表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/440

第百三十六話 終わった世界の傷痕

 地下墓地カタコンベとなる第七深界層の内部は廃城と同じ青い石材で通路が作られ、第四拠点を抜けると急に広がった空間に鉄棺が並ぶ様を見ることが出来た。


 明かりは青光の溝だけと、これじゃ気が滅入ってしまうのもわかる。



「この棺……墓守のものと同じ……」


「そうだね。だが、中身は最初から入っていなかったそうだ。実際は棺なのか、それとも別の何かなのか、誰も知る者はいないよ」



 拝もうとしていた……中身は入っていないのか……。


 通路の幅は五メートル、天井はその倍の十メートルほどの空間だ。

 壁沿いに鉄棺が並び、その光景が見通せる限り通路の奥まで続いている。


 墓地というか……神力の抽出施設に見えるけど、かつてのラトレイアの人々はここで何をしていたんだ……?



「静かね……長くいたら気が滅入りそうだけれど、半日で抜けるのよね?」

「はい、私もここからは初めてですが、第七深界層と言っても中間層になるので、本格的な深層は次の界層からになると聞いています」


「まずはレッテさんたちと合流だな。第八深界層で野営地を設営してくれているんですよね?」

「そういう手筈だ。まずは気が滅入る前にここを抜けてしまおうか」



 リシィの言う通り、薄暗い地下通路はおよそ半日ほどで抜ける。


 一応深層のため“空間異常”があると聞くけど、異常箇所は固定されているらしく、道案内と正確な地図があれば迷うことはないそうだ。


 進路の脇にある別の通路を覗き込むと、その先は真っ暗闇になっていた。

 僕が踏み込めば右腕が照らしてくれるんだろうけど、迂闊には道を逸れないな。



「ううぅ……怖いですぅ……」

「なっ、中身はないと言うではないか、そそそこまで怖がる必要はないぞ」

「うん、あからさまな人骨があるわけじゃないし、ここは多分墓地とは違う施設なんだと思う。だから二人とも、大丈夫だよ」



 ノウェムとテュルケは僕にしがみついている。


 『怖がる必要はない』と言う割にはノウェムのほうが震えているけど、別にファンタジーにありがちなアンデットやゴーストに襲われる心配はないだろう。むしろ、この世界では幽霊染みた存在も種として認識されているし。



「さて、お客さんだ。時間が惜しい、私がやってしまっても構わないかい?」

「はい、しっかりとお手並みを拝見しておきたいです」

「はははっ、カイトくんのお眼鏡に叶うと良いが、アーデラインのを剣技お見せしよう!」



 ズリズリと壁を擦りながら、掃除屋デトネーターが脇の通路から姿を現した。


 狭路だからこそ掃除屋の“爆炎放射”は恐ろしく、ただ前面に盾を並べて戦線を構築すれば良いわけじゃない。それこそ隙間を全て埋めなければ、爆炎が盾を構えたベルク師匠の背後にも回り込んで僕たちを焼き尽くすだろう。

 リシィの光盾で塞いだところでこちらの攻撃まで通らなくなるから、理想的なのは放射される前に討滅してしまうことだ。


 ここまでの道程で、セオリムさんは僕たちのお手並を拝見したいと見ているだけだったけど、今度は僕たちが“樹塔の英雄”とまで言われる彼の実力を……。



「さあ進もうか」

「え……?」



 実力を見たいと思ったのも束の間、僕には何ひとつ見えなかった。

 ただ掃除屋に向かって歩いて行き、眼前で振り返って『さあ進もうか』だ。


 その後で、いつの間にか縦に真っ二つにされた掃除屋が崩れ落ちた。



「ぬぅ!? 何たる神速の剣技……某、柄に手を添えた瞬間しか見定めることが出来なかった」

「えっ、ぼ、僕は何も見えませんでした……」

「私も見えなかったわ……」


「くしし! セオっちはズル(・・)してるからナ! 見えなくて当然ナ!」

「はははっ、トゥーチャ、人聞きの悪い。工夫・・と言ってくれないか」



 流石はあの超長距離射撃をするエリッセさんのお兄さまだ……。これは、セオリムさんがいるだけでも安泰なんじゃないか? いや、気を抜いてはダメだけど。

 トゥーチャは確か、神代遺物【凄い爆発反応装甲グレートリアクティブアーマー】を所持しているんだっけ……間違いなく、あの裏地に文様が光っている合羽みたいな服だろうな……。


 セオリムさんとトゥーチャ、この二人だけでもちょっとした墓守の集団なら殲滅出来てしまいそう……。英雄と謳われるほどに強いわけだ……。



「あれなら私にも応用が出来そうですね……」

「サクラ!? 今のが見えたのか!?」


「はい、単純なものですよ。本来はそのまま攻撃に使ってしまいがちな固有能力を、セオリムさんは剣の推進力にしていたようです。上手く制御しないと筋を痛めますが、練習をすれば何とかなりそうです」


「そうか、ブースターか! 神業には違いないだろうけど、合点が行った!」

「ぶうすたあ……」

「メ、メモは取らなくても良いよ……“増幅”の意味だから」



 僕には少し厳しいかな……。


 神力の扱いに長けたサクラならともかく、僕は神力に触れて間もないから早々に出来るようにもならないだろう。



「増幅……カイト、それなら神器の投擲にも使えそうだわ。貴方が全力で投げなくとも、速度と威力を維持出来るんじゃないかしら」

「なるほど、何でこの発想に思い至らなかったんだろうな。固有能力の補助的な使い道……更にスキル構成が広がるかも知れない」



 この世界の固有能力に遠距離攻撃が少ない理由は、大体が“具象化”止まりだからだ。例外もあるけど、飛ばそうとすると掴んで投げるなどの一手間が必要となる。

 リシィの“光素具象化”にしても投射能力はなく、黒杖に埋め込まれた【神代遺物】で指向性を付与することで飛ばしていた。


 能力そのものを推進力とする、想像力に長けたリシィなら可能だろう。



「光矢なんかでも同じことは出来る?」

「出来ると思うわ。ただ、形成したものに推進力用の神力を余計に使うことになるから、消耗が早まるのは間違いないわね」

「だからセオリムさんは武器の加速で止めているのか……」



 セオリムさんを見ると、微笑む彼と目があ合った。

 これは教えられたのか……ひとつ大きな借りが出来たな……。




 ―――




 第八深界層“風骸遺界ヴェルム”、そこは崩壊の傷跡にして文明の亡骸。

 落ちた天により割れ突き出た岩盤と、その底に飲み込まれた大都市が墓標となって歪に折り重なる、星の慟哭が風鳴る骸の大地だ。



「言葉を……失うわね……。こんなにはっきりと、崩壊期の破壊の跡が残っているのは初めて目にしたわ」

「ああ……星の生命をも縮める人の業の深さ……ここはその証明だ」



 僕はこの光景を知っている。直接見たわけじゃないけど、神器の記録の中で青光の柱によって蹂躙され尽くした嘆きの大地だ。


 第七深界層の出口は岩場の合間にあり、ほんの数分も歩くと左右の壁が途切れ、第八深界層の全体が見渡せる崖上となっていた。

 その高みから望める光景は只々凄絶。青光の柱……軌道上のオービタルリングからの対地攻撃によって大地が岩盤ごと捲れ上がり、ありとあらゆる文明を飲み込んだ当時のままの姿を止めた、“終わった世界”の様がここにはある。


 岩盤はまるで牙のように天に向かって慟哭する大アギトとなり、かつての文明の高層ビル群はその底に飲み込まれ、幾重にも折り重なる錆びた鋼鉄の墓標となって朽ち果てた姿を晒していた。

 赤く血の色に染め上げられた空、どこまでも遠く広がる破壊の痕跡。


 ここは終わった世界だ……只々、風が強い……。



「皆さん、身を隠してください!」

「どうした!?」

「下方、建物の合間に騎兵キャバルリが二体、斥候かと思われます」



 サクラが真っ先に発見したのは半人半馬の墓守“騎兵(キャバルリ)”、騎馬による集団戦術を得意とする針蜘蛛スプリガンと同じ群体だ。


 墓守はあの二体以外に見当たらないけど、崩壊したビル群や捲れ上がった岩盤で視界が通らないから、一度発見されると増援が来るのは間違いないだろう。


 何処かにいるはずの指揮統制機さえ発見出来れば……。



「カイトくん、まずはレッテたちの待つ野営地を目指そう。この界層の地形は脆くトゥーチャの神代遺物も安易に使えない、目的が捜索なら隠密行動を提言する」


「はい。とすると、下りるよりも上ったほうが良い……あの稜線伝いに視界を切りながら進もう。サクラ、ベルク師匠、先頭を。セオリムさん、案内を頼みます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ