを誘い出す策略だって考えられる。
何にしても、アシュリンの情報がなければ陸上母艦はどうにもならないだろう。
調査をした親方も特に何も言っていなかったし、今はまだ様子見かな……。
「ポピッ、むむむ、内部構造のデータを全てダウンロード出来たのよ!」
アシュリンはわざとらしい電子音を鳴らし、再び立体図を投影した。
「武装の諸元がないけど、本当に全部落としたか?」
「それは仕方ないのよ、閲覧権限内で落とせる情報はこれだけなのよー」
「ぬう、これでは某が内部に入れん。アシュリン殿、この情報で全てなのか!?」
「全てなのよ! そもそも身体規格が違うから無理を言うななのよ!」
「何たることか……!」
陸上母艦の内部通路は一般的な成人が一人通れるほどで、幅だけで倍以上あるベルク師匠は支えてしまう。当然、内部での戦闘はもっての外だ。
この情報だけでベルク師匠とダルガンさん、背の高いブレンさんも外れる。
「カイトくん、君のパーティにレッテを同行させよう。直掩の騎兵は私たちが外で引きつける。ベルクくんも私たちと、構わないね?」
「セオリム殿、かたじけない。ダルガンに背を預けるのは久方ぶりだ」
「ベ……ム」
「ホッホッ、『ベルク、七年振りだ。頼む』と言うておるわい」
「セオリムさん、ありがとうございます。お願いします」
「軍師と一緒かあ、アタシの良いところを見せてやるぜ!」
「レッテさんもお願いします。頼りにします」
「おうよーっ!」
レッテさんはニッカリと笑い、右腕のパイルバンカーを胸元まで掲げた。
近接特化の女戦士、取り回しの良い装甲貫徹を期待出来る最高の助っ人だ。
後は万が一を考え、陸上母艦の内部構造を短時間で頭に叩き込む。
アシュリンに頼り過ぎは不足の事態を招きかねない、ほんの少しの誤差も把握して突入作戦を修正出来るようにしておく。
「アシュリン、内部には当然防衛設備があるだろう? その詳細もないのか?」
「詳細は無理なのよ。けど設置箇所なら載ってるから、位置だけは把握しとくのよ」
「うん? あ、これか。みんなも覚えておいて、最善は攻撃される前に破壊する。通路では特にリシィの光矢と光盾を頼りたい」
「ええ、期待に応えるわ。任せなさい」
「良し、まずは進路に先回りし、陸上母艦が止まったところで内部に侵入する。テュルケは引き続き上からの哨戒を頼む。足場が脆いから気を付けて」
「了解ですです!」
巨大な墓守の中に突入する。それは僕にとっても皆にとっても未知だ。
そして相手にとっては好機、僕だったらこの機会は絶対に逃さない。
だからこそ貫き通そう、如何な策謀も青槍で穿ち貫いてみせる。
「良し、陸上母艦を討滅する!」