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第百三十七話 骸の大地に転がる車輪

 ◇◇◇



 もー、もー、もー! カイトったら!


 “軍師”の異名が知られてから、彼は妙に男性にも女性にも懐かれるのよね。

 いえ、元から来訪者は、その得意性から好意的な目を向けられるから仕方がないのだけれど……仕方がないのだけれど! あれはないわ!



「あの、レッテさん、離れてもらえますか……?」

「何で? お姫さまの手前、取って食うわけじゃないんだ良いだろ?」

「それなら尚更なので……すみません、失礼します」

「ああんっ、釣れないっ!」



 セオリムのパーティの女戦士レッテ。彼女は以前会った時からカイトに興味を持っているようで、野営地に辿り着くなり彼の背に覆い被さったの。

 けれど、その辺りは生真面目なカイトならではだわ、直ぐに振り払うように移動して私の隣に腰を下ろした。



「い、今のは不可抗力だから、僕が寄り添……跪くのはリシィだけだから」

「んっ!? い、言われなくてもわかっているわっ! あまり近寄らないでっ、ふんっ!」



 あああ、違うの……!

 嬉しかったのに、嬉しいと思うほどに突き放した態度になってしまうだけなの!


 素直になれそうでなれなくて……未だにはっきりと気持ちを伝えていないから……うぅ、これじゃ同じところをぐるぐると回っているみたいだわ……。



「それにしても、崩壊の痕跡だけじゃなく再生の過程まで見られるとは、ここは物悲しく感じるばかりでもないんだね」


「え、ええ、そうね……生命の営みがあるのは素敵なことだわ」



 レッテたちが設営した野営地は、岩盤の谷間に出来た森林地帯にあった。


 岩の隙間から流れ出る小川を拠りどころとして、周囲に動植物が集まって出来た森なんだわ。

 けれどここは迷宮の界層だから、このまま進歩もなく固定されてしまっている生命の形……破壊と再生の合間にある人の手では決して及ばない神秘ね。


 今、私たちはその森林にある建物の中、内部は探索者によって補強されているようだけれど、一階部分の開口部が広い商店のような場所にいるわ。



「カイトさん、あまり猶予はありませんが、私なりに条件を決めて捜索箇所を記してみました。どうですか?」



 サクラが地図を手にしてカイトの向こう側に腰を下ろした。


 開口部に風除けは作ってあるけれど隙間風が涼しいから、カ、カイトが寒くないように少しだけ寄り添ってあげるわっ。サクラと挟めば、きっと暖かいもの。



「うん、ありがとう。……なるほど、ここのような進入路が制限された岩盤の合間の森林地帯か。それでいて大規模な墓守の侵攻を防げる地形……いくつかあるんだね」


「はい、もうひとつの可能性としては、空間の歪みの向こうですね」

「空間の歪み……あれに触れるとどうなるんだ?」



 第八深界層に入ってから、明確な現象として見るようになった“空間の歪み”。

 それは所々に存在していて一見すると蜃気楼のようだけれど、一目見たノウェムが『絶対に近付くな』と言っていたことから、間違っても触れてはダメなものだわ。



「良くて別の場所に転移、最悪の場合は体が引き裂かれることもあるそうです」

「そうか、空間の裂け目と考えたほうが良いな。転移先は同じ界層?」


「同じ界層内が殆どとのことですが、稀に別の世界……あっ、ルコさんが生存していた世界にも繋がっているそうです。私は場所を知りませんが……」


「しまった、ルコに聞いておけば良かったな……そこに入り込んでいる可能性も考えないといけない」



 一切の音沙汰もなく行方不明になっている期間を考えると、このまま見つけられないことも当然あるような状況だわ。下手をすると、私たちまで二次遭難することにもなってしまうかも知れない。


 けれど、カイトの瞳は諦めていない。最善を尽くして必ず見つけ出すという強い意思が、今も思考を巡らせているんだわ。


 少しは休んで欲しいのに……それでも私は、そんなカイトのことが……。



「姫さまっ、見てくださいですっ! 美味しそうなくだものが採れましたですっ!」


「あら、本当に美味しそう。それにこんなにたくさん、ありがとうテュルケ」

「お帰り、みんなお疲れさま。半分持つよ」

「えへへっ、ありがとうございますです! カイトおにぃちゃんっ!」



 食料を探しに出ていたテュルケとガーモッド卿とアディーテが戻って来たわ。


 それにしても、最近のテュルケはカイトを『おにぃちゃん』と呼ぶことがあって、妙に素直でこれまで以上に懐いているわね……。


 な、何か焦ってしまう……素直……素直って何かしら……私も……。



「カイト……おにぃちゃん……」


「え? リシィ、今呼んだ?」

「んっ!? なっなにゃ、何でもないわっ!!」



 うぅーっ! 口に出ていたわっ!!




 ◆◆◆




 今リシィが僕のことを『おにぃちゃん』と呼んだような気がしたけど……いや、彼女がそんな呼び方をするわけはないよな。風も強いし、空耳だ。


 それにしても、この建物はどう見ても構造がコンビニなんだよな……。朽ちていない状態で保存されていれば神代の様子を伺えたかも知れないのに、流石にそう都合良くはいかないか。


 そうして何ともなしに建物を見ていると、アシュリンが近づいて来た。



「カイト クサカ、これを見るのよ」

「うん? 何か見つけたのか……って、これ……」



 彼女は唐突に口から光を照射し、その先の空中で地図を結像させた。

 地図はまさかの三次元立体構造で、間違いなく第八深界層が描かれたものだ。


 突然現れた緑光に輝く立体に、皆も何事かと集まって来る。



「これはどうなっているの? この界層の地形? 触れられないのね」

「驚きました、持参した地図にはない地下通路まで描かれています」


「ホログラフ……機能が復旧したのか?」

「搭載機能は完全に復旧したのよ。データサルベージ率は七割なのよ」

「そうか……それでこの青い点は探索者だよな? 僕たちのいる場所にもある」

「そうなのよ!」



 立体地図には青色と赤色の光点が灯っていて、点の数と位置を考えると青が探索者で赤が墓守だろう。


 赤点は界層全域に五十ほど、界層の広さを考えたらこれでも少ない。

 青点の纏まりは僕たちの他に四つ。ルテリアの防衛準備態勢や未確認墓守の存在で警戒するよう布告されているため、迷宮に入っている探索者は少ないそうだ。



「まずいな、状況はあまり良くないのかも知れない」

「主様、我にはこの地図の見方がわからぬ。説明しておくれ」


「うん、この立体は界層の全体図だな。その中にある青点が探索者の位置、赤点が墓守の位置を表している。そして問題は、どの青点の纏まりも微妙に数が多い(・・・・)ことにあるんだ」


「確かバランディさんたちのパーティは六人でしたね。どの青点も最大で八人はいます、既に発見されて合流した可能性はありませんか?」

「それもあるけど、合計して八人しかいない状況は、どちらかのパーティもしくは両方に犠牲が出ていることになる。アシュリン、時間的な誤差はあるのか?」

「ないのよ、誤差なく現在進行中なのよ」


「とすると、動きから見てこの三つのパーティが戦闘中。纏まって移動している墓守が増援だろう」

「うむ、深層に至るパーティならば騎兵キャバルリ如きは恐れる相手ではないが、怪我人を抱えているとなると別。あまり猶予のない状況に見える」



 ベルク師匠も合点がいったのか、そう言いながら頷いた。


 戦場では、一人の怪我人につき支える人員が最低でも二名は必要とされているため、分隊程度の人数では余程の高位能力者でもいない限り致命的だ。


 この光点の中にバランディさんがいることを考えると、これ以上の墓守の増援は何としてでも阻止しなければならない。



「アシュリン、光点の詳細は見られないのか?」

「そこまでの観測装置は残されてないのよ。詳細が知りたいなら目視するのよ」



 増援の規則正しい動きから指揮統制機が確実にいるな……最悪は“変異墓守ヴァンガードとして……。


 他の探索者とバランディさんのパーティの安全を考えるなら、真っ先にリシィを狙って来るだろう変異墓守を迅速に討滅したいところだけど……捜索か、迎撃か、判断の難しいところだな……。


 最悪を最善に変える一手……ここで、それは果たして可能か……。



「カイトくん、ダルガンとブレンが戻った。指揮統制機らしい墓守を発見したそうだよ」



 ベルク師匠以上の巨体を揺らしながら野営地に戻って来たのは、周辺偵察をしていたセオリムさんのパーティの二人だ。


 赤銅色の鎧竜種ダルガンと樹木に白髭を生やしたような高等樹霊種ブレン。



「早速詳細を聞いても良いですか?」


「エ……タ」

「ホッホッ、『絵に描いた』と言うておるわい。すまんな、ダルガンは口下手でのう」


「いえ、ありがとうございます」



 その口下手なダルガンさんが随分と分厚い装丁の手帳を渡してきた。


 該当するページに描かれていたお世辞にも上手いと言えない絵は、横倒しになった円柱っぽい何か……“車輪”だろうか……。



「パンジャンドラム……?」

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